770 執念
誤字を見つけたの訂正しました。内容に変更はありません。
こめかみを押さえる手が、流れ出る血でべったりと赤く染まる。
ふいを突かれ、まともに矢を受けてしまった。
いかに鋼鉄の体といえども、まったく意識していないところに鉄の矢を受ければ、無傷というわけにはいかない。
ここまでの苦戦は想定していなかった。
標的は裏切り者の女一人、自分一人で制圧できると思っていた。
それでも念を入れて、霧の魔道具を持つミリアムが補佐に付けた。
目的はあくまで裏切り者の抹殺である。勝負ではなく裏切り者を始末する事だ。
逃げられそうになったり、長引くようならミリアムが霧を使い、それでカタをつける手はずだった。
だがここで、予想外の事態が起きる。
突如乱入者が現れた。そのうちの一人にミリアムが封じられ、もう一人の男にはこの最後の最後、裏切り者にとどめの一撃を食らわせる瞬間に、頭を撃たれて土を付けられた。
アルバレスは帝国軍師団長としてのプライドに、大きな傷を付けられた。
「・・・許さん・・・」
静かなつぶやきが口からもれる。
出血も多く、もはや戦闘不能と思える程のダメージにも関わらず、立ち上がったアルバレスの体からは、これまでで最大のプレシャーが放たれた。
「う、うぉっ!なんだコイツ、やべぇ!」
地上のアルバレスからぶつけられた殺気に、リカルドの全身から汗が噴き出した。
体を叩きつけられるような圧力は、とても重症を負った男から発せられるとは思えない。
これまで慎重を期して戦いに臨んだアルバレスだったが、想定以上のダメージを受けた事で、ついに本性を露わにした。
「や、野郎!人の店の前で暴れといて逆切れしてんじゃねぇよ!」
アルバレスの圧力を撥ね返すようにリカルドは大声で叫んだ!
そして素早く矢をつがえ、アルバレスの額を目掛けて射る!
百発百中とも言えるリカルドの弓術は、狙い通り一直線にアルバレスの額を刺し貫くと思われた。
だが・・・
「な、にぃッ!?」
リカルドの放った鉄の矢を、アルバレスは右手で軽々と掴み取った。
「・・・お前、覚悟はできてるんだろうな」
アルバレスは矢を握り潰すと、腰を屈めて右足を一歩後ろに引いた。
視線は屋根の上のリカルドから外さない。
「野郎!あの傷でここまで飛ぶ気か!?」
リカルドは再び矢をつがえて迎撃の体制をとった。
直感で覚った。アルバレスはここまで一蹴りで飛んでくると。
胸から腹にかけての大きな斬り傷、そして両腕と側頭部からの出血も大きい。
満身創痍と言っていい状態にもかかわらず、アルバレスは剥き出しの戦意でリカルドを見据えていた。
「ぐっ、ア、アルバレ、ス・・・」
腹部に負った傷の痛みで気が遠くなりそうになるが、唇を噛みしめて耐える。
ギリギリで風の盾を作り鋼鉄の拳を受けたが、それでも腹を抉られる程の一撃だった。
まともに食らっていたら死んでいただろう。
アルバレスは屋根に立つ緑色の髪の男に標的を変えた。
自分から注意が外れた今、ここでなんとかしなけれ・・・・!?
気力で体を起こし、アルバレスに最後の一撃を食らわせようと薙刀を持つ手に力を入れたその時、黒マントの女の視線の先の霧が動いた。
「はぁ、はぁ、ア、アルバレス様、こ、これ以上は危険です。引きましょう」
リカルドを睨みつけ、今まさにアルバレスが飛ぼうと足に力を入れた瞬間、霧の中から姿を現したのはミリアムだった。
アルバレスを制するように正面に立ち、落ち着かせるようにゆっくりと言葉をかける。
髪は汗で額に張り付き、肩で息をしているその姿は、ミリアムが魔力を限界まで消耗した事を伺わせていた。
「ミリアム・・・その様子だと、あの男を止められなかったようだな」
アルバレスの威圧するような声に、ミリアムはビクリと体を震わせたが、それでも意見を曲げる事なく、説得の言葉を口にする。
「も、申し訳ありません!で、ですが、ここは引くべきです。想定外が多すぎます。最低でも情報は持ち帰らなければなりません!」
「・・・・・」
ミリアムの訴えに、アルバレスはもう一度視線を上げた。
屋根の上ではリカルドが弓矢を構え、アルバレスを見据えている。
時間が気持ちを整理させたのか、その表情には先ほどまでの動揺はない。
そしてもう一人、ここに近づいて来る気配に顔を向けた。
「ここか!」
少し遅れて、ミリアムを追いかけ、霧の中からアラタが姿を現した。
肩や脇腹の裂傷を見ると、風か氷の魔法で攻められたようだが、まともに受けたものは一発も無さそうだった。
「な!?お、おい!その傷・・・」
目の前の黒マントの女を見て、危険な状態だと一目で理解する。
「はぁ・・・ぜぇ・・・わ、私はいい・・・それより、ア、アルバレスを」
青い顔をして、息も絶え絶えの黒マントの女は、かすれるような声を絞り出した。
「い、いや、でも・・・」
腹部から溢れる赤い流動体、それは地面に大きく赤黒い染みを作る程に流れ出ていた。
「いいと言っている!ヤツらを・・・逃がすな!」
「ッ・・・分かった!」
その肩に手をかけようとすると、黒マントの女が血を吐きながらアラタを怒鳴りつけた。
女にとっては自分の命よりも、目の前の帝国軍を倒す方が優先されるのだ。
受け入れたわけではないが、共通の敵を前にして争うべきではないと判断し、アラタはアルバレスに向き直った。
「・・・なっ!?」
視線の先にいる巨躯の男アルバレス、そして今しがたまで戦っていた金髪の黒魔法使いミリアム。
黒マントの女の言う通り、二人を逃がさないように攻撃を仕掛けようとするが、一歩踏み出そうとして直感が足を踏み留めた。
全身を血にまみれさせたアルバレスだが、アラタ達に対して凄まじい殺気を放っている。
満身創痍にしか見えないが、手負いの獣の如く近づけば嚙み殺される。
そう思わせる程の圧力に、アラタは足を止めざるをえなかった。
この局面でアルバレスの頭は冷えていた。
自分とミリアムの状態、そして敵の戦力を分析し考える。
裏切り者は戦闘不能まで追い込んだが、屋根の上の射手は無傷、そして黒髪の男もまだ体力を十分に残している。
対して自分は出血も多量で、もうあまり動けない。
ミリアムも魔力をほとんど使い切っている。
「・・・ミリアム、退くぞ」
「は、はい!」
アルバレスはアラタ達を牽制して睨みを効かせながら、隣に立つミリアムに撤退を告げた。
ミリアムはその言葉を待っていたように、より深い霧を放出させた。
「ぐ・・・ま、待て・・・アル、バレ・・・・・ス」
アルバレスが退く気配を感じ、黒マントの女が声を絞り出す。
「・・・・・いずれ、また会うだろう。お前を生かしておくつもりはない」
そう言葉を残し、アルバレスとミリアムは霧の中に消えて行った。
アラタもリカルドも、追う事はできなかった。
あそこまで追い詰めたのだ。戦闘を続ければおそらく勝てただろう。
だが、アルバレスの得体の知れない圧力に、本能が危険を告げていた。
あの状態でもアルバレスにはまだなにかあると・・・・・
「・・・・・はぁ・・・」
アルバレスとミリアムの気配が消えると、アラタは溜めていた息を吐き出した。
頬を伝う汗は、アラタがそれだけの緊張を感じていたという事だ。
「あ!だ、だいじょう・・・!?」
黒マントの女が重症を負っていた事を思い出し、振り返って声をかけると、女は血を吐いて倒れていた。




