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829 少年の心

「おいおいおい!アラやん!レイチーが目を覚ましたってよ!」


「え!?本当ですか!?」


担当の防具コーナーで商品のメンテをしていると、ジャレットさんが興奮した様子で走って来た。

レイチェルが実家で療養を始めて今日で六日目。命に別状は無いと聞いていたけど、やっぱり意識が戻らない事をみんな心配していたから、目が覚めたと聞いて俺も声が高くなった。


「さっき、エルウィンが来て教えてくれたんだよ!今朝レイチェルの様子を見に家に行ったんだって、そしたら起きてたらしいんだよ。食事もとれてるようだし、順調に回復してるってよ」


ジャレットさんは喜びを表現するように、力いっぱい俺の肩を何度も叩いてくる。


「本当に良かっ、い、痛っ、ジャ、ジャレットさん、いッ、痛てぇっス!」


「いやぁ良かった良かった!な、アラやん?あっははははは!」


痛いと言っているのに、ジャレットさんはバシン!バシン!と、遠慮ない強さで叩いて来る。

まったく話しを聞いてない。



「ジャレット、そんなに強く叩いたらアラタ君が怪我するわよ」


いつの間にか後ろにいたシルヴィアさんが、ジャレットさんの手を掴むと、そこでやっと気が付いたようだ。


「ん?・・・あっ!悪い!つい力が入っちまった!大丈夫か?」


正直けっこう痛かったけど、それだけ嬉しかったって事だろうし、慌てた様子のジャレットさんを見ると、しかたないなと思ってしまう。俺は笑って、大丈夫です、と伝えた。


「まったくジャレットは・・・アラタ君、この人ハッキリ言わないと分からないから、遠慮なくビシっと言ってやってね?」


「お、おい、シーちゃん、俺にも先輩としてのメンツってのが・・・」

「うるさいわよジャレット、ちょっと黙ってて」


「お、おう」


ズバズバ言うシルヴィアさんに、ジャレットさんが抗議の声をあげるが、まったく聞き入れてもらない。どうやらこの二人も女性の方が強いようだ。

怒られたジャレットさんは、シルヴィアさんの隣でバツが悪そうに頬を搔いている。


「アラタ君、今エルウィンが事務所にいるから話しを聞いてきたら?店は私とジャレットで見ておくから」


シルヴィアさんとジャレットさんは先に話しを聞いていたようで、今は他のメンバーが事務所に集まっていると言う。


「すみません、じゃあお願いします」


俺はお言葉にあまえて、二人に店をお願いして事務所へ向かった。





「あ、アラタさん!待ってましたよ」


事務所に入ると、長テーブルの中心の席に座っていたエルウィンが、俺を見て立ち上がった。

すでに俺以外は全員揃っているようだ。


端の席に座っているリカルドは、俺に目を向ける事もなく、袋に入ったクッキーをもくもくと食べている。そんなリカルドを冷ややかな目で見ているのはユーリ。きっと元々はユーリのおやつだったんだろう。


俺に気付いたカチュアが手を振ってくれた。隣の席が空いているのは、場所を取っておいてくれたという事だろう。他のみんなも座っているし、多分俺が来るのを待っていたんだろう。


「よぉエルウィン、一週間ぶりか?今、ジャレットさんとシルヴィアさんから聞いたんだけど、レイチェルが目を覚ましたって?」


俺はカチュアのところまで行くと、エルウィンに声をかけて着席した。


「はい、今朝様子を見に行ったんです。そしたらレイチェルさんが出てきて、少し話してきました。もう起きられるし、軽い物なら食事もとれるそうです」


俺が座るとエルウィンも腰を下ろした

そして俺の質問に答えるのを皮切りに、レイチェルの様子を話し始めた。



レイチェルは五日間寝ていたそうだ。

その間ずっと店長が付いていて、今も一緒にいるらしい。


城の復旧もだいたい終わっているし、任せられる仕事は任せたそうだから、レイチェルが復帰するまでは一緒にいる事にしたそうだ。


レイチェルのご両親だが、最初に死んだようにぐったりしているレイチェルを見た時は、ショックのあまりバリオス店長に掴みかかってしまったらしい。

店で働いていた娘がなんでこんな目にあうんだ!?と激しく攻め立てられたそうだが、その間バリオス店長は、両親が落ち着くまでずっと頭を下げ続けていたそうだ。


悪いのは帝国だが、やはり親心なのだろう。

仕事に行った娘が瀕死で帰ってくるのだ。感情的になってもしかたないと思う。


そして落ち着いた頃を見計らって最初から事情を説明し、ご両親の理解を得られると、レイチェルが復帰するまで、レイチェルの家に一緒にいる事ができるようになったと言う。



「・・・俺、あの日バリオスさんと一緒行ったんですよ、レイチェルさんの家まで、心配だったから。バリオスさんってすごいですね・・・俺だったらレイチェルさんのご両親に、あんなに上手に説明できませんよ。それに最初はあんなに怒ってたのに、最後はちゃんと理解してもらってるんです。人間としての器みたいなもんが違うんですね」


感嘆して話すエルウィンに、みんなが相槌を打って頷く。

バリオス店長がどれほど尊敬されているかよく分かる。俺も付き合いは短いけど、稽古も付けてもらっているし、その人当たりの良さや、豊富な知識に、見習うべき人だと思っている。


「そっか、うん・・・だいたい状況は分かったよ。良かった、やっと安心できたよ」


エルウィンの話しに一区切りつくと、ケイトが座ったまま背伸びをして深く息をついた。



「ずっと心配してたもんね。やっと肩の力を抜く事ができるね」


ケイトの隣に座るジーンが、笑って声をかける。


「そりゃそうでしょ?充血剤を使うくらいなんだから、本当に危なかったんだからね?レイチェルにもしもの事があったら、この店お終いだよ?」


真剣みを帯びたケイトの言葉の通り、お店がお終いというその言葉は、決して大げさではない。

リサイクルショップ・レイジェスにとって、レイチェルは中心人物である。そして仕事を抜きにしても、レイチェルの存在は大きく、決して欠けてはならないのだ。



「それで、レイチェルはいつ頃戻って来れるとか、なんか言ってたか?」


ケイトの話しが終わると、今度はミゼルさんがエルウィンに質問をした。


「あ、それはまだ未定です。ただ、バリオスさんはもう少しゆっくり休ませたいって言ってましたから、来週すぐに復帰できるとか、そういう事にはならないと思います」


「そうか・・・まぁ、そうだよな。起きたばっかなんだし、まだしばらくかかるか」



ミゼルさんからそれ以上の質問がない事を見ると、エルウィンはそれぞれの顔を見て回った。


「だいたいこんなところですけど、皆さんから他に聞いておきたい事はありますか?」


小さく手や首を振ったりして、みんなこれ以上は質問はないという意思を伝える。


「・・・・・ないみたいだな」


俺が代表する形でエルウィンに言葉を告げると、エルウィンは、ではこれで、と言って席を立った。


「また何かあればご連絡に来ますので。今日はこれで失礼します」




そう言ってエルウィンが従業員用の出入口から事務所を出ると、ケイトも席を立ってエルウィンの後を追うように事務所を出て行った。



「あれ・・・ケイトどこに行くんだ?」


「うん、なんかエルウィン君を追いかけて行ったみたいだよね」


俺とカチュアがケイトの出て行った後のドアを見ていると、ジーンが席を立って近づいて来た。


「・・・二人で話したい事があるんじゃないかな?そっとしておいてあげて」


「ケイトが・・・エルウィンと?」


ケイトとエルウィンの間に、特別な事は何もない。

この前の暴徒の時には協力して戦ったし、エルウィンが店に来れば笑って話しもしたりするので、普通の友達関係ではあると思うが、店の外で二人きりで話すところが想像できなくて、俺は首を傾げた。


「あはは、まぁ難しく考えなくていいと思うよ。ただ、この前ちょっと気にかけてたんだよね。エルウィン大丈夫かなって・・・何だかデリケートな話しみたいだから、僕も深く聞かなかったけどね」


そう言ってジーンは、一度外に目を向けると、じゃあ僕は店に戻るよ、と言って出て行った。


「・・・アラタ君、私達も戻ろうか。ジーンの言う通り、デリケートな話しだったら、そっとしておいた方がいいよ」


「・・・うん、そうだね。行こうか」


ジーンが出て行くと、カチュアも席を立った。俺も一緒に立って事務所を出た。

何の話しかは分からないし、気にはなるけど、わざわざケイトが外に追いかけて行ったんだ。

二人だけで話したい事なのだろう。







「・・・エルウィン」


レイジェスを出て、協会への帰路を歩いているエルウィンを呼び止めた。


「あ、ケイトさん、どうしたんですか?」


振り返ったエルウィンは一歩足を前に出して近づくと、さっきの話しで何か聞き忘れでもあったのかと、少しだけ首を傾げて見せた。



「エルウィン・・・あの時レイチェルに、どうやって充血剤を飲ませたの?」



「・・・・・・・」


出血多量だったレイチェルを、レイジェスまで運んだのはエルウィンだった。

だが、レイチェルは自力で水を飲む力も無く、必然的に方法は絞られる。

ケイトはどうやってエルウィンが飲ませたか、確信しているがあえて問いかけた。


「ねぇ、どうやって飲ませたの?」


ズイっと距離を詰めてくるケイトに、エルウィンは顔を赤くして俯いてしまった。



「そ、その・・・ケ、ケイトさんに・・・教えて、もらった・・・やり方・・・で」


「うん、つまり?」


小声でぼそぼそと答えるエルウィンに、ケイトはもう一歩足を前に出して近づいた。

もう一歩詰めればぶつかりそうな距離である。



「・・・・・その・・・く・・・口移し・・・です」


「うん、つまりキスだよね?」


ケイトが確認すると、エルウィンは黙ってうなずいた。

顔を真っ赤にして大粒の汗を額に浮かべ、両手を強く握りしめている。



「・・・エルウィン、一回フラれたくらいであきらめんなよ?アタシは応援してるからさ」


「え?」


てっきりからかわれるのかと思っていただけに、予想外の優しい言葉をかけられて、エルウィンは驚き混じりの表情で顔を上げた。


「キスしたんでしょ?その勇気があるんなら、もう一回くらい頑張れんじゃない?アタシなんてジーンを振り向かせるのに、何年アタックし続けたと思ってんの?だからさ、あんたにまだ未練があるんなら、もう一回くらい頑張ってみなよ?後悔しないようにさ!」


そう言ってケイトはエルウィンの胸に軽くパンチをした。


「・・・ケイトさん・・・」


「へへ、偉そうに言っちゃったかな?じゃあ、そういう事だから。アタシで良ければいつでも相談してね!」




ケイトが店に戻った後、一人帰り道を歩くエルウィンの足取りはどこか軽くなっていた。

ずっとモヤがかかっていた心も晴れやかで、ぼんやりとしていた目標が見えたような気分だった。



「・・・うん!もう一度頑張ってみよう!」



そうハッキリと言葉に出して、エルウィンは力強く拳を握り締めた。



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