【942 希望】
「・・・ぅ・・・うぅ・・・・・」
ぼんやりと意識が戻ってくると、頭に強い痛みが走った。
手を当ててみると、ぬるっとした感触があった。目をやると手の平が赤く染まっていた。
私・・・なにを・・・・・
「・・・ッ!あ、ペ、ペトラ隊長!?」
思い出した!ペトラ隊長!私はあの時、隊長に助けられたんだ!
体があちこち痛むけれど、そんな事気にしていられない!
しかし立ち上がった私は、目の前に広がる光景に言葉を失った。
「・・・え、ウソ・・・・・な、なにこれ?」
赤々と燃え盛る炎が、美しかったカエストゥスの町を焼いていた。
個性溢れる造形美の建築物も崩壊し、もはや見る影もない。
「そ、そんな・・・たい、ちょう、ペトラ隊長・・・・・」
震える足をなんとか一歩前に踏み出すと、何かを踏みつけた感触がして目を落とす。
「ッツ!?」
思わず大声を上げそうになった。
だって、私が踏んでしまったのは、カエストゥス軍の兵士の足だったのだ。
気が付かずに踏んでしまったが、その兵士はぴくりとも反応をしない。
よく見ると全身血まみれで力なく倒れていて、すでに死んでいるようだった。
「はぁッ・・・はぁッ・・・こ、これは・・・」
一気に動悸が早くなる。呼吸が乱れて全身から汗が噴き出してきた。
辺りを見回すと、共に戦ったカエストゥス軍の死体ばかりだった。上半身が無い死体、炎に焼かれて黒焦げになった死体、瓦礫に潰された死体、そのどれもがカエストゥスの兵士だった。
「ハァッ!・・・ハァッ!・・・・・うっ!・・・・・」
全身の痛みと、衝撃的な光景をまざまざと見せられ、思わずその場に吐き出しそうになったが、口を押えて必死にこらえた。
しっかりしろフローラ!・・・・そんな、そんな軟弱な気持ちでどうするの!
なんのために自分が生き残ったと思ってるんだ!
私は自分の顔を両手でバシンと打った。
あの時、ペトラ隊長が私を助けてくれた瞬間を思い出す。
皇帝が光源爆裂弾を撃ったあの瞬間、私は思わずペトラ隊長に向かって駆け出した。
自分になにかできると思ったわけではない。あれは、私の反作用の糸で防げるものではないし、ペトラ隊長の流水の盾でもおそらく不可能だろう。
でも、じっとしてるなんてできなかった。
この国のために、たった一人で皇帝と戦うペトラ隊長の危機に、ただ見ているだけなんてできない。
きっと無駄だろうけど、せめて私自身が盾になれたら・・・・・そう思った。
けれど、私が伸ばした手をペトラ隊長は掴むと、次の瞬間体が大きく振られて、私は空中に投げ飛ばされた。
なんで!?どうして!?
驚きのあまり声も出せなかった私の目に最後に映ったのは、優しく微笑むペトラ隊長の笑顔だった。
そこから先は記憶が無い。
けれど状況を見るからに、空中に放り投げられた私以外に、生き残っている人がいるとは思えなかった。
「・・・あの時、ペトラ隊長は剣を緩めた・・・それが無ければ、きっと勝っていたんだ。なにかは分からないけど、多分あれは皇帝の能力じゃない。きっと・・・あの男だ・・・・・」
一瞬しか見えなかったけど、カエストゥスの人間が、あの男を見間違えるはずがない。
沢山の帝国兵が後ろの控えていた中で、あの男を見た瞬間、私は全身に悪寒が走った。
「ベン・フィング!あの男が、ペトラ隊長になにかしたんだ・・・だから、隊長は最後の最後に剣を引いて・・・・・」
皇帝から剣を外した後、隊長は少しの間、茫然としていた。
まるで信じられないものでも見たような、驚きに満ちた顔をしていた。そしてその後、ハッと我に帰ったような顔で皇帝を見て・・・・・
「ペトラ隊長の反応から考えると、多分あれは幻か何かを見せられた可能性が高い。ベン・フィング・・・カエストゥスを裏切ったんだ・・・絶対に許さない!」
怒りに体が震え、心が憎しみに支配されそうになった時、私は無意識にエロール君が作ってくれた魔道具、反作用の糸を強く握りしめていた。
「・・・エロール君」
水色のマフラーは、今はもう泥で汚れて、火の粉に焦がされボロボロになっている。
エロール君が作ってくれたお揃いのマフラー・・・私の宝物だ。
・・・危うく我を忘れるところだった。
エロール君・・・・・エロール君は、私が憎しみに心を染める事は、望んでいないんだよね。
「・・・まだ、まだ終わってない。お城は、エンスウィル城はまだ落ちていない。カエストゥスには王子がいる!タジーム王子なら・・・タジーム王子ならきっと帝国を倒してくれる!」
帝国は私から何もかも奪っていった。大好きな恋人も、大切な先輩も、故郷も焼かれて、私にはもう何もない。
でも、カエストゥスはまだ終わっていない。
私は王子と話した事はないけれど、ウィッカー様も、ブレンダン様もジャニス様も、みんないつも言っていた。王子は変わったって。私もそう思う。
だって、新国王のマルコ様の傍に立っているタジーム王子は、ちょっと気難しそうには見えるけど、国を、弟を護ろうとしている気持ちはすごく伝わって来るから。
大臣のロペス様も、そんなタジーム王子を心から信頼している事が分かるから。
今回の帝国への進軍だって、タジーム様が残っていれば、万一の時でもなんとかなるって、ウィッカー様はそうおっしゃっていた。だからこそタジーム様を除いての進軍だったんだ。
だから大丈夫!きっと大丈夫なはず!タジーム王子がいるのなら・・・
あのウィッカー様以上の使い手と言われるタジーム王子がいるのだから、まだ希望はある!
「・・・・・行かなきゃ!私はまだ戦えるんだから!エロール君!ペトラ隊長!見守ってください!」
遠くに見えるエンスウィル城を目指し、戦火に焼かれる町を私は駆けた。




