【853 ジョルジュ 対 ワイルダー】
「師匠、投擲が止まってませんか?」
「・・・そうかもしれん。最後の一発から、間隔がずいぶん空いとるな」
進軍を進めるカエストゥス軍は、ウィッカーとブレンダンを先頭に、巨槍に備え防御の構えを取って進んでいた。
三連発で飛んで来た巨槍の後にも、数発の槍が飛んで来た。
だが最後の一発からずいぶん時間が経つが、次弾が来る気配は無かった。
「ジョルジュとエリンが止めたって事ですよね?」
「うむ・・・そう考えるのが妥当じゃな。策だとしても、ここまで間を開けるとは考えにくい。二人が成したのじゃろう・・・・・」
ブレンダンは顎に手をやり、少しの間思案した。
ウィッカーの援護があったおかげで、まだ少なからず魔力は残っている。
だが、再び投擲が始まった場合、どこまで持つだろうか?城までは持たないだろう。
決断するならば今しかない。
「・・・ウィッカーよ、お前が決めろ」
ブレンダンは弟子に決断を委ねた。
ウィッカーはまだ自分を頼ってくるが、この軍の総大将は自分ではない。
さっき力強く声を上げ、軍を鼓舞して見せた事から、一軍の将としての素質は十分にある。
ここからはウィッカー自身に決断させるべきだ。
「・・・・・俺は行くべきだと思います。いや、行きましょう」
自分に判断を任せた師の意図を察したのか、僅かな時間目を閉じて考えるが、進軍を決断した。
ウィッカー自身がすでに相当の魔力を消耗しているが、師ブレンダンはそれ以上である。
これ以上魔力を使わされる前に行くべきだ。戦闘に入る前に潰されるわけにはいかない。
「ウィッカー、ブレンダン様、これを飲んでください」
二人の間に入ったのは、魔法兵団団長のパトリックだった。
透明な液体の入った小瓶を二人に差し出し、少しだけ厳しい顔を見せている。
「魔力回復促進薬です。完全に回復できる時間はないでしょうが、少しでも回復させてください。申し訳ありません・・・俺がブレンダン様の技を使えれば、負担の軽減ができたのですが・・・」
ブレンダンの結界技、返し、はブレンダンだけにしか使えない独自の技である。
本来結界は受けるだけのものである。だがブレンダンはその結界を回し、角度を付けて受け流し、あるいは撥ね返すという常識外れをやってのけた。
「パトリックよ、何を気にする事がある?できる事をやりゃええんじゃ。お前にはお前しかできん事がある。それにな、ワシはもうお前も、結界技の返しができると思うておるよ。自信を持て、お前の努力はワシが知っておる」
パトリックは青魔法使いとしての技量を上げるため、ブレンダンに師事していた。
ブレンダンも同じ青魔法使いの継承者として、パトリックに己の技術の全てを伝える思いで指導をしていた。ブレンダンの気持ちを聞き、パトリックは、はい、と頷いた。
「パトリック、自信を持つんじゃぞ・・・・・ふぅ、では薬も飲んだし行くとするか」
「はい、巨槍が止まっている今がチャンスです。急ぎましょう!」
ウィッカーも薬を飲みほし、口元を親指で拭うと、後ろを振り返って進軍の合図を出した。
顔を狙った右の飛び蹴りを、左腕一本で受け止める。
体格の差は歴然としていたが、ジョルジュの攻撃は決して軽くない。
多少の体重差などものともしないが、このワイルダーは別格だった。
蹴りを止められたジョルジュの脳が感じたイメージは、山の如き大きな岩だった。
人の力で押す事など到底不可能、破壊する事も考えられない程に大きな岩。
事実、ワイルダーはジョルジュの蹴りを止めたが、その巨体を支える二本の足は、大地に根を張ったかのように、ほんの僅かにも動いていなかった。
「むっ!」
止められた右足を掴もうと、ワイルダーの右手が伸びる。ジョルジュは右足を引いてワイルダーの手を躱すと、体を右に回して左足を、ワイルダーの顎目掛けて繰り出した!
しかしワイルダーは右手を外に振り払い、ジョルジュの蹴りを弾き返す。
空中で足を払われたジョルジュだが、体を縦に回転させて両足で着地をすると、そのまま後ろに跳んでワイルダーと距離をとった。
左手に持った弓に矢をつがえて構えると、それまで表情を変えなかったワイルダーが、初めて落胆をにじませた声を発した。
「体術が駄目ならまた弓か?俺に弓が通用せん事は、初めに教えたはずだが?」
「そうだな。確かに貴様は、俺の矢をこの距離で弾いた。だが、一度防いだからといって、次も防げるとは限らんぞ」
淡々と言葉を返し、弦を引いてワイルダーの額に狙いを定める。
「・・・よかろう。そうまで言うのなら撃ってみるがいい」
両手を開き、己を体をまるで的のように見せる。お前の弓がいかに無力かを教えてやろう。
そう言わんばかり態度だったが、ジョルジュは眉一つ動かさず冷静だった。
数えきれない程繰り返した動きだ。
弓を構え、弦を引いて矢を射る。どこを狙えば当てる事ができるか、それだけを追求してきた。
風の精霊の力はやはり使えない。だが、自分の肌で感じる風が教えてくれる。
「・・・今だ」
ジョルジュの射った矢は、一直線にワイルダーの額に向かって走った。
何の変化も無い、ただ真っすぐに飛ばすだけの矢。
「ふん、やはりつまらっ!?」
完全に軌道を見切っていたワイルダーは、矢を叩き落そうと右の拳を振るった。
だがその時、横殴りの強い風が吹き、ワイルダーの目に雪が入り視界を塞いだ。
「・・・ぐっ!」
「フッ、咄嗟に首を振ったか。だが、どうだ?俺の矢は貴様の頭を切ったぞ。あまりなめないでもらいたいものだ」
ワイルダーの右目の上からこめかみにかけて、一筋の赤い線が走り、血液が流れ落ちる。
額は貫けなかった。だがワイルダーも完全にはかわせず、ジョルジュの矢が頭をかすめていた。
「・・・にわかに信じがたいが、このタイミングで俺の目に雪が入るとは・・・・貴様、こうなると分かっていたのか?」
流れる落ちる血を手のひらで受け止め、ワイルダーはジョルジュの顔を見据えた。
「ああ、分かっていた。風を読めばこの程度の事は予想できる。俺の矢を肉眼で見切った貴様の目は大したものだが、それだけでは俺には勝てんぞ」
この時ワイルダーは、ジョルジュ・ワーリントンを強敵として認めた。
拳を鳴らし首を回すと、ニヤリと笑いを浮かべて前に一歩、二歩と足を進める。
「自分の血を見たのはいつ以来だろうな・・・ジョルジュとやら、面白い!俺ががっかりしないようにせいぜい頑張ってくれよ!」
そう言葉を口にすると、ワイルダーは右足で強く地面を蹴って飛び出した!
「ッ!なッ!?」
そのあまりのスピードに、ジョルジュの目が大きく見開かれる。
は、早い・・・!
山のような体躯に似合わない凄まじいスピードだった。
一瞬でジョルジュの正面に立つと、常人の倍はあろう巨大な左拳がジョルジュの腹にめり込んだ。
「ガッ・・・・・ハァッ・・・!」
深々と腹に突き刺さった拳に、ジョルジュの口から掠れるような声が漏れる。
「ほう、俺の拳で背骨が折れんのか?本当に大した男だ」
ワイルダーの顔に歪んだ笑みが浮かんだ。




