826 エリザベートの頼み
食事会も終えて、アラタとシルヴィアとアゲハの三人は、用意された馬車に乗ろうとした時、後ろから追いかけて来る足音に三人は振り返った。
「お待ちください!」
ドレスの裾を両手で掴んで、息を切らせて走って来るエリザベートに、三人は驚きつつも駆け寄った。
「エリザ様、そんなに急いでどうされたのですか?」
「はぁ・・・はぁ・・・す、すみません。私、どうしても・・・」
腰を曲げて胸に手を当て、呼吸を整えるエリザベート。
シルヴィアはその背中を優しく撫でた。
「大丈夫ですよ、ゆっくり落ち着いて話してください」
「はぁ、ふぅ・・・・・すみません。やっぱり魔法使いは体力がないですね。すぐに息が上がってしまいます」
荒い息をなんとか落ち着かせながら、エリザベートが顔を上げると、また違う声がエリザベートのさらに後ろから聞こえて来た。
「姫様ー!待ってくださーい!」
縁取りにダークブラウンのパイピングをあしらった、フード付きの青いローブを着ている女性が、小走りで近づいて来た。
腰まで伸ばした長いダークブラウンの髪。右目の下にある特徴的な泣き黒子。
女王陛下の護衛の一人、青魔法使いのローザ・アコスタである。
「はぁ・・・はぁ・・・、姫様、突然走り出さないでください。私も基本的には陛下の傍を離れられないのですよ?」
追いついたローザは、わずかに眉根を寄せて、そのダークブラウンの瞳で抗議するようにエリザベートを見た。
どうやら、アラタ達を追って外に出たエリザベートを、ローザも追いかけて一人で外に出て来たようだ。
本来は女王アンリエールの専属護衛のため、アンリエールから離れる事はできないが、王女を一人で外に出す事も危ないため、やむを得ず追いかけて来たようだ。
「あ、すみませんローザ、急がないとアラタさん達が帰ってしまうと思って・・・」
「姫様、だからと言って一人で外に出てはなりません。お立場を考えてください」
申し訳無さそうに目を伏せるエリザベートに、ローザは容赦なく厳しい言葉をかける。
アラタは、そこまで言わなくても、と思いかばおうとしたが、アゲハに肩を掴まれ止められた。
「アラタ、言わなきゃならない必要な事だ。あの青魔法使いの娘は何も間違ってないよ。優しくするのと甘やかすのは、似てるようで違うからね」
そう言われて、アラタは何も言い返せなかった。アゲハの言う通りであり、ローザは言うべき事を言っているだけだからである。それはアラタも分かっているからこそ、何も言い返す事ができないのだ。
「あ、ああ・・・そうだな」
「・・・分かったんならいい」
アラタの体から力が抜けると、アゲハは掴んでいた肩から手を離した。
・・・どうにもあまい男だね。
それだけ優しいんだろうけど、こいつの場合は優しいよりあまい部分が多い。
アルバレスとの戦いを見る限り、人を殴れない事はないんだろうけど、女はどうだろうね?
アルバレスと一緒にいたミリアム・・・アラタはあいつを追い詰めていたが、攻撃は加えていなかったようだ。つまりアラタは、女に手を出す事ができないんだ。
「・・・難しい問題だな」
「え?なにが?」
アゲハの呟きを耳にしたアラタが首を傾げると、アゲハは何でもないと言って、それ以上この話しを続ける気はないと言うように、視線を前方のエリザベートに向けた。
「ん?まぁ、別にいいけど」
釈然としない様子で首を傾げるが、アラタもこれ以上話しを続ける気はないようで、正面に向き直った。
アゲハの懸念は、正しいか間違っているかの二択で言えば正しい。
そう遠くないうちに、帝国との全面戦争が始まるだろう。
生きるか死ぬか、命のやり取りの中で、女性だから攻撃ができないでは、自分が死ぬ事になる。
道徳的な観点では、女性に手を出せないアラタこそがまともであり、常識的にも普通なのだが、戦争では違う。殺らなければ殺られるのだ。
アゲハが難しい問題だと捉えるのは、止むを得ない事だった。
そしてアゲハは知らない事だが、実際にアラタはロンズデールでリコ・ヴァリンと戦った際に、リコを殴る事ができなかったために敗北している。
・・・時期を見て一度話した方がいいか。
なんだか放っておけない黒髪の男は、シルヴィアに言われた通り、まるで弟のように感じられた。
「エリザ様、それで私達にどのようなご用で?」
エリザベートの呼吸が落ち着いたところで、シルヴィアは、わざわざ自分達を追いかけて来た理由をたずねた。するとエリザベートは胸に手を当てて、シルヴィアの目を正面から見て、思い切ったように口を開いた。
「私もレイジェスに連れて行ってください」




