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769 交差する視線

「ぐ・・・うぐぁッ!」


アルバレスは左肩から右脇腹へかけて、斬り裂かれた己の傷を目にして顔を歪ませた。

勢いよく飛び散る真っ赤な血は、決して傷が浅くない事を一目で分からせた。


苦痛はあった。だがそれ以上に屈辱であった。


手に入れた鋼鉄の肉体に自信があった。

だがその自信は、たった今粉々に打ち砕かれてしまった。



「ッ!?」


とっさに反応して、顔の前で腕を盾にして急所を守る。

その直後、薙ぎ払うように振るわれた薙刀の刃が、アルバレスの腕に食い込んだ!


「ぐ!おぉぉぉぉぉぉー--ッ!」


腕を斬り飛ばされる事は防げたが、そのまま体ごと吹き飛ばされてしまう。

背後の樹に背中を強く打ち付けられ、アルバレスは顔を歪めた。



この力はなんだ?さっきまでとはまるで違う!

こいつに俺の体を斬り裂く程の力はなかったはずだ。

やはりあの風か!?


緑色の風は俺も伝え聞いている。

かつて帝国に反逆を起こした男テリー・ファーマー。

その男が皇帝との戦いで使ったというのが、風の精霊の力だったという話しだ。


だが風の精霊は、カエストゥス滅亡とともに存在が希薄になり、今やその力を使える者など残っていないはずだ!


それなのになぜだ!?


頭の整理がつかず、アルバレスは後手に回ってしまう。

不測の事態が起きた時、冷静に状況を見極める事は必要だろう。

慎重さは軍を率いる上で必要な要素である。だが、今回ばかりはその慎重さがアダになった。



「アルバレスー--ッ!」


アルバレスが体を起こしたその時には、すでに黒マントの女は刃の射程内まで距離を詰め、その長物の刃をアルバレスの首に向けて振るっていた。



「くッ!なめるなァァァーーーーーーッツ!」


かがむ、顔を反らす、腕を盾にして防ぐ、いくつかの回避、防御手段を予想していたが、アルバレスの行動はそのどれをも裏切った。


「なにっ!?」


アルバレスは前に踏み込んだ!

胸から腹にかけての深手、そして両腕を斬り裂いた事で、相当なダメージを追わせていた。

もはや鋼鉄の絶対防御は意味をなさない。


そこに首を狙った止めの刃を振るったのに、アルバレスが選んだ一手は守りではなく攻めである。


師団長は伊達ではない。


追い込まれた時に見せる本性、アルバレスのそれは闘志を失わない気概であった。


手を伸ばせば届く距離!

拳の射程内にまで入り込んだアルバレスと、黒マントの女の視線が交差する!





アルバレスの闘争心を見誤ったか、ここでまさか突っ込んでくるとはな。

右手を軸に薙刀はすでに振るっている。ここから戻す事はできない。


アルバレスの握り締めた右拳が、時が圧縮されたかのようにゆっくりと迫って見える。

だが、どんなにゆっくり見えても、この一発は決して避ける事ができない。

そう運命づけられた一撃なのだ。


だがアルバレス、この軌道ではお前も私の一撃を受ける事になるんだぞ?


相打ちでも構わないと言うつもりか?


上等だよ・・・・・受けて立つ!


覚悟を決めた女は、握り締めた長物を思い切り振りぬいた!





このタイミングでは、俺はこいつの一撃を躱す事はできない。

それは確かにその通りだ。だが長物を横に振るった攻撃ゆえに、その威力の最大値は当然刃先だ。

俺の首を斬り飛ばすために、力の全てが刃に集められている事など分かり切った事!

つまり前に出た分、振り幅は当然小さくなり、比例して威力は落ちるのだ!


貴様の刃は確かに俺の肉体を斬り裂いた。

その刃が喉を捕えれば俺の首を飛ばす事もできよう。

だが裏を返せば、刃以外では俺に致命傷を負わせる事はできんという事だ。


得物の腹で俺の頭を殴ったとしても、それでこの俺の命は取れんぞ?


つまり死ぬのは、この鋼鉄の拳で貫かれる貴様一人という事だ!


硬く、そしてキツく握り締められたアルバレスの右拳が、女の腹を目掛けて繰り出された!





左のこめかみに強い衝撃を受けて、長物の腹が打ち付けられたと理解する。

だが受ける覚悟を決めていて、尚且つ俺の全身は鋼鉄だ。

ダメージなどほとんどない!


読み誤ったな?俺に負わせたダメージから、刃ではなく打撃でもいけると思ったのだろうが、見当違いとしか言えんぞ!


最後の詰めの甘さがお前の敗因だ!血の海に沈め!


アルバレスの拳が女の腹にめり込んだ





アルバレス、これで終わりだと本当に思ったのか?


私の腹にアルバレスの拳が触れる。一瞬にも満たない刹那の後、この拳が私の体を貫くだろう。

だが私はここからだ!

極限の精神の集中が、私の時間を濃密に圧縮しコンマ1秒を何倍にも感じさせている。


アルバレス、貴様の鋼鉄の肉体を打撃で崩せるわけがない。

そんな事は分かり切っている。私がそんな事さえ理解していないと思ったか?


私は薙刀の柄を握る左手に力を込めると、腰を右に思い切り捻り、薙刀の柄、石突を振り上げた!


「アァァァァァァーーーーーッツ!」


打撃でアルバレスの鋼鉄の肉体は砕けない。

だがいかに鋼鉄でも、傷が付いていればどうだろう?


そこは脆いんじゃないのか?



「ガハァッ・・・!」


アルバレスの左胸、心臓の位置には薙刀の柄が突き刺さった。


「あ、ぐ・・・ま、まさか、こんな、ところ・・・を」


吐き出される赤い血は、アルバレスのダメージが深刻である事を物語っている。



「ウッ・・・あ、ぐっ・・・!」


女の口からうめき声が漏れる。


黒マントの女の腹部に突き刺さっているのは、アルバレスの鋼鉄の右拳。

背中まで貫き、風穴さえ開けるつもりの一撃だったのだろう。その拳を伝い赤い流動体が滴り落ちている事から、相当な深手、あるいは致命傷である事を察せられた。


「ゴフッ・・・ざ、まあ、みな・・・」


咳き込むと同時に血が吐き出される。

倒れる事はしなかったが、立っている事ができず片膝を着く。

引き抜いた薙刀を杖代わりに支えにして、かろうじて持ちこたえる。



「ぐ・・・はぁ、はぁ・・・や、やって、くれたな・・・だが、その傷では、もう、うごけまい。今のお前に、とどめを刺すくらいの力は・・・残っているぞ」



右手で胸を抑えるが、血は止まる事なく流れ出ている。

足が震えて今にも倒れそうになるが、目の前のこの裏切り者の頭を砕くまでは、倒れるわけにはいかない。

アルバレスは鋼鉄の左の拳を固く握りしめて振り上げた。




くそ・・・不覚だ・・・

あそこで前に出て来るなんて・・・・・

だが、このまま終われない・・・刺し違えてでも、アルバレスだけは・・・


力を振り絞り刃に風を纏わせる。

風が研ぎ澄まされて鋭さを増していく。

これこそが、アルバレスの鋼鉄の肉体を斬り裂いた技の正体だった。


「とどめだァァァァァー--ー-ッツ!」


振り下ろされる鋼鉄の左拳!


「アルバレスー----ッツ!」


突き上げる風の刃!



このままぶつかれば両者共に死は避けられなかっただろう。

だが、突如アルバレスの頭部を何かが撃ちつけ、その衝撃で体を倒されてしまう。


「ぐあッ!」


側頭部から血を流し、地面に叩きつけられたアルバレスは、傍らに突き刺さる矢を目にし、今自分の頭を撃った物の正体を理解する。



「うっへぇ~!気持ち悪ぃ~、なんで刺さらねぇで弾くの?頭おかしいんじゃねぇの?」


緊張感のない面倒くさそうな声が頭上から聞こえる。

見上げたアルバレスの視線の先には、レイジェスの屋根からアルバレスに狙いを付けている、弓矢を携えたリカルドが立っていた。



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