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899/1565

【899 対応力】

誤字を見つけたので訂正しました。内容に変更はありません。

「・・・フッ・・・まぁ、思ったよりやるようだ」


仰向けに倒れていた皇帝の口から、小さな笑いが聞こえた。

それで俺は理解した。俺の右拳は皇帝の胸に刺さったと思ったが、やはり寸前で止められていたのだ。

風を纏った拳を直撃させれば、とてもこんなにのんびりとは話せない。

それに拳を叩き込んだ時の感触にも違和感はあった。やはり風の盾を間に合わせたんだ。


だが、自分の胸と俺の拳の間にかろうじて挟み込むような、際どいタイミングだったのだろう。

風の盾を使っても衝撃を受け止めきれず、結果としてその体は殴り飛ばされてしまった。


俺に叩いた大口なんてまるで無かったかのように、皇帝はゆっくりと上半身を起こした。

地面に手を着き立ち上がる姿は、一国の支配者として屈辱のはずだ。だが薄い笑いを浮かべる皇帝は、むしろこの状況を楽しんでいるようにすら見える。


「さて、見事余を動かす事ができたわけだが、ここからどうする?ダメージは無いぞ」


「・・・その減らず口、叩けなくしてやるよ」


一発を入れて、皇帝への攻撃の突破口を掴んだが、俺の頬を冷たい汗が流れ落ちた。


ここで俺の挑発に乗って、逆上でもしてくれれば楽だった。

だが格下と見ていた俺に土をつけられても、この落ち着きと余裕・・・やはり一筋縄ではいかない。


拳を構えて風を纏う。

俺が確実に皇帝を上回っているのは運動力だ。ならばこれでいくだけだ。


「クックック、風で風を解く、面白い発想だ。どれ、かかって来たらどうだ?」


右手を前に出して、かかってこいと手招きをする。

ガードしたとはいえ、たった今攻撃を受けたばかりなのに、まったく警戒する素振りさえ見せない。


「余裕じゃねぇか・・・いくぞ!」


足に風を纏い地面を強く蹴る!

脚力に風を加算した踏み込みは、一瞬で皇帝との距離を詰めて拳の射程内に入り込んだ。


一瞬遅れて皇帝が俺の動きを捉えるが、俺はすでに皇帝の腹に左の拳を繰り出していた。


よし、やはり皇帝は俺の動きについて来れない!


今度こそ直撃をくらわせて・・・!?


「フッ・・・どうした?」


俺の拳は皇帝の腹の前で、風の盾によって受け止められていた。

それ自体は予想していた事だ。だが・・・


「な、んだと・・・?」


「何を驚いている?貴様の風を余の風で乱しただけの事よ」


目を疑った。俺の風の拳は、確かに皇帝の風の盾にぶつかっている。

さっきの一発と同様に、皇帝の風の盾を、俺の風の拳で乱して散らせばいい。


だが散らされているのは、俺の風の拳だった。


「貴様にできて余にできないと思ったか?」


皇帝の右手が俺の顔の前にかざされたと思った瞬間、氷の刃が俺の顔面に撃ち放たれた。








「・・・そうか、ベンが逃げたか」


元大臣ベン・フィングが牢から逃げた。

そしてロペスの推察では、ベンは幻覚を見せる魔道具を使った可能性が高いという事だ。


なるほど、例えば透明になる魔道具があったとして、それで逃げたとしても稼げる時間は半日もないだろう。そして透明になれるだけでは、牢から脱出はできない。


だが、ベンが牢にいるという幻覚ならばどうだ?

正確な効果時間は分からんが、おそらくそれなりに長時間、少なくとも数日は持続して見せられるのだろう。


給仕係が食事を運んできたタイミングで、ベンは牢を出たのだ。

幻覚のベンを相手に給仕が食事を渡し、空いた食器を取り下げる。短い時間だが、牢を出るだけならば十分だ。


牢を出た後は、自分を一般兵や出入りの商人にでも、幻覚で見せるようにしていたのだろう。

そしてヤツは優々と逃亡をした。


そしてそのままずっと、魔道具の効果が切れるまで幻覚を見せられていたのだ。



「はい。私の責任です。ベンを牢に入れる時、体内に魔道具を埋め込んでいる可能性を考慮しませんでした。申し訳ありません」


報告に来たロペスは、腰を曲げて深く頭を下げた。


「ロペス、頭を上げてください。今は誰の責任だと言っている場合ではありません。それに体内に埋める魔道具は、ピアスを除けばほとんどが拷問の寄生型というイメージです。ベンが自らにそんな物を使っているとは誰も考えないでしょう?気付かずともしかたありません」


マルコがロペスを擁護する。ロペスはそれでも納得できないようだが、俺もマルコに同意見だ。

攻撃系以外の魔道具は、装飾品であるイメージ大きい。まさか体内に埋め込んでいるとは想像の外だ。


「ロペス、一つ疑問が残る。なぜベンは師匠との試合でソレを使わなかったと思う?俺はその試合を見ていないが、ベンは命を懸ける程追い詰められていたのだろう?とっておきだったとしても、隠す理由が無い」



「・・・推測ですが、ある一定以上の力量を持つ者には通用しないのかもしれません。ヤツが牢に入ったばかりの頃は、私やロビン、ウィッカーやジョルジュも注意を払っていましたから。なかなか逃げ出す隙が無かった。しかし帝国との戦争が本格化し、ベンに対する注意が逸れてきました。ヤツは機会を伺っていたのです」


「なるほど・・・ロペス、その推測で考えれば、ベン・フィングが牢を抜け出したのは、我が軍が帝国に進軍した頃でしょうか?主力がほとんどいなくなり、手薄になったこのタイミングは絶好の機会だったでしょう」


「はい、私はそう考えております」


マルコが大きく頷いた。ロペスの考えを概ね肯定しているようだ。

幻覚がある程度の力量を持っていれば通用しないというのは、的を得ていると思う。

誰にでも効くと言うのであれば、あの野心家はもっと大胆な事をしでかしていた事だろう。



「・・・ロペス、それでヤツはここを出て、どこに向かったと思う?」


俺はほぼ確信している答えを、ロペスに訊ねた。

ロペスの返事が答え合わせになるからだ。



「カエストゥスに居場所はありません。ロンズデールやクインズベリーに行く意味もありませんし、行ってもどうしようもないでしょう。そうなると答えは一つ。ベン・フィングは帝国に行ったのでしょう。決定的な証拠はありませんが、ヤツが帝国と繋がっているのは明白です。カエストゥスの情報を手土産に、帝国へ庇護を求めて行ったのは間違いないかと思います」



「・・・そうか、俺も同意見だ」


やはりな。ベンにはもうそれしかない。

カエストゥスに居場所を失ったあの男は、もはや帝国につくしかない。

知りうる限りの情報を与えて帝国を勝たせ、なんとか己の立場を作るしかないのだ。


「マルコ、どうする?」


現状は把握した。その上でこれからどうするか、その判断は国王であるマルコに任せる。



マルコ、お前が決めろ。お前がこの国の舵を取るんだ。



俺とロペスに目を向けられたマルコは、考えをまとめるようにしばらくの間黙っていた。


やがてゆっくりと目を開けると、ハッキリと決意を言葉にした。



「ウィッカー、ブレンダン、ジャニス・・・彼らに託しましょう。我々はこの国を護る事に全力を尽くします。ロペス、兵達へ警戒を強めるように指示をお願いします。そして兄上は・・・」


そこで言葉を止めるとマルコは俺に顔を向けた。


「・・・」


俺は黙ってマルコの言葉の続きを待った。



「兄上は私を護ってください。私は死ぬわけにはいきません。生きなければならないのです」


固い決意を秘めた目だった。そうだ、マルコ。お前は国王として生きなければならない。


「・・・今更だな」


俺はマルコの肩に手を置いた。

そう、今更だ。



「元々そのつもりだ。マルコ、お前は俺が護る」



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