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760 諫め

それは一秒にも満たない刹那の一時だった


だが俺の脳裏には、あの日の出来事が走馬灯のように蘇った。


漫画本の買い取りに訪れたその男は、買い取り金額が気に入らないからと言って、高圧的な態度で迫り出し、最後の最後まで俺を睨み続けていた。

そしてその日の営業終了後、駐車場を歩いている俺に背後から襲いかかり・・・そして殺した。



それがこの男だ。


今、俺の目の前に立っているこの男が、俺を殺したあの男だ。




「・・・おい、てめぇ何ガンくれてんだよ?ぶつかっといて喧嘩売ってんのか?」



見た目通りの野太い声だった。男は俺を見下ろしながら、眉間にシワを寄せて睨みつける。

そしてやはりこの声にも聞き覚えがあった。


あの男で間違いない。そう確信した瞬間、俺は右の拳を握り締め、男の顔を目掛けて殴りかかろうとした。


「待て」


だが、俺が拳を振ろうとしたその時、シャクールが後ろから俺の左肩を掴んで止めた。


「アラタ、貴様は引っ込んでいろ」

「な!?お、おい!」


シャクールは俺の話しなど聞こうともせず、そのまま押しのけるように俺を後ろに下がらせ、自分が前に進み出た。


「あぁ~!?今度はなんだよ!?俺になんか文句あんのか!?」


男は苛立ちをあらわにする。

レストランの前で人も多かったため、もめ事かと注目が集まり始めた。


「いや、文句だなんてとんでもない話しだ。私の連れが失礼をした。あなたともめるつもりはないんだ。これで許してくれないだろうか?」


そう言ってバルデスは懐から革袋を取り出し、男に握らせた。


「・・・・・へぇ~、お前は話しが早いじゃねぇか?ああ、いいぜ。これでチャラにしてやらぁ」


革袋の中を見るなり、男はニタリと笑って見せる。

分かりやすい反応に、中身が金だという事はすぐに察しがついた。


「お、おい!シャクール、おまえ・・・」

「アラタさん、黙っててください」


なんでそんなヤツに金を渡すんだ!そう声を上げようとした時、サリーさんが俺の耳元で、背筋が凍るような冷たい声を発した。


「サ、サリーさん・・・?」


「シャクール様がなぜ下手に出ているか分からないのですか?今はシャクール様にまかせて、黙っていてください」


俺に向ける視線には、有無を言わせぬ迫力があった。


「っ・・・・・」


この男は自分だけじゃなく、弥生も村戸修一も殺したと思われる。

恩人達の仇を前にして、アラタは今すぐにでも殴り飛ばしてやりたい衝動にかられたが、隣に立つサリー、そしてその男と向き合うシャクールに制され、アラタは拳を下ろした。




「では、私達はこれで・・・」


話しがついて、シャクールが下がろうとしたその時、男の後ろからの声がかかった。


「あー、いたいた!デービスさ~ん、一人で先に行かないでくださいよぉ~」


「あぁ?カシレロ、お前がモタモタしてっからだろ?」


黒いハーフ丈のパンツに、葉や花のカラフルなイラストが描かれた半袖シャツを着た男だった。

首からは金の太いチェーンを下げている。年齢は30前後くらいに見える。

身長は170cm無いくらいだろう。短い金色の髪を上に立て、軽薄そうにヘラヘラと笑っている。


「そうキツイ事言わないでくださいよって、あれ?お取込み中でした?」


デービスの前に立っているシャクール。そしてその後ろで、なにやら緊張した面持ちのアラタ達三人を見て、カシレロはデービスに目を向けた。


「あ~、ちょっとな。別にもう終わったからいいぜ。それより臨時収入が入ったんだ。お前にも奢ってやるよ」


「え、マジすか!?あーざーッス!でもこの行列並ぶのは嫌ッスねぇー、どうします?」


「あ~、まぁここじゃなくてもいいんじゃねぇの?ロンズデールの魚なら何回も食ってるからな。外の酒場にでも行こうぜ」


「いいッスねぇ~、んじゃ行きましょうか」


デービスとカシレロは、もうシャクールもアラタも眼中に無く、バルデスからもらった革袋を手のひらで弾ませながら、店の出口に向かって歩き去って行った。





デービスとカシレロの姿が見えなくなると、シャクールは振り返って、アラタの目を真っすぐに見つめた。


「・・・シャクール、なんであの野郎に金なんて渡したんだ!?アイツはな・・・アイツは!」


アラタが掴みかからんばかりに詰め寄ると、シャクールは眉一つ動かさずにアラタの頬を張った。



「・・・・・え?」


渇いた音が響く。

まさか頬を打たれるなど思いもしなかったアラタは、一瞬何が起きたのか理解できず、呆けたように目を丸くしてシャクールを見る。


「・・・少しは落ち着いたか?いいか、よく聞け。あの男の戦闘力も見抜けん程に頭に血が上っていたようだが、ここでお前とあの男が戦闘になったらどうなったと思う?・・・周りをよく見ろ」


シャクールに顎で促され、アラタは周囲を見回してやっと分かった。



「あ・・・そ、そうか」


俺はなんて事をしようとしていたんだ。

ここには大勢の人が集まっていて、家族連れ、子供も赤ん坊もいる。

俺が力を振るえば、そのつもりがなくても巻き込んでしまっていただろう。


だからシャクールは、金を渡してまであの男との戦闘を避けたんだ。



「分かったようだな?・・・我を忘れる程の何かが、あの男との間にあったのは分かる。だが、あの男も相当な力を持っているのは感じ取れた。ここで戦っていたら、どれだけの血が流れたか分からん。アラタ、お前の力は平和のために使うものだろう?」


「・・・・・ごめん。周りが全く見えなくなっていた。俺、もう少しで取り返しのつかない事を・・・」


シャクールに諭されて分かった。

あのまま感情にまかせて、力を振るっていたらと思うとゾッとする。


「うむ、分かればいいんだ。過ちは繰り返さなければそれでいい。この話しはこれで終わりだ。では行くぞ」


アラタの反省を見て取ったシャクールは、それだけを口にすると、付いて来いと言うようにスタスタと歩き出した。


「え?あ、おい、どこに行くんだよ?」


「アラタさん、シャクール様が行ってしまいますよ?さぁ、行きましょう。大丈夫です。シャクール様が行くのでしたら、付いて行けばいいだけなのです」


さっきまでの冷たさが嘘のように消えて、サリーは普段と変わらない、淑やかで丁寧な言葉で声をかけて来た。


「・・・サリーさん、すみません、俺・・・」


「お気になさらないでください。シャクール様のお考えをご理解いただけたのですから、私が咎める理由はありません。カチュアさんももう大丈夫ですから、安心してくださいね」


サリーはまだ困惑気味のカチュアに、優しく笑いかけた。

心配する事は何もないと、人を安心させる笑顔だった。


「あ、は、はい。アラタ君・・・」


カチュアは隣に立つアラタの手をぎゅっと握った。


「カチュア・・・」


「アラタ君、あの人と何があったのかは分からないけど、私はアラタ君を信じてるからね」


せっかくのデートを台無しにする行動をしてしまったのに、カチュアは一言の文句も口にせず、それどころかアラタを気遣ってくれる。そんなカチュアの優しさに、アラタは感謝で胸がいっぱいになった。


「・・・うん、ありがとう」



「ふふ・・・お二人は本当に仲がよろしいですね。さぁ、では行きましょう。シャクール様を見失ってしまいます」


信頼し合っている二人を見て、サリーは微笑みを湛えながら言葉をかけた。


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