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707 アンリエールの褒美 ③

「爵位、ですか?・・・意外ですね。ビリージョー、あなたは王宮の料理人を辞めてから、ナック村でのんびり過ごすと話していたではないですか?何かあったのですか?」


アンリエールの知っているビリージョー・ホワイトは、地位や名誉にこだわらない男だった。

父親の代から王宮に仕え、その料理の腕前は高く評価されていただけに、王宮を去る時にはずいぶん惜しまれたものだった。

ナック村に店を構えてからは、アンリエールもお忍びで何度も通ったほどである。


やはり城に戻って来ないかと誘っても、残りの人生はナック村で気ままにのんびり過ごしたいと言っていたビリージョーが、なぜ突然爵位を求めたのか?アンリエールには見当もつかなかった。


「はい・・・その、実は・・・将来を真剣に考えようと思いまして・・・それには今の身分では釣り合わないのです」


照れ隠しなのか、少し周りくどい言い方だったが、アンリエールはすぐに察しが付き、両手を口に当てた。


「あら!あらあら、まぁ・・・ビリージョー、良い人に出会ったのですね?しかも貴族なのですね?確かにそれでは爵位は欲しいですわよね。ちなみに、どちらのお嬢様ですか?」


目を輝かせるところを見ると、アンリエールもこういう話しは好きな事が分かる。

両脇に立つ、リーザとローザのアコスタ姉妹も、じっとビリージョーを見つめ、興味がありありと顔に出ている。


「はい、ロンズデール国のファビアナ王女です」


「・・・え?」



経緯を知っているアラタ達とは違い、まさか他国の王女の名前が出るとは完全に思考の外だったため、

アンリエールも、リーザもローザも、その場の誰もが言葉を失い固まってしまった。


「ビ、ビリージョー・・・王女?ロンズデールの?あなた、いったい何をしたの?」


「はい、最初からご説明させていただきます」


動揺を隠しきれないアンリエールが怪訝な表情を向けると、ビリージョーは順を追って説明を始めた。




「・・・というわけでございます」


ビリージョーがファビアナと親しくなった経緯を話し終えると、アンリエールは口元に手をやり、目を閉じた。ビリージョーの話しをどう判断すべきか思案しているようだ。


しばしの沈黙の後、アンリエールは目を開けてビリージョーに顔を向けると、諭すように話し出した。


「ビリージョー、今の話しですと、ファビアナ王女との婚約は難しいでしょう。ロンズデール国王が娘として公にする前でしたら十分可能だったと思います。ですが、これからは娘として見ると話されたのでしたら、国内の上級貴族が有力候補になるでしょうね。仮に今、子爵程度の爵位を渡したとしても、かなり厳しいと思いますよ」


口調はやんわりとしているが、諦めた方がいいと告げるアンリエールに、ビリージョーは口をつぐんだ。現実的に考えればアンリエールの言う通りである。

だが、ビリージョーもファビアナも、お互いを意識し始めてこれからという時だっただけに、すぐに気持ちを切り替えられないのも、しかたのない事だろう。


「陛下、ファビアナ王女は妾の子らしいですが、ロンズデール国王には正妻の子はいないのですか?」


黙ってビリージョーとの会話を聞いていたバルデスが、アンリエールへ問いかけた。


「正妻の子ですか?ええ、王子が二人おりますね。王妃も健在ですよ。ただ、政略結婚だったためか、国王との仲は実に淡泊たんぱくなようで、公務以外ではあまり顔を合わせないようにしているそうです。今回のクルーズ船の時も、王妃と二人の王子は国を離れていたそうですね」


アンリエールはロンズデール王妃と王子を、あまり快く思っていないようで、わずかに口調が固くなった。


「そうですか。王子が二人いるのなら、ファビアナが女王になる確率はかなり低いでしょうね。なんとかなるのではないでしょうか?ファビアナに王位継承権があるのか分からないが、あるならば破棄をして、ファビアナからビリージョーの側へ、寄ってきてもらえばいいのではないですかね」


「なっ!?バルデス!お前、そんな事を軽々しく口にしていいと思って・・・」


「いいではないか?大事なのはファビアナの気持ちだろう?ロンズデール国王は、ファビアナをより格の高い家に嫁がせるなり、あるいは迎えるなり考えているのかもしれんが、お前とファビアナが本気で一緒になろうと考えれば、落しどころは見つかるはずだ。まぁ、それでも最低限の爵位はいるだろうから、今もらえるものはもらっておけ。そういうわけで陛下、このビリージョーに爵位をお願いします」


サリーのために、家を捨てる事すらいとわなかったバルデスには、ビリージョーの言い分は全く話しにならなかった。バルデスの理屈では、お互いの身分の差が問題ならば、ファビアナが王位継承権や、王女という身分を捨てればいいだけの話しだった。



「・・・バルデス、本当にあなたという人は、よくそんな事が言えますね?普通は思っても、恐れ多くて口にできませんよ。でも・・・なんだか私も少し感化されたのかもしれません。わかりました。ロンズデール国王には、私が一度話してみましょう。それと、ビリージョー・ホワイトには、子爵位を授けます。親子二代で仕えてくれた事と、ナック村での貴族のもてなし方の評判、そして今回の働きを吟味しての褒美です。今はここまでが限界です。あなたの望む生き方とは違うものになりますが、こうなった以上、これからはできるだけ国のために尽力してください。いいですね?」


アンリエールが自分のために、相当融通を利かせた事は、今の言葉で十分に分かった。

爵位を受けた以上、これまでのようにナック村で、気ままにのんびりとはいかないだろう。

自分の望んだ人生とは、ずいぶん違うものになってしまった。


だが、それでもいい・・・・・


「はい。ありがとうございます。陛下のご期待に、必ずや応えてごらんにいれます」



【ビリージョーさんのお店に食べに行きます!わ、私、ビリージョーさんの手料理食べてみたかったんです。だから、ご迷惑じゃなければぜひお願いします】



ファビアナ・・・こんなオッサンだけど、お前が俺の傍にいたいって思ってくれるんなら、俺も頑張ってみるよ。


アンリエールに頭を下げたその顔は、自然とほころんでいた。



「・・・変わりましたね、ビリージョー・・・では、褒美の話しは以上ですね。そろそろ本題に入りましょう。ロンズデール国王から書簡を預かっていると聞いてます」


アンリエールが大臣に目配せをすると、大臣は赤い絨毯の脇に控えている兵士に、書簡を受け取るように指示を出す。


「これだ」


近づいてきた兵士に、ビリージョーは手にしていた書簡を渡す。



「・・・同盟の申し込みですね」


書簡がアンリエールの手に渡る。

事前に写しの鏡で話しを聞いていた事もあり、アンリエールは中身を開く前に、ポツリと呟いた。


そして一呼吸おいて書簡を開いた。




「・・・同盟について、あなた方の意見を聞かせてください。実際にロンズデールの人間と共闘した、あなた方の意見が必要です」


ロンズデール国王からの書簡を読み終えると、アンリエールは赤い絨毯の上に立つ、アラタ達に顔を向けた。



「私は受けるべきだと思います。ロンズデールに戦争の歴史はありませんが、彼らは戦う力を十分に持っています。両国で力を合わせれば、帝国にも十分な勝算が見込めると思います」


最初に口を開いたのはレイチェルだった。

それに続いて、アラタ達が同意見を述べると、アンリエールは目を閉じて静かに頷いた。


「分かりました。後は王宮で意見をまとめて、できるだけ早いうちにロンズデールへ返事をします。皆さん、あらためて今回のロンズデールでの戦い、ご苦労でした」



最後に労いの言葉を口にして、女王との謁見が終わった。


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