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825 受け継がれていくもの

「アラタさん、お口にあいますか?」


「は、はい・・・美味しいです」


ぎこちない手つきでスープを口に運ぶと、アラタは向かいの席に座るエリザベートに笑いかけた。


「ふふふ、緊張してますか?確かにマナーは大事ですが、この場は私達だけの集まりです。もう少し楽にしてくださってもよろしいんですよ?」


アラタが窮屈そうに食事をしているのを見て、エリザベートは笑いを堪えるように口元に手をあてる。

エリザベートとは結婚式以来、三ヶ月ぶりの再会だったが、以前より少し大人びて見えた。


「あ、えっと・・・」


周りの反応を見るように首を回すと、シルヴィアもアゲハも、アンリエールまでも、微笑ましい顔でアラタを見ていた。


「・・・いえ、お見苦しいかと思いますが、ここは頑張って覚えます」


アラタは一つ息をつくと、目の前のスープの皿にスプーンを入れ、手前から奥へと動かした。



「はは、いいね。頑張りなよ。ま、すぐに慣れるさ」


にらめっこするようにスープを凝視しながら口に運ぶアラタを見て、アゲハは少し感心したように笑った。食事の前に、いい機会だからテーブルマナーを覚えた方がいいとは言ったが、どうやらアラタも本気で覚える気持ちがあるようだ。



「・・・あの、アゲハさん?で、よろしいんですよね?」


アラタに顔を向けて笑っているアゲハを見て、エリザベートが探るように声をかけた。

初対面ではあるが、この食事会に来るまでにアンリエールから話しは聞いていた。

元帝国軍第二師団長の女性が来ていると・・・・・


母であり女王のアンリエールが信用したのだから、本来であれば異を挟む事はできない。

だがエリザベートは、自分の目で見て判断したかった。

偽国王の一件もあり、重要な事案は決して人の話しだけでは判断しないと、そう考えを決めていた。


「はい、アゲハ・シンジョウと申します」


「・・・バリオス様からお聞きしてましたが、本当にシンジョウ・ヤヨイ様の血縁者なのですか?」


エリザベートの質問に、会食の場に緊張が走った。

丁寧な口調ではあるが、厳しく見据える瞳には、本質を見極めようとする意志が見えた。


アゲハもエリザベートの懸念を感じ取りスプーンを置くと、斜め向かいのエリザベートに体を向けて質問に答えた。さっきまでのくだけた表情とは一転し、気を引き締めた真面目な顔つきになっている。


「・・・ヤヨイは間違いなく私の祖先です。風の精霊がそれを証明しています。ヤヨイの息子テリー、そしてテリーからその息子ケビンへと、確かに血は繋がっていきました・・・ここに来るまで、帝国では私はアゲハ・クルスと名乗っていました。クルスは、ケビンを産んだキャラの姓です。私は代々受け継がれたクルスを名乗ってましたが、あの日・・・風の精霊に導かれてカエストゥスに渡り、そこで自分のルーツをしった時、私はシンジョウであるべきだと思い、それ以降はシンジョウを名乗るようになりました」


考えを整理するように少しだけ間を置いた後、アゲハは自分が何者であるか、そしてここに来た覚悟を言葉に乗せて話し始めた。



「・・・なぜ、シンジョウを名乗るようにしたのですか?」


「私の中のカエストゥスの血が・・・そして風が、シンジョウ・ヤヨイの戦いは終わっていないとうったえるんです。200年前にカエストゥスを滅ぼしたブロートン帝国は、今また世界を支配しようと動き出しました。絶対に止めなくてはなりません。シンジョウの血を継いだ私だからこそ、止めなくてはならないのです」


エリザベートの碧い瞳は、アゲハをじっと見つめていた。

言葉の真意を見極めるように、そしてシンジョウを継ぐものとして、カエストゥスの血を継ぐものとして、帝国を止めて見せると言う覚悟を確かめるように。



「・・・私には風は感じられませんが、あなたの瞳はとても真っすぐで綺麗です。分かりました・・・アゲハさん、あなたを信じます」


しばしの沈黙の後、エリザベートは表情を崩してアゲハに笑いかけた。


「信じていただけたようで良かったです。王女様」


柔らかい笑みを向けられて、アゲハも緊張を解いてニコリと笑って言葉を返す。


「アゲハさん、もっと楽になさってください。あまり固いのは私も好みません。それと食事の席で大変失礼な質問をしてしまいました事、お許しください」


「・・・ふっ、そうかい?じゃあ普段通り話させてもらうよ。王女様は意外と気さくなんだね?」


「エリザでいいですよ。レイジェスの皆さんは私をそう呼んでます。アゲハさんもレイジェスなのですから、エリザとお呼びください」


「ふふ、じゃあエリザ様、これからよろしくお願いしますね」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


二人の間にあった張りつめた空気が無くなり、和やかな雰囲気が戻ると、アンリエールが軽く息をついて口を開いた。


「・・・エリザ、あなたがこの国を想う気持ちは立派ですが、今回だけですよ?私が大丈夫と話したのですから、本来はこんなむし返すような言葉は許されません。いいですね?」


女王アンリエールにたしなめられると、エリザベートは気まずそうに肩を縮こまらせて、はい、と言葉を返した。

国を想う気持ちが強かったゆえに、アゲハに問いかけたわけだが、すでに終わった話しをもう一度食事の席で始めた事はエリザベートも反省しなければならなかった。



疑念が晴れた後の食事は和やかな雰囲気で進んだ。

アラタの結婚式の事や、最近のレイジェスの様子、城の復旧具合など、様々な話題が出て、途切れる事の無い会話を楽しんだ。




「ふふふ、今日はありがとうございます。とても楽しい時間を過ごせました」


食後の紅茶を口にして、アンリエールがレイジェスの三人に顔を向ける。


「とんでもございません。私達もアンリエール様とご一緒にお食事ができて光栄でした。ありがとうございます」


レイジェスを代表して、シルヴィアが感謝の気持ちを告げる。

前日は緊張すると言っていたが、実際にはそんな様子は全く見られず、落ち着いて対応ができている。

レイチェルのいない今、男性はジャレットが、女性をシルヴィアがまとめているが、責任者を任されるだけあって、こういう対応力はさすがだとアラタは感じていた。




「シルヴィア、レイチェルの事は聞きました。命が助かったのは本当に幸いですが、しばらくは安静にしていないといけないようですね」


「・・・はい。怪我はヒールで治せましたが、出血が多く・・・かなり危険な状態でした。それに、これまでレイチェルは激戦続きでした。ロンズデールでも帝国の手練れと戦って重症を負ったようですし・・・ダメージが抜けるまで休ませると、店長は判断したようです」


レイチェルを想う気持ちから、シルヴィアはやや伏し目がちになった。


自分より年下だけど、店を引っ張りまとめていたレイチェル。

店長が店を空けがちになってから、レイチェルはいつの間にか精神的な支柱となっていた。


「私、レイチェルにあまえてました。私の方が年上だし、本当は私がもっと前にでなきゃならないのに・・・アンリエール様、レイチェルの復帰は店長の判断に任せて、今はゆっくり体を休ませてほしいと思ってます」


「シルヴィア・・・そうですね。私達もレイチェルには本当に助けられました。気持ちは一緒ですよ。バリオス様にはしばらくレイチェルに付いてくださるよう、お話しもしてあります。安心してください」


「はい、ありがとうございます」


シルヴィアがアンリエールの心配りに感謝の気持ちを言葉にすると、アンリエールも微笑みを返した。


そして食事会が締めくくられた。



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