【750 時の牢獄 ⑮ 暗転】
「フッ・・・今度こそ終わったな」
目の前に広がる赤々と燃え盛る業火は、終わりが見える事なく地の果てまでも続いているようだった。
そして空を埋め尽くす程に高く昇る黒い煙は、射し込み始めていた陽の光を遮り、暗く閉ざしてしまった。
いかなる生命の存在も許す事なく蹂躙する光景に、皇帝は満足したように口元を緩めた。
「余に光源爆裂弾を使わせた事を誇って逝くがい・・・・・!?」
勝利を確信した皇帝の目が驚愕に開かれた。
それはあってはならない、あるはずのない事だった。
荒ぶる炎を切り裂いて飛び出してきた二つの影。
それは青い光と緑の風を身に纏った、テリーとアンナだった。
「馬鹿な!余の光源爆裂弾をそんな結界と風だけで防いだと言うのか!?ありえん!ありえんぞぉぉぉぉぉー----ッツ!」
皇帝は動揺は激しかった。
絶対の自信を持つ最大最強の魔法、光源爆裂弾。その一発で街一つを破壊できる程の威力がある。
直撃を受けて生きていられるはずがないのだ。
「兄さん!今しかないわ!」
「分かってる!ここで全て出し切る!」
皇帝の動揺を見抜いたテリーとアンナは勝負に出た。
まともに戦って勝てる相手でない事は分かっていた。
兄妹が勝利するためには、勝利できる条件を揃えなければならない。
一つ、皇帝を孤立させる事。
一つ、皇帝の光源爆裂弾に耐えうる手段を見つける事。
そう、テリーの初撃と風の刃で倒せなかった時点で、いつかは撃ってくるだろう思っていた。
いかに追い詰めたとしても、皇帝の魔力ならば一発で状況をひっくり返す事ができる。
光源爆裂弾を撃たれたら、それでお終いなのだ。
テリーとアンナは備えなければならなかった。
どうやってあの凶悪な一発を防ぐかを。
そして可能性を見つける事ができた。
「兄さん!あとは全て託すわ!風の精霊よ!兄さんに力を!」
アンナは前を行くテリーの背中に手を向けると、自分の持つ全ての力をテリーに飛ばした。
緑の風がテリーを包み込み、精霊がその力を一身に注ぎ込む。
「・・・はぁ、はぁ・・・兄さん・・・お願い・・・みんなの、仇を・・・」
魔力を全て使い果たし、精霊の力さえもテリーに託したアンナは、その場に倒れ込んだ。
もう一歩も歩けない。あとは血を分けた兄の勝利を信じるのみ。
大地に指を突き立て、土を握り締める。皇帝の光源爆裂弾を止めるために、アンナは全てを振り絞った、
最高峰の結界、天衣結界をもってしても皇帝の光源爆裂弾は防ぎ切れない。
結界の重ね掛けはできるが、一人では限界がある。
そこでアンナが目を付けたのは、天衣結界以上の強度を誇る魔道具、大障壁だった。
これはかつてカエストゥスの魔法兵団団長、ロビン・ファーマーが使った魔道具である。
そう、テリーとアンナにとっては祖父にあたる人物だった。
本来、大勢を災害から護ったり、城の防衛に使われる規模の魔道具である。
そのため個人での使い手は非常に少なかった。
だが、アンナの求めるものは光源爆裂弾を防げるだけの強度である。
それは大障壁をおいて他になかった。
「兄さん・・・」
着弾の瞬間に兄妹がして見せたのは、これまで何度も練習を繰り返した光源爆裂弾への防御だった。
これはアンナの負担が非常に大きかった。
まずアンナはテリーに持たせた銀のプレート、大障壁を発動させた。
結界の範囲が大きすぎても魔力を消耗するだけなので、アンナは自分達を中心に数メートルの範囲を対象になるよう改良を加えていた。
皇帝の魔力開放を浴びたテリーがまったくの無傷だった理由は、この大障壁の防御があったからこそである。
さらにアンナは、魔力の続く限り天衣結界を重ね掛けし、強度を積み重ねていった。
そしてテリーは風の精霊の力を使い、結界内に風のシールドを張り巡らせた。
着弾の瞬間の衝撃や軽減、体制を崩さないようにするのが狙いである。
この一発を防ぎ切る事が、アンナの最大の役目だった。
これを凌げば皇帝に隙ができる。勝機を掴めるのはここしかない!
その思いで準備をして、ここに全てを懸けたアンナの結界が、皇帝の光源爆裂弾を防ぎ切った。
「アンナ・・・」
自分に全てを託した妹の願いを背中に感じ、テリーは小さく呟いた。
見ていろ!お前が作ってくれたこのチャンス!
このたった一度のチャンス、絶対にものにしてみせる!
脇に構えた薙刀を突き出し、全身に風を纏ってテリーは飛んだ!
それは特攻だった。
テリーはこの一撃に全てを懸けていた。
皇帝に勝ちうる最後の条件、それは光源爆裂弾を防いだ後のこの一瞬だった。
皇帝が絶対の自信を持つ光源爆裂弾、防がれるなど夢にも思わないだろう。
だからこそ、それを凌いだ時に最大の隙が生まれる。
風が力強さを増していく。
テリーの持つ風の精霊、そしてアンナから託された風の精霊の力が合わさる。
薙刀の刃が緑色の風を纏い、大きく、そして鋭い風の刃となって形を作っていく。
自分自身を巨大な風の弾に変えての突撃。
これこそがテリー最大の必殺技だった。
「ウオォォォォォォーーーーーッ!」
決死の突撃!
相打ちさえ辞さないテリーの気迫に、皇帝は恐怖した。
ば、馬鹿な!
余の光源爆裂弾だぞ!それを一体どうやって防いだというのだ!?
そしてなんだこの力は!?こ、これほどの力を隠し持っていたというのか!?
ま、まずい!これをくらうのはまずい!しかしもう回避が間に合わ・・・・・!
「ぐ、ぬおぉぉぉぉぉーーーーーっ!」
眼前に迫る避けようのない死。
光源爆裂弾を防がれた事、そして風の防御など何の意味もなさない圧倒的な力での特攻。
これらは皇帝に大きな衝撃を与え、皇帝から回避と防御の時間を奪った。
「・・・・・え?」
今まさに皇帝を討った、そう確信した瞬間だった。
皇帝さえも己の死を感じた瞬間だった。
だが、あと一歩、もう一歩踏み込めば、その風の刃は皇帝を突き刺すというところで、テリーは足を止めた。
止めざるをえなかった。
「皇帝ぇ、危なかったっスねぇ」
突如現れた、短い金色の髪を立てた浅黒い肌の小柄な男は、テリーの薙刀の刃の前に、赤ん坊を差し向けていた。
「テリー、ギリギリじゃねぇかぁ?よく止めたなぁ?自分が死ぬ覚悟はできていても、さすがにこの赤ん坊は殺せなかったか?」
舌を出し軽薄に笑うその男は、薄い肌着一枚だけの赤ん坊の襟首を掴み、挑発するようにプラプラと左右に振って見せる。
「カ、カシレロ!貴様ァァァー--ッツ!」
「俺が何も知らないと思ったか?お前の唯一の弱点だ。どうする?今なら俺もろとも皇帝を刺せるぞ?ただしこのガキも、テメェのガキも一緒に死ぬ事になるけどなぁぁぁぁぁぁ!?」
激高のテリーを前に、その男カシレロは空に向かって高らかに笑った。




