719 ケイトの誕生日
12月29日
レイジェスのメンバーは、ジェロムのパスタ屋に集まっていた。
時刻は16時30分を回ったところである。
この時期のこの時間は真っ暗になってしまうため、店の営業をいつもより30分早く終わらせて、陽のあるうちに移動をしたのだった。
「ユーリお姉ちゃん、私ね、ここのお店来てみたかったの!パパとママも今日はパスタ屋さんでお泊りって話したら、どんなお料理を食べたか教えてねって言ってたんだよ」
「うん、アタシも実は初めてなんだ。カチュアやケイトは美味しかったと言ってた。エル、楽しみだね。お土産も買って帰ろうね」
貸し切りの店内では、四人掛けのテーブルに三つ合わせて、それぞれが席に座っていた。
テーブルは、4つのイスでぐるりと囲むタイプではなく、窓際のソファに二人、向かい合う形でイスに二人が腰をかける形に作られている。
ユーリの隣のソファ席には、エル・ラムナリンが初めて見る店内を見回しながら、目をキラキラさせて期待を込めた声で話しをしていた
「エルちゃんはこういうお店に来た事ないのかしら?」
向かいの席に座るシルヴィアが微笑みながら話しかける。
「あ、はい。うちは特別な日以外は、あまり外食しないんです。パパがママの作るご飯が一番美味しいって言うので」
「あら、エルちゃんのご両親はとっても仲が良くて素敵ね。そう思わない?ジャレット」
となりに座るジャレットに、青い瞳をチラリと向けると、ジャレットも笑顔でエルに声をかけた。
「おう、本当に仲が良くていいな。エッちゃんが今日泊まるのも、快く許してくれたんだろ?」
「はい。ユーリお姉ちゃんがうちに来て話してくれて、それでパパもママも、レイジェスの人達が一緒ならいいよって言ってくれたんです。お友達の家に泊まった事はあるけど、酒場宿に泊まるのは初めてなので、なんだかドキドキします」
「ん?う~ん、酒場宿?・・・シーちゃん、そういやこういう店も酒場宿って言うのか?クリスのとこみたいな居酒屋と宿がセットになってんのが酒場宿だろ?」
「そうねぇ・・・言われてみると、私も気にした事はなかったわ。確かにここは酒場ではないわ、で、も宿泊できるでしょ?世間ではこういうお店も全部まとめて、酒場宿って言われてるのよね。しかたないんじゃないかしら?他に呼び方がないでしょ?」
「そうか?まぁ、そういうもんかもしれないが、働いてる人間からすればどうなんだろうな?って言っても今は料理にかかりっきりだし、聞けないな」
椅子を引いて少し背を仰け反らしながら、厨房の方に顔を向けると、ジェロムとジェロムの父親、そしてミレーユが忙しそうに動いているのが見える。ジェロムの父親は体調が完全ではないと聞いていたが、12人分の料理なので、今日は手伝いをしているようだ。
「ジャレットさん、お行儀悪いですよ。それに、転んだら危ないので、その座り方はだめです」
「え!?あ、おう」
突然エルに姿勢を注意され、ジャレットは慌てて座り直した。
「あらジャレット、8歳の女の子に注意されるなんて、責任者としてダメなんじゃない?」
「お、おう」
「うふふ、エルちゃんはしっかりしてるのね。きっとご両親の育て方がいいのね」
「はい!パパとママは、お食事中にふざけると怖いんです。だから、ちゃんと座らないと駄目なんです」
やや力を込めて姿勢と行儀について話すエルに、ジャレットは少しバツが悪そうに頭を掻いた。
「それにしても、本当によく決心したよな?決め手はなんだよ?」
ミゼルがテーブルに頬杖を突いて、向かいに座るジーンに目を向ける。
ジーンとケイトはいずれくっつくだろうと思っていたが、まだ数年は今のままだと思っていた。
予想よりもずいぶん早いジーンの行動に、ミゼルはその心中が気になっていた。
「そうだね、ずっと考えてはいたんだけど、アラタとカチュアを近くで見てたからかな。僕も考えすぎないで、気持ちを素直に伝えようと思ったんだ」
ジーンはその青い目でミゼルを見返すと、ケイトに対する気持ちを言葉に出した。
「あはは、ジーン照れてる?アタシはジーンが素直になってくれて、すっごい嬉しいけどね!」
ジーンの隣のソファに座るケイトが、ジーンの腕にぎゅっと捕まる。
「ケ、ケイトこんなところで・・・」
みんなの前でくっつかれて顔が赤くなるが、幸せそうな笑みを浮かべるケイトを見て、ジーンはケイトの髪を撫でた。
「うへぇ~、ジーンとケイトもイチャつくのかよぉ~。兄ちゃんとカチュアだけで十分だっての。ジャレットとシルヴィアを見習えよ。あの二人は時と場所をわきまえてんぞ」
ケイトの正面に座るリカルドが、顔をしかめて露骨に嫌そうな顔をして見せる。
「・・・リカルドって、たまにすごくまともな事言うよね?」
「おい!俺がいつもはまともじゃねぇってのか!?」
ジーンが少し目を開いて、感心したようにリカルドを見つめると、リカルドが身を乗り出して抗議した。
「まぁまぁ、そのくらいにしとけよ。なんにしても今日はめでたい日じゃねぇか」
ミゼルになだめられ、リカルドは渋々と腰を下ろした。
「チッ、しかたねぇな。まぁよ、俺も祝う気持ちはあんだぜ?ただ、イチャイチャ枠は兄ちゃんとカチュアだけで十分だって言いてぇわけよ。甘党のユーリが虫歯を気にするくらいなんだぜ?もう一組増えたら、歯が溶けちまうよ」
「あははは、分かった分かった。ごめんごめん。リカルドの前では気を付けるよ」
ケイトが両手を合わせて笑顔で謝ると、リカルドは、しゃあねぇなぁ~、と溜息まじりに呟いた。
「ここは初めて来たな。上品で落ち着きのある良い店だ」
バリオスが店内に目を向けながら、誰に言うでもなく口を開いた。
「はい。前に私とアラタ君と、ジーンとケイトの四人で来たんです。あの時も落ち着いた雰囲気でしたけど、あれからインテリアを変えたみたいですね。なんだか前より優しい感じになってます」
バリオスの言葉に、カチュアが反応して答えた。
アラタ達が来た時と比べて、店内の色合いが明るくなっている。内装は温かみのある明るい茶色をベースにして、観葉植物の緑や、カーテンの白が優しい空間を演出している。
「そうだよね。俺も同じ事思った。お客さん増えたのも、この内装が大きいんじゃないかな?女の人って、こういうオシャレなとこ好きでしょ?」
カチュアの言葉にアラタが同調すると、レイチェルも頷いた。
「そうだな。私は以前の内装は知らないが、こういう雰囲気が好きな女性は多いと思うぞ。そう言えば、新しく女性のホール係が増えたと言ってたな?その人のアイディアじゃないのか?」
「あ、そうかもしれないね。あのね、ジェロムさんの幼馴染って言ってたよ。ちょっと良い雰囲気だったかも」
予約に来た時の、気兼ねない話し方や距離感に、カチュアはジェロムと女性店員ミレーユが友達以上の関係ではないかと思っていた。
「そうか。それなら意見も言いやすいだろうな。実際、こうして店に反映されてるんだ。信頼されてるって事だろう」
レイチェルが話しをまとめると、アラタがバリオスに話しかけた。
「店長も時間が付いて良かったです。城の方はもう落ち着いたんですか?」
「ジーンとケイトの記念日だからな。誕生日であると同時に、婚約パーティーだろ?そりゃあ出るさ。事情は知ってたが、やっとジーンが決心してくれて安心したよ。城も落ち着いてきてるし心配するな。補修も毎日確実に進んでいる」
「それなら良かったです。泊り込みだって聞いてますけど、無理しないでくださいね」
「アンリエール様が俺を城に置いておきたがるからな。それに今は緊張状態だししかたないさ」
「・・・店長、同盟の話しはどうなってますか?」
レイチェルに問われ、バリオスは腕を組んだ。
少し考えるような間を置いて答える。
「・・・同盟は問題なく結ばれるだろう。すでに何度かロンズデールと写しの鏡で連絡を取っている。
時期を見て、ロンズデールからクインズベリーに使者が来る予定だ」
「そうですか。それなら良かったです」
「・・・一つ気がかりなのは、あれ以来帝国からの接触が無い事だ。何を考えているのか分からない・・・・・いっそ、脅しでもかけてくれた方がやりやすいのだがな。まぁ、こっちが対策を立てる時間ができて良いと思っておこう」
「そうですね・・・私達はできる事をするしかありませんから」
レイチェルが同意して頷いたところで、厨房からジェロムとミレーユがワゴンに料理を乗せて現れた。
「今日はご予約いただきましてありがとうございます。店主のジェロム・ブラントです」
茶色のキャップを取って、ジェロムが一礼をすると、隣に立つミレーユも挨拶をして料理をテーブルに並べ始めた。
簡単に料理の説明も終えると、ジェロムはそれまでの従業員としての話し方から、気心の知れた友人のように肩の力を抜いてニコリと笑った。
「・・・あの時の約束通り、最高の料理を作った。レイジェスのみんなに食べてもらえて嬉しく思ってる。そして、今日はケイトの誕生日だって聞いたよ。おめでとう。楽しい時間を過ごしてくれ」
ジェロムの言葉に合わせるように、全員がケイトに顔を向けると、沢山の祝福の言葉がかけられた。
誕生日のお祝いとジーンとの婚約のお祝い、ケイトにとって忘れられない一日になった。
「みんな、ありがとう!アタシ、すごい幸せだよ!」
涙ぐむケイトの肩を抱き寄せ、ジーンも優しく微笑んだ。




