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【932 愛する人】

翌朝目を覚まして外を見ると、相変わらずの吹雪だった。

今日で四日降り続けている事になるが、勢いはまったく衰える様子を見せない。

ドアを押し開けて小屋を出ようとしたが、積もった雪がドアを押さえているため出られなかった。


窓を開けて外を覗いてみると、ドアの1/3くらいまで雪が積もっていた。

積もりそうだとは思っていたが、これは予想以上だった。


窓から手を出して、火魔法でドアを開けれるくらいまで、雪を溶かして蒸発させた。

カエストゥスでも、よくこうやって雪を溶かしていたなと、少し懐かしくなった。




それから手早く準備を済ませて、俺達はカエストゥスを目指して歩いた。

俺の体調は、食事をして十分な睡眠をとったから、ある程度は回復していた。

だがこの戦いで、俺が受けていたダメージはやはり大きかった。


今の状態はせいぜい6~7割といった感覚だ。やはり血を流し過ぎたんだ。本来なら一週間は休養をとらなければならないだろう。だが今はそんな泣き言は言っていられない。

カエストゥスの危機なんだ。足が動く限り進まなければならない。





昨日と同じく、俺達は風魔法で体を護りながら歩き続けた。

風の鎧で吹雪は防ぐことができる。だが問題は冷気だった。風の侵入を防ぐのだから冷気も多少は軽減できるが、それでも極寒の大地を歩いていれば、確実に体温は奪われていく。


「ウィッカー様、まだ本調子じゃなさそうですね?」


「エニル、ずっと俺にくっついてて飽きないのか?」


先頭をアニーが歩き、それに続いてトムとジョニー、俺はその後ろ、列の真ん中を歩いていた。

これは不測の事態が起きた場合、前でも後ろでもフォローに入れるようにするためだ。


最後尾はカイルが務めている。しんがりを率先して請け負ったのは、七人の中で最年長という責任感からだろう。俺より一つ年下だから、最年長というのは本当は俺なのだが、この七人のチームの役割というものも尊重しなければならない。


エニルは俺に続く形で、数歩後ろを歩いていたのだが、いつの間にか隣を歩いていた。



「飽きませんよ。それで、まだ本調子じゃないですよね?顔色があまり良くないですもん。大丈夫なんですか?」


エニルの薄茶色の瞳が、俺をじっと見つめる。嘘は許さないと、無言のプレッシャーをかけてくる。


「・・・魔力は問題ない。けど、体力はいまいちだな。血を流し過ぎた・・・」


拳を握ってみる。やはり力の入りが悪い。カエストゥスまで歩きながらでは、到底回復できないだろう。ペトラ達に追いついたとして、どこまで力になれるだろうか・・・・・。

皇帝の魔法は意地でも防ぐつもりだが、この体調では厳しいかもしれない。



「・・・体が冷えてるから、血の戻りも遅いんじゃないですか?だからアタシと一緒に寝ればよかったのに」


「体の冷えと血の戻りって関係あるのか?まぁ、あったとしても、俺にはメアリーがいるから、エニルと一緒に寝る事はないぞ」


俺の腕に自分の腕をからめてくるエニルを、やんわりと引き離す。

昨日もハッキリ断ったはずだが、エニルはまったく気にしていないようだ。

それどころか、俺がメアリーの名前を出してから、まるで対抗するように、ぐいぐい来ていると感じる。


「なぁエニル、キミが俺に好意を持ってくれてるのは分かった。でも俺には妻も子もいるんだ。裏切る事はできないし、その気持ちも無い。だから俺の事は・・・」


「でも、死んだら終わりじゃないですか?」


「え・・・?」



それまでニコニコと微笑んでいたエニルだったが、スッと笑みが消えて、少しだけ睨むような視線を俺に向けて来た。

予想外に冷たい態度と低い声に、俺は驚きに目を開いてエニルに顔を向けた。


「だから、死んだら終わりじゃないですか?あ、奥さんと子供さんの事じゃないですよ?アタシの事です。このままカエストゥスに向かって歩いて行けば、いつかは帝国に追いつきますよね?ペトラ隊長が倒してくれてたら一番いいですけど、正直難しいと思うんです。それでアタシ達も戦う事になったら・・・アタシ生き残れる自信ないです。だったら最後くらい、自分の気持ちに素直になりたいって思うのは、いけない事ですか?」


「エニル・・・・・」


すぐに言葉を返す事ができなくて、俺は彼女の名前を小さく口にした。


ここで彼女を突き放す事は簡単だ。そしてそうすべきなのだと思う。

だけど彼女の言う通り、俺達も戦闘に参加する事になるだろう。エニルはおそらく死を覚悟している。耐え難い恐怖を感じているのに、最後まで戦う決意を固めているエニルの、最後になるかもしれない気持ちを否定する事なんて、俺にはできなかった。


「ウィッカー様・・・アタシ、迷惑ですか?」



足を止めて、じっと俺の目を見る。

ここで迷惑と答えれば、エニルは二度と俺に近づいては来ないだろう。

そうする事が正しいとは思う。俺メアリーとティナを愛している。夫として、父親として、そう答えるべきだ。


だが・・・・・


「・・・いや、迷惑ではない。だが、俺が愛しているのは妻のメアリーと、娘のティナだ」


この答えが譲歩できるギリギリだった。


カエストゥスに着くまでに、あと何回かの夜を迎える事になる。

その夜で俺がエニルに手を出す事はない。彼女の気持ちに応える事はできない。


いっそハッキリ拒絶した方が、彼女のためかもしれない。

だが、それでも俺がいいのであれば・・・あとはエニル次第だ。


エニルが俺の答えをどう受け止めるかだ。



俺はエニルから目を逸らさなかった。

エニルも俺から目を離さなかった。

少しの間、お互いを見つめ合った。


「・・・フフ、本当に真面目ですよね?ウィッカー様って。言い寄ってくる女がいるんだから、ちょっと遊ぶくらいの気持ちでいいのに。どうせ死んじゃうんだしさ・・・」


「おい、エニル・・・」


自暴自棄になっているような言葉を口にするエニル。俺が眉を寄せたのを見て、言いたい事は分かってるとでも言うように、手を前に出して首を振った。



やがて彼女は、眼を細めて小さく笑った。


笑っているが、その顔は少し寂しそうに見えた。そして透明感のある紫色の髪を指で巻きながら、小さく溜息をついた。


「フフ・・・でも、だから好きになっちゃったんだろうな・・・ウィッカー様、となりを歩くくらいいいでしょ?」



その薄茶色の瞳に涙が浮かんで見える。


寄り添うエニルの肩が触れるが、俺は彼女を離す事はしなかった。


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