755 あの日の夜風
「・・・・・思えばいろいろあったものだな」
どのくらいそうしていただろうか。
店の裏の樹に背を預け、しばらく目を瞑っていた。
ずいぶん長い間、大陸を彷徨い歩いた。
復讐を糧にただ己を鍛え続けた日々もあった。一歩間違えれば、俺は闇に呑まれ人の心も失っていただだろう。
けれどレイラが、スージーが、ミーナが、ジョセフが・・・・・
俺を支えてくれたみんなのおかげで、今こうしてもう一度人の世界で生きる事が出来ている。
そしてレイジェス・・・・・
もう一度店を出す事になるとは考えもしなかった。
アンリエール様がきっかけをくれたおかげだ。
ジョセフの子孫やアンリエール様からの依頼で、たまに仕事はしていたから、いつの間にか金だけは貯まっていた。
アンリエール様は城から補助を出すと言ってくれたが断った。
どうせ使う予定もない金だ。
ここで使わなかったらいつ使うか分からない。
それにレイジェスをもう一度始めるのなら、全て自分の力でやりたかった。
・・・ふいに夜の風が頬を撫でる。
日中は暖かくなってきたが、夜はまだまだ風が冷たく寒い。
夜風に吹かれると、あの日を思い出す。
師匠がベン・フィングと試合をした日、俺はベン・フィングの死を願う程に心を憎しみで染めていた。
自分の中の黒い感情に気付き、俺が一人孤児院の外で頭を冷やしていると、メアリーがいつの間にか隣に座っていたんだ。
メアリーは、辛い時、悲しい時はいつでも傍にいてくれると言った。
そんなメアリーが愛しくて、俺は思わずメアリーを抱きしめた。
あの日の夜風はとても優しかった。
「・・・・・メアリー、きっとキミは今も傍にいてくれるんだろ」
俺が一人で寂しがらないようにって
メアリー、ティナ・・・
大丈夫、安心してくれ・・・俺はまだ立ち上がれる
これは俺の戦いだ
俺は一人で帝国と戦うつもりだった
だけど出会ってしまった
今のレイジェスには、共に戦ってくれる仲間がいる
俺が何も言わなくても、協会と戦い、偽国王と戦い、そしてロンズデールにまで行って戦ってきた
きっとあいつらは、当たり前のように帝国と戦う道を選ぶだろう
だったら共に戦った方がいい
俺はあいつらと会うために、200年を彷徨い、そしてここへたどり着いたのかもしれない
「時が・・・来たのかもしれないな」
ゆっくりと腰を上げたその時、突然俺の目の前の空間が、渦を巻くように歪みだした。
それは徐々に大きさ増していくと、目の前の獲物を食べようと大きく口を開けた。
底の見えない暗く黒い闇。
それは今の世の人間がトバリと呼ぶ怪物であり、俺にとっては因縁の黒渦。
長く外にいたため、見つかったしまったようだ。
黒渦に襲われる事を、食われる、と表現する人が多いが、俺は呑み込むという表現の方が合うと思う。
何もない暗闇の一部がグニャリと歪み、そしてそれは渦巻きながら広がって、獲物を丸呑みしようと襲ってくるのだ。
「まぁ、どっちでもいいがな」
右手に光の魔力を込めて黒渦に向けると、黒渦が反応して動きを止める。
俺の光魔法を警戒したのだろう。
何度も検証を重ねたから、すでに分かり切った事ではあるが、やはり黒渦は意思を持っている。
「もう遅い」
光の魔力をそのまま撃ち放つ。
至近距離で光に貫かれた黒渦は、まるで霧が散らされるかのように、闇に溶けて消えていった。
このように俺はずっと闇と戦ってきた。
だが、闇がある限り黒渦は無限。
分身体の小物をいくら潰そうが、本体を消さない限りなんの意味もないのだ。
しかし、カエストゥスで王子の姿をした黒渦を倒した時は、確かにカエストゥスの闇はずいぶん薄くなった。そこで俺は一つの仮説を立てた。
意思のある闇魔法黒渦。
意思があるという事は、力を大きく分けた分身体もいるのではないか?という事だ。
あのカエストゥスの闇の他にも。
そして闇の力を取り込んだ帝国は、その分身体を増やし、今も勢力を拡大しているのではないかと。
ロンズデールの一戦から、帝国が沈黙を守っているのは、そういう事なのだろう。
今度こそ確実に勝つために。
ロンズデールとクインズベリーの二国を相手にしても、勝ち切るために今は力を付けているんだ。
「戦う時は確実に近づいている・・・だが・・・」
あいつらが今帝国と戦っても、勝ち目は薄い。
着実に力を付けてきているが、もう少し時間が必要だ。
帝国が力を付けているように、俺達も力を付けなければならない。
「・・・明日からはもう少し厳しくしごいてやるか」
特にアラタ、新婚生活が始まったところで悪いが、お前の光が要なんだ。
他のみんなよりキツクいくが、恨まないでくれよ。
「それでもお前なら・・・」
何度俺に転ばされても、諦めずに立ち上がって向かってくる。
少しでも強くなろうとする純粋な目だった。
「・・・・・そろそろ、寝るか・・・」
色々考えすぎた・・・
明日は一度城に戻らなくてはならない。
もう体を休ませよう。
静寂の暗闇の中、店に戻ろうと足を進ませると、ふと誰かに名前を呼ばれた気がして振り返った
夜の世界には当然誰もいない
けれど俺は知っている
「・・・おやすみ」
誰もいない空間に声をかける
当然言葉は返ってこない
けれど言葉の代わりに、夜の風が優しく頬を撫でてくれた
あの日のように




