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【936 境界線】

「ここまでありがとう。みんなには感謝している。俺が立ち直れたのは、みんなのおかげだ」


アニー達七人を前にして、俺は一人一人の顔を見ながら、感謝の気持ちを伝えた。


吹雪の止んだ雪原に立つ俺達は、さっきまでは8人で一つの集団だった。

だが今は俺一人とアニー達七人とで、ハッキリと立ち位置が分かれていた。


一陣の風が吹き、積もった雪を舞い上げる。

頬にあたった小さな雪に、少しの冷たさを感じて指先で拭った。



「いやいや、みんなって言うより、エニルじゃないんスか?」


俺の言葉に真っ先に反応したのは、最年長のカイルだった。

カイルは悪意のない純粋な笑みを俺に向けながら、エニルを指さした。

俺は少し緊張しながら真面目に話したのに、カイルの一声で一気に場の空気が緩んだ。


「え、あ、それは・・・」


さっきまでの自分の姿を思い出して、顔が赤くなり口ごもってしまう。

そんな俺を見て、エニルはニヤっとした笑みを浮かべながら、俺に意味深な目を向けて来た。


「そ~ですよね~?ウィッカー様が立ち直れたのは、アタシのおかげですよね~?」


「エ、エニル、お前なぁ・・・」


実際に女性の胸を借りて大泣きしてしまった手前、俺とエニルの立場は完全に逆転してしまったようだ。弱みを握られたと言うか、どうにも強く言い返せない。


「あははは、ちょっとはアタシを意識してくれました?」


「・・・俺には、メアリーがいるから」


「残念、まぁそうだろうなって思ってました。これでウィッカー様がホイホイとアタシに来たら、それはそれでなんか嫌だし」


「え?・・・あんだけ誘惑しといて?」



思わぬ一言に、俺は耳を疑った。


エニルはボディタッチが多かった。なにかと腕を組もうとしてくるし、肩もくっつけてくる。

それにハッキリと俺に、好きだと伝えてきた。

それで自分のところに来られたら嫌だって・・・意味が分からない。


「う~ん・・・それはそうなんですけどね。アタシを選んでほしいけど、奥さんと・・・子供さんだっているわけじゃないですか?だから・・・うまく言えないんですけど・・・あはは、なんでもないです!忘れてください!」


「・・・エニル」


眉を下げて、無理に作った笑顔を見て、俺はエニルの本心に触れた気がした。


思い返せば、エニルはこの戦争をずっと怖がっていた。

どうせ死ぬんだから・・・そんな言葉を口にするくらい、心が追い詰められていたんだ。

既婚者の俺に気持ちを伝えてくるくらいだから、本当に最後だと思っているんだ。


俺を誘惑するという事は、一つの家庭を壊す行為だという事も分かっている。

きっとエニルは子供も好きなんだろう。

だから娘のティナの事も考えてしまって、事罪悪感を感じているんだ。


自分を好きになってほしい。でもそれは本当はダメだと分かっている。


相反する二つの感情で心が板挟みになって、苦しんでいるんだ。



「さぁ、ウィッカー様、アタシの事はいいから、もう行ってくださ・・・っ!?」



俺はエニルをそっと抱きしめた。


「エニル、ありがとう・・・・・」


「・・・ウィッカー、様・・・・・」


ごめんとは言わない。謝る事はしない。



「エニルのおかげで立ち直れたよ。沢山元気をもらった。ありがとう」


気持ちには応えられない。でも、一度だけ抱きしめさせてくれ。

キミには心から感謝している。ありがとう、エニル。



「エニル、キミに出会えて良かった」


「・・・・・う・・・うぅ・・・・・」




小さな肩を震わせて、嗚咽をもらしていたエニルだったが、やがて俺の胸を両手でグイっと押しのけた。


「エニル・・・」


顔を見せないように俯きながら、両手で目元をこすっている。

そして一度大きく息をつくと、エニルは顔を上げた。


「・・・アタシは大丈夫だから・・・ウィッカー様、もう行ってください」


頬に涙の跡を残しながら、とても優しい笑顔を見せてくれたエニル。


「カエストゥスを・・・アタシ達の国を護ってください!」


「・・・ああ・・・任せろ!」


ありがとう。

笑って送ってくれるんだな・・・・・



帝国からここまでの道のりで、俺は彼女の明るさ、優しさにどれだけ助けられただろう。


エニル、俺がキミに謝る事は違うと思う。俺はキミにありがとうを伝えたい。

心からの感謝を胸に、俺は行くよ。



俺はエニルに背を向けると、足に風を纏わせて一気に飛び上がった。


目指すは首都バンテージ。


首都の方角からは、大きな黒煙が空まで立ち昇って見える。

故郷が戦火に焼かれているのかもしれない。そう思うと落ち着いたはずの怒りと憎しみが再燃してくる。

だけど、もう大丈夫だ。

怒りに捕らわれて回りが見えなくなる事はない。


エニル、キミが俺の心を救ってくれた事は絶対に忘れない。


俺にできるのは戦う事だけだ。

だからこそ・・・キミに報いるためにも、カエストゥスは俺が護ってみせる!


雪煙を巻き上げて、俺は全速力で首都バンテージまで飛んだ。






ウィッカーの発った空を見つめているエニルを、アニーが後ろから優しく抱きしめた。


「エニル、頑張ったね」


「・・・・・アタシ最低だ」


家庭を持っているウィッカーへ、自分がしてきた行いは許されない事だ。

エニルは罪悪感で胸を痛めている。


それが十分わかっているから、アニーはエニルを強く抱きしめた。



「うん、確かにダメな事だよね。でも、エニルが最低なら私も最低だよ?だって、止めないで見てたんだからさ」


アニーが冗談めかして言うと、最年長のカイルも肩をすくめて見せた。


「そうそう、俺なんか心の中で応援してたんだぜ。止めないより最低だよな?て言うと、超最低?」


「アニー、カイル・・・」


二人に顔を向けると、リース、リッキー、トム、ジョニーもエニルを中心に集まった。



「私はウィッカー様がケジメをつけて離婚したら、エニルとの仲を祝福しようと思ってたわ。こんな事考える私だって最低じゃない?」


リースは腕を組んで笑った。


「あー、俺もさ、本当はこういうの駄目なの分かってんだけど、仲間の幸せが一番だからよ、エニルを選んだらいいのにって思ってた。俺も最低かな?」


最年少のリッキーは、頬をポリポリかきながら笑った。


「僕もみんなと同じだよ。あんなにアピールしてたんだもん。悪い事なのは分かってるけど、エニルの泣き顔は見たくなかったから、なんとかうまくいってほしいなって思ってた。というわけで、僕も最低だね」


トムは頭をかきながら笑った。


「エニル、俺達みんな最低だな。でもさ、エニルは最後に自分から身を引いたじゃん?ウィッカー様だって、エニルにすごい感謝してたし、それでいいんじゃないかな?エニルはさ、ウィッカー様を立ち直らせたんだよ。好きな人のために一生懸命頑張ったんだよ。それでいいじゃん!」


一番体の小さなジョニーが、一番大きな声でエニルを励ました。



「み・・・みんな・・・あ、あり、がとう・・・・・」



押さえたはずの涙があふれ出してきて、エニルの頬を伝い落ちた。



泣くなって!

俺らがいるぞ!

それにしても、七人全員最低って!

最低なチームってのも面白いじゃん!



仲間達の声がエニルの心に染みこんでいく。




できれば最後まで一緒に行きたかった。

でも、あの黒煙が見えた以上、自分達のペースに合わせてもらう事なんてできない。

だからここまでなんだ。


さっきまでウィッカーが立っていた場所、そして今自分が立っている場所は、ほんの1メートルも無い距離である。


だがこれは、雪原に引かれた境界線だった。



ウィッカー様・・・本気であなたが好きでした。

でも、アタシはここまでです。


どうか・・・どうかご無事で・・・・・



風が舞って空に散らされた雪が、景色を白く色づける。

灰色の空から僅かに射し込んだ陽の光に、エニルは祈った。


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