【903 ブレンダン 対 皇帝】
「ブレンダン様、お一人で大変ではないですか?」
「確か、先週も女の子が一人、孤児院の前に置き去りにされてたんですよね?」
「今は10人くらいでしたっけ?流石にお身体を壊してしまわないか心配です」
私が孤児院を始めて数年経った。
40を過ぎて始めてみたが、子育ては全くあまくない。悪戦苦闘の毎日だ。
周囲の助けを借りながら、手探りでなんとか今日までやってきた。
今孤児院に来ている人達はご近所さんだ。彼らはよく食べ物を差し入れてくれたり、私が大変な時には手伝ってくれるので、とても感謝している。
よく、大変でしょう?と言われるが、確かに大変だ。楽なはずがない。
赤ん坊は一人で食事もできないし、ところかまわずに泣く。
歩けるようになった子は、好奇心剥きだしでどこにでも行ってしまう。
危ない物にも無警戒で近づく。毎日ヘトヘトになって一日が終わる。
「いいえ、大丈夫ですよ」
しかし私は笑顔で大丈夫と返した。
本当に大丈夫ですか?そう心配そうに見て来る人達に、私は大きく頷いてまた笑顔で言葉を返した。
「ええ、本当ですよ。皆さんにはいつも助けていただいてますし、何より私は楽しんで育ててます。どんなに忙しくても、心は全く苦しく思ってないのです。だから大丈夫です」
「・・・そうでしたか。ブレンダン様がご無理をなさってないのでしたらいいのですが・・・」
「ええ、それに年長の女の子、7歳のリンダという娘は面倒見が良くて、下の子達をうまくあやしてもくれるんですよ。4歳のニコラという娘も、まだ小さいのに食事の時には皿やスプーンを出して手伝ってくれるんです。子供達は日々成長しています。すぐに私が面倒を見られる立場になりますよ」
いえいえ、ブレンダン様はまだまだお若いでしょう!そう笑うご近所さん達と、少しの談笑をしてお開きとした。赤ん坊もいるため、そう長くは離れられない。玄関まで見送ってお別れの挨拶をすると、ご近所さんの一人が、思い出したと言うように振り返った。
「あ、そうそう、ブレンダン様。それで新しく入ったその女の子は、お名前決められたのですか?」
明るい栗色の髪と、髪と同じ明るい栗色の瞳が特徴的な、笑顔の可愛い女の子だ。
毛布で包まれて、孤児院の前に置き去りにされていたが、捨てた母親にも罪悪感はあったのだろう。
手紙が挟まれていた。
贖罪の言葉と、どうか健やかに育ってほしいという文面の後に、名前が書かれていた。
「ジャニスです。ジャニス・コルバートがあの娘の名前です」
子供を捨てた際に、姓まで書き留めておく事はまず無い。
調べれば親を特定できる可能性があるからだ。
それなのに姓を書いた可能性は、いくつか考えられる。
一つ、この国の人間ではないため。
一つ、自分の名前ではない。もし探されても、行きついた先は他人である。
一つ、いつか自分を探しに来てほしいから。
「ジャニスですか。良きお名前ですね」
「ええ。あの娘はきっと強く優しく育ちますよ。この孤児院で育って良かった。大きくなった時そう思ってもらえるように、私も親として頑張らないといけませんな」
私は、ジャニスの母は、いつかまたジャニスに会いたいと願っているのだと思う。
子供を捨てて置いて、自分勝手で決して許される事ではない。
だが今はそうする事でしか、生きていけない程の事情でもあるのかもしれない。
少なくともジャニスの母は、ジャニスに愛情は持っていた。
いらない子として産まれてきたわけではない。
本当の親を探すかどうかは、大人になった時に自分で決めればいい。
ジャニス、それまではこの私が・・・お前の父親だ。
「ゆくぞ!皇帝ーーーーーーーッ!」
右手に握った魔空の枝を、大きく外へ向けて振るう!
目に見えない極小の粒子が皇帝へと放出される。その効果範囲は100メートルを軽く超えて、大きく広く拡散される。接触すればその瞬間に大爆発を起こす。
そしてそれは残りの粒子に連鎖し、数珠繋ぎで爆発を起こす。まず躱せるものではない。
皇帝よ、出し惜しみは無しじゃ!ワシはこの命を懸けて貴様を殺す!
「むっ!?」
皇帝の目に粒子は見えない。いや、およそ人の目で見えるものではない。
だが、直感で何かを悟ったのだろう。
突如全身から風を放出し、竜巻のように体の周りで渦を巻かせると、霊魔力の粒子を吹き飛ばした。
「貴様、何か飛ばしたな?見えなかったが何かが飛ばされたのは感じたぞ」
全身に風を纏わせながら、皇帝は正面のブレンダンを睨み付けた。
「ほっほっほ、皇帝、浅はかよな」
「なんだと?」
侮辱の言葉に皇帝の表情が険しくなった。
「浅はかだと言ったのじゃ。何か飛ばされたと感づいておきながら、風で飛ばしただけでお終いか?」
たったその程度で、霊魔力の粒子が消えて無くなるとでも思うたか?
なめんじゃねぇぞ小僧ッ!
それで無効化できる程容易い攻撃じゃねぇんだよッ!ワシの霊魔力はなぁぁぁッッッッツ!
頭上に振り上げた右手、魔空の枝を勢いよく振り下ろす!
風によって吹き飛ばされた粒子が、再び皇帝に向けて集まり出す。
「むっ!?ブレンダン、貴様!?」
皇帝に霊魔力の粒子は見えてはいない。だが、ブレンダンの魔空の枝から発せられる強烈な霊魔力の圧は、その体にビリビリと感じさせられていた。
皇帝は身を護る風の鎧を解いてはいない。
そのため粒子が皇帝に直接触れる事はできないが、今度はブレンダンが力を集中して粒子を集めているため、風で飛ばされる事もない。
「くっ、なんだ、これは!?」
余の風を押してくるこの圧力はなんだ!?おそらくブレンダンのあの枝によるもの、霊魔力とやらだろうが、さっきと違い余の風でも吹き飛ばす事ができん!
押し潰すつもりか!?この霊魔力とやらで余の風を押し潰すつもりなのか!?
「な、なめるなよ、ブレンダン!」
足腰に力を入れて、大地をしっかりと踏みしめる!両の拳を握り締め、より大きく強く風の魔力を放出する!
体を纏う風がブレンダンの霊魔力を吹き飛ばそうとするが、押し返しきれない!
逆にブレンダンの霊魔力に余の風が圧迫されてくる!
な、なんだと!?ばかな!これはつまり、ブレンダンの魔力が本当に余に匹敵しているという事だ!
タジーム・ハメイド以外は脅威に感じていなかったが、このじじい!これほどの力を隠し持っていたのか!?
「なめるなよブレンダン!余は、皇帝だぞぉぉぉぉぉーーーーーッ!」
怒声とともに全魔力を放出して、霊魔力の粒子を吹き飛ばそうとしたその時・・・
ブレンダンは不敵に笑った。
「皇帝、もう遅い」
ブレンダンが魔空の枝に念を込めると、皇帝を取り囲んだ霊魔力の粒子一つ一つが、目も開けていられない程の光と共に大爆発を起こした。




