【735 あなたの心を ⑧】
「やっと来たか、バリオスさん・・・よ?」
人質を取っているからか、余裕の態度を見せていたケインだったが、俺の異変に気付いてすぐに顔が強張った。
俺の全身からあふれ出ている魔力が、ドス黒く染まっている。
一歩一歩足を進めるごとに、踏みしめた草花が枯れ落ちて、後に続くのは死の土と化していた。
これは間違いなく闇だった。
皮肉な話しだ。闇に呑まれた王子を救うために、光魔法の研究をしていた俺が闇に呑まれるなんて。
だが、このクズ共を前にして、俺は自分を抑える事ができなかった。
大切な人を、もう二度と傷つけさせないために。
「やってくれたな」
発した言葉にさえ、こいつらでは耐えられないほどの重圧がかかったのだろう。
ダニエル、ケイン、取り巻き連中は、腰が砕けたようにその場に崩れ落ち、両手を地面に付いて必死に呼吸をしようともがいている。
地べたに這いつくばるダニエル達の前に立ち、俺は右手の平を向けた。
「ま、まっで、ぐれっ!・・・お、おれだぢが、わ、わるがっだぁ・・・」
殺されると感じ取ったのだろう。
ケインが喉の奥底から振り絞るようにして、かすれた声を吐き出した。
あのヘラヘラとしたケインから、こんな必死な声が出るとは思わなかった。
このプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、なんとか顔を上げて俺に命乞いをする。
その目には本物の恐怖が宿っていた。
今、俺はどんな顔をしてるのだろう?
ケインの俺を見る目は、とても同じ人間に向けるものとは思えない。
いや・・・どうでもいいな。
こいつらはどうせここで死ぬし、俺はすでに人間と言っていいか分からない存在だ。
自分がどうなろうと、もうどうでもいい・・・・・
「バリオスさん!だめです!」
ケインの頭を粉々に吹き飛ばしてやろうとした時、レイラが立ち上がり、ぶつかるようにして俺にその体を預けてきた。
「・・・レイラ・・・なんで止める?」
「だめです!バリオスさん・・・よく分からないけど、その力はだめです!夜の闇と・・・あの闇の化け物と同じ力を感じます・・・その力を使えば・・・もう戻ってこれない気がします」
「俺は・・・」
カエストゥスが帝国に敗れ、王子が闇に呑まれてから、大陸に異変が起きていた。
それは夜に現れる化け物だった。
陽が暮れて夜の帳が下りた時、何人も外に出てはならない。
これはもはや大陸中の常識となっていた。
誰もが一度は目にしただろう。
夜、外に出てしまったために、闇の渦にむさぼり食われる人の姿を。
あれは王子の闇魔法、黒渦と考えて間違いない。
あの数百億とも言われたバッタを喰らった闇魔法黒渦、あれが夜の化け物の正体だ。
「バリオスさん・・・お願いします、どうか戻ってください。私を慰めてくれた優しいバリオスさんに・・・・・」
顔を上げたレイラは、大粒の涙をこぼしながら、俺の目をじっと見つめた。
その瞳を見つめていると、俺の中の怒りや憎しみが急速に薄れ、周囲を圧迫していた闇が消え去っていく。
俺は、誰のために怒っている?レイラが止めてと言っているんだ。もういいだろう・・・・・
レイラの手首を縛る縄紐を切って、レイラを抱きしめた。
「・・・ごめん。もう大丈夫だ・・・怖い思いをさせてすまない」
「・・・バリオスさん・・・私は大丈夫ですよ・・・・・」
レイラはにっこりと笑って、俺の背中に手をまわした。
この時、俺とレイラは心が通じ合ったと思う
この先どうなるかは分からない
けれど、今俺達はお互いを必要としている
それならば二人で生きてもいいだろう
そう思った
そして俺は自分の考えの甘さを、200年経った今でも後悔している
こいつらはやはり始末しておくべきだったんだ
一瞬でもダニエル達から注意が逸れた自分を、今も許す事ができない
レイラを助けられた事に安堵して抱きしめた。
その一瞬に生まれた隙が、二度も俺から大切な人を奪った。
「あぁぁぁぁー--ッツ!レレレレイラァァァー--!ままままた俺を選ばないんなら殺してやるアァァァー-ーッツ!」
目を血走らせたダニエルが、隠し持っていたナイフで背後からレイラを刺し貫いた
奇声を上げながら、ダニエルがナイフをねじ込むように更に深く突き刺すと、レイラは大きく目を見開いて、口から血を吐きそのまま崩れ落ちた。
「せせせせっかく始末したのにぃぃぃ!じゃ、邪魔な男と、こ、子供がいなくなったんだから、今度こそ俺を選ぶべきだろう!ななななんでこんな男を選ぶんだよッ!こ、この尻軽女が!ぶぶぶぶっ殺してやる!」
ダニエルが何かわめいているが、言葉が耳に入っても、頭には入っていかなかった。
レイラの血で赤く染まった両手を見て、俺の中の何かが切れた。
そこから先の記憶はところどころ抜けている
覚えているのは、一面焼け野原になった山
まるで人のような形をした、大きくて真っ黒な炭が五つ
そして俺の腕の中で冷たくなっていくレイラ
レイラの傷は致命傷で、未熟な俺のヒールでは治す事ができなかった。
ジャニスなら・・・俺にジャニスと同じヒールが使えたなら・・・・・
俺にできる事は、ただレイラの死を見届ける事だけだった
この時程自分の無力さを呪った事は無い
最後にレイラが俺にかけてくれた言葉は、今もハッキリ覚えている
バリオスさん、泣かないで・・・ください。私はあなたといれて・・・幸せでした
・・・う・・・ぐぅぅ・・・
夫と子供を亡くして、暗闇の中を彷徨うように生きていた私に・・・
あなたは・・・生きる事の楽しさを・・・安らぎをくれたんです
・・・レ、レイラ・・・い、一緒に行こう・・・どこか静かなところで二人で・・・・・
ありがとう・・・・・
・・・レ、レイラ!お、おい・・・レイラ!
私の死が・・・あなたの重荷に・・・ならないように・・・
あなたの心が・・・・・どうか・・・穏やかでありますように・・・
一緒に行けなくて・・・ごめんない・・・
あなたの幸せを願ってます・・・・・
さようなら・・・・・私が愛したもう一人のあなた・・・・・ウィッカーさん
・・・・・・・お、おい!・・・レ、レイラ・・・め、目を開けてくれ・・・・・
あ・・・ああ・・・・・うあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーッ!
そして俺はレイラを失った




