【975 思い出した憎しみ】
マルコ?なんだ?なにがあった?
なぜベンがマルコを?ナイフだと?あれでマルコを切ったのか?いや、血は出ていないようだ。
結界を張っていたはずだ。ベンは黒魔法使い、ならばマルコの結界を破って取り押さえたのか?
意識は無いようだ・・・ベンがやったという事だな、よくも・・・・・
左腕をマルコの首に巻き付け、持ち上げるように押さえているベンに殺気が沸き立つ。
全身から滲みでる魔力に憎悪が混じる。
俺の体を流れる魔力が、ドス黒く色を変えていく事が感じられた。
「な!?ぐ、ぐぬッ!タ、タジームッ!これが見えないのか!?指先一つでも動かせばマルコの喉をかっ捌くぞ!」
俺の魔力に気圧されのか、ベンが青ざめた顔でまくし立ててきた。
見せつけるようにナイフをマルコの頬に当てて、首に回した腕にも力が入る。マルコの口からも苦しそうな呻きが漏れた。
「・・・クズめ・・・人質だと?一度はこの国に仕えた身だろう?誇りすら無くしたか?」
上げかけた腕を止めて、俺はベン・フィングの目を真っすぐに見た。
子供の頃から知っているが、こうして顔を真正面から見るのは初めてかもしれない。
濁った眼だ・・・・・
これまでも他者を蹴落として生きてきたのだろう。汚い手を使って・・・・・
己の保身しか考えていない。
こんな男に俺達はここまで追い込まれ、そして今、弟マルコまでも・・・・・
自分の心が憎しみに染まっていく事が分かる。
父である国王をそそのかし、周囲に俺が危険だと触れ回ったのがコイツだった。
これまでの迫害されてきた俺の人生は、コイツによって作られたものだ。
城に幽閉されていた時、何度殺してやろうと思ったか分からない。
だが帝国との繋がりが明白なベンから、生かして情報を取ろうという国の方針に従い、俺は自分の感情を押さえ、ベンには関わらないようにした・・・・・
しかし・・・・・
「フン!生きてこそだろうが?誇りで日々の糧が得られるのか?貴様もお優しい事だなぁ!?この国は貴様を恐れ、疎んじ、拒絶したというのになぁッ!」
ベンから向けられる言葉の一つ一つが俺の心をざわつかせ、心の奥底にしまい込んでいた黒い感情を思い起こさせる。
そしてたった一人の大切な弟に刃を向けるベンに、俺は殺意を押さえきれなかった。
「やはり貴様はさっさと殺しておくべきだったな」
腕を上げて指先をベンに向ける。
「なっ!?き、貴様マルコがどうなっぷぺぼッ!」
ベンがマルコの喉にナイフを当てようとした時、すでに俺の指先から撃たれた魔力が、ベンの頭を貫いていた。
ガクリと首が後ろに折れ、真っ赤な血を宙に飛び散らせながら、ベンは背中から倒れていった。
「馬鹿が、貴様がナイフに力を込めるより、俺の魔法の方が早・・・・・!?」
ベンから開放され、前のめりに倒れてくるマルコを受け止めようと、駆け寄ったその時・・・
俺は自分の目に映ったものが理解できず、頭が真っ白になった。
「え・・・マル、コ・・・?」
視界がぼやけ、俺が受け止めようとしたマルコの姿が変わっていく。
細く柔らかそうな金色の髪も、中性的で女性のような美しい顔も、形を変えて別人へと変貌していく・・・・・
そしてそれは、最も忌むべき男へと姿を変えた。
「ベン・・・フィング・・・ッ!」
一瞬の戸惑いだった。
分かっていたはずなのに、ベンが幻覚の魔道具を使うと分かっていたはずなのに・・・
俺は怒りと憎しみに心を奪われ、まんまとベンの罠にかかってしまった。
「タジーム、馬鹿は貴様だったな」
腹を抉る冷たい感触が、一瞬の後に燃えるような痛みに代わる。
「ぐっ・・・う・・・・・ッ!」
体ごと俺にぶつかってきたベンを見下ろす。ベンが両手で握ったナイフが、深々と俺の腹に突き刺さっている。喉の奥から込み上げてくるものが、口から零れ落ちる。
「ごふッ・・・き、さま・・・ベン・・・」
鋭い痛みが脳に響く。足から力が抜けて、膝を着き倒れ込みたい衝動にかられるが、自分の苦痛など気にかけている余裕はない。
不覚をとったが、死にかけの皇帝と、目の前の裏切り者を葬るくらいはできる。
右手に魔力を集め、ベンの頭に叩きつけてやろうとしたその時、ベンの嘲笑う声が耳に届いた。
「くっくっく・・・タジィィィ~ムゥゥゥ~~~・・・顔を上げて前を見ろ。貴様が俺だと思って撃ったのは・・・はたして誰かなぁぁぁ~~~?」
ドクンと心臓が跳ねた
ベンの言葉に嫌な予感がして、冷たい汗が背中を伝う
まさか・・・いや、だがここにベンがいるのならば・・・マルコだと思ったのがベンであるのならば、俺がベンだと思って撃ったのは・・・・・
まさか・・・・・
見たくない
信じたくない
だが、なにかに強制されるかのように俺は顔を上げ・・・・・それを見た
「マルコ」
額に空いた穴から血を流し、倒れている弟を・・・・・・・・




