【937 剣士の激昂】
カエストゥス国首都バンテージ。
倒壊した建物の数々、美しかった街を焼く赤々と燃え盛る炎、空を焦がす黒煙はいくつも立ち昇っていた。首都バンテージに入った帝国軍は、破壊と殺戮の限りを尽くしていた。
しかし帝国軍は、まだ城に攻め込めていなかった。
万一に備えて街に配置されていたカエストゥス軍、そして帝国を追って来たペトラ率いる軍勢が追いついたからだ。
「フッ!」
短く、そして鋭く息を吐くと、ペトラは大地を蹴った。
前方には鉄の鎧に身を包んだ自分よりもはるかに大きい男達が、武器を持ち並び立っている。
一兵士と言っても、日々体を鍛え技を磨いている帝国兵は、一人一人が精鋭である。
同じ体力型と言っても、女性であるペトラとは、筋力の差など比べるまでもない。
「馬鹿が!この人数相手に一人で正面から・・・!?」
先頭に立っていた帝国兵の男は、自分に向かって駆けてくるペトラに対し、手にしている鉄の剣を振り下ろした!
しかしペトラの金色の髪に、その剣が触れたと思われたその時・・・男の視界から一瞬にしてその姿がかき消えた。
「・・・この程度のスピードに反応できないとはな」
「なッ!?てめぇ・・・え・・・ぐっ・・・・・」
背後から聞こえた女の声に振り返ろうと体を回すと、腰から上がズルリとズレ動き、真っ二つになった上半身が地面に落ちた。
内臓を撒き散らし、真っ赤な血が地面を染め上げていく。
「なっ!?なんだと!?」
「ば、馬鹿な!?いつ斬った!?」
「女!貴様いったい何をした!?」
ペトラの動きをとらえる事ができなかった帝国兵達は、突然仲間の体が斬り落とされた事に動揺し、備える事ができなかった。
それゆえに、なすすべもなく斬られる事となる。
「ハァァァァァーーーーーーッツ!」
気を発し、己の背丈程もある大剣を振るう!
右から左への横一線の薙ぎ払いは、最初の一人と同じく、帝国兵の体を上半身と下半身の二つに斬り裂いた。
そのまま手首を返し逆方向に振るう刃は、帝国兵の頭を斬り飛ばす。
剣を振るった勢いのまま、右足を軸に腰を回すと、大剣の重さに引かれるようにペトラの体が回転し始めた。
「お、おい!な、なんだよあれ!?」
一人が声を上げると、帝国兵達にざわめきが起きて広がっていった。
ペトラの回る勢いはどんどん強くなる。それにともない、大剣が風を斬る音は大きく鋭くなっていき、自身を中心に風の渦さえも作り出していった。
「あ、あんなの・・・も、もう竜巻じゃねぇか!」
兵の一人が叫んだその声が合図となった。
「ラァァァァァァァァー----------ッツ!」
ギラリと目を光らせると、ペトラは地面を踏み砕いて飛んだ!
単純な腕力で言えば、ペトラは男には適わない。
男女が生まれ持った骨格、筋力の差というものは、努力では埋められないものかもしれない。
だがペトラの強さの本質は、腕力とは別のところにあった。
それはまるで独楽のようだった。
回転しているペトラの動きは、円が基本である。右足で飛んだペトラは、回りながら右から左へと、横の動きで帝国兵に斬ってかかった。
目の前に立っていた男は、二メートルはあろうかという巨躯の男だった。
手にしている得物は大斧である。ペトラの大剣と比べても肉厚で、盾としても使える武器だと想像させられる。
「ハッ!初っ端に俺にかかって来るとは、舐めてくれんじゃねぇかよォォォー--ッ!」
男は正面にペトラを捉えると、両手で大斧を振りかぶり、そして全力で降り下ろす!
「オォォォォォォォー-----ッツ!」
迫りくる大斧!まともに喰らえば絶命は確実、潰れたトマトのように肉片を飛び散らされてしまうだろう。だがペトラには微塵の恐れも無い。それどころか斧に向かって加速し、大斧の刃に己の大剣を叩きつけた!
ペトラの強さとは、女性特有の柔軟性、その中でも更に群を抜いた柔らかさである。
そしてどれだけ回ろうとも体の軸が乱れない、体幹の強さと平衡感覚にあった。
高速回転によって生み出される、まるで竜巻を思わせる程の遠心力に加えて、ほとんど真後ろを向いている程に捻った、上半身から繰り出す大剣の破壊力は、たかが肉厚の大斧で受け止められるようなものではなかった。
大斧と大剣がぶつかり合ったのはほんの一瞬だった。
ペトラの大剣はまるでバターでも切るかのように、鋼鉄の大斧をあっさりと斬り裂くと、そのまま止まる事なく帝国兵の頭を斬り飛ばした。
吹き飛んだ血肉が、後方で構えていた帝国兵達の頭に降りかかっていく。
目の前の巨躯の男を斬り捨てると、ペトラは足を止めずに次から次へと、帝国兵を斬り殺していった。胴を真っ二つに斬り離し、頭を叩き割り、首を刎ね飛ばす。
黒魔法使い達が魔法を飛ばすが、爆裂弾や刺氷弾では、ペトラの回転の威力だけで弾き飛ばされてしまう。しかし中級魔法からは仲間を巻き込みかねない事と、絶えず動き続けるペトラを捉える事が難しく、初級魔法以外は使いたくても使えない事が実情だった。
帝国軍にペトラを止められる者はいなかった。
ただ一人を除いては・・・・・
「なかなか進まんと思えば、女・・・また貴様か」
突如通ったその声に、帝国兵達が左右に分かれて道を作った。
オールバックにまとめた濃いめの金色の髪。目を合わせただけで他者を怯ませる程の鋭い黄金の瞳。
深紅のローブをはためかせて歩いてくるその男は、ブロートン帝国皇帝ローランド・ライアン。
数百人程斬り伏せたところで姿を現した皇帝を見て、ペトラは足を止めた。
大剣を地面に向けて振るい、剣にベタリと付いていた血を飛ばす。
黒かったマントも、今は返り血で赤く染まっている。
一つ大きく息をつくと、ペトラは右手一本で大剣を回し、刃先を皇帝に向けて突きつけた。
闘気が感情とともに膨れ上がり、ペトラの髪を逆立てる。
「・・・出て来たか、皇帝・・・死んでいった仲間達の無念は私がはらす!覚悟しろ!」




