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68 レイチェル 対 マルゴン

あの女は、確かレイジェスの・・・


マルコスのナイフが俺の首を貫くと覚悟した瞬間、あの女が・・・俺を押した・・・


そして今、俺とカリウスさんに代わり、あのマルコスの前に立っている・・・


いや、違うな・・・サカキアラタ、あの女はアラタのために戦うんだ・・・


俺を助けたのは・・・アラタと俺が共に戦っていると知っているからか?


強いな・・・臨戦態勢に入るとよく分かる・・・

俺よりも、カリウスさんよりも、この場の誰よりも強い・・・

だが、それでも勝てるのか・・・あのマルコスに・・・



震える足を無理やり起こし、かろうじて腰を上げる。この場の命運を託した強い女の横顔を一瞥し、その場から離れた。


もはや戦う力は残っていない。かける言葉も見つかりはしない。

俺はここにいても邪魔だ・・・


戦いが一時中断した事を機に、カリウスさんはすでに隊員達に協会内に運びこまれている・・・

俺はアラタの前に立った。


意識は無い。仰向けに倒れていて、顔の周囲は吐き散らした血で、草が赤黒く染まっていた。


だが、まだ生きている。


胸は内出血と、粉砕された胸骨によって青紫に変色し、不自然にへこんでいる。


それでもまだ生きていた。

かすかに胸が上下している。アラタはまだ生きている。


この状態で動かしては危険だろう・・・だが・・・

フェンテスは後ろを向いた。


レイチェルとマルコスは睨み合ったまま動く気配はない。


おそらく待っているのだ。俺がアラタを連れて行く事を・・・


注意深く、できる限り揺らさず、そっとアラタを抱き上げた。

全身に力が入っていないからだろう。体重がずっしりと両腕にのしかかる。



アラタ・・・お前には待っている仲間が・・・大事な女がいるんだろう・・・

死ぬな・・・死んでは駄目だ・・・



フェンテスがアラタを抱え、協会内に入って行くと、マルコスがゆっくりと口を開いた。


「・・・これで、心置きなく全力で戦えるかな?レイチェル・エリオット・・・バリオスの弟子よ」


「クズ野郎・・・アンタが店長の名前を口にするんじゃない!」


指と手首の感触を確認するように、両手のダガーナイフを軽く回すと、レイチェルは右のナイフを順手に、左のナイフを逆手に持ち、やや右前の正対に構えた。


「お互い両手持ちだな・・・面白い」


マルゴンは右半身をやや斜めの半身に、右手のナイフは腰の辺りでゆらりゆらりと前後に軽く揺らし、

左手は腰の後ろにナイフを隠すように構えた。


「いつか、戦う事もあるかもしれないとは思っていたがな、レイチェル・エリオット」

マルコスは全身に力を漲らせる。放たれるプレッシャーは肌に刺さるようだった。



「ハァァァァッツ!」

レイチェルも負けてはいなかった。真っ向からマルコスを見据え、マルコスに匹敵する程の気を発し、プレッシャーを正面から跳ね返す。


「いくぞ!レイチェルエリオットォォッツ!」


蹴り足のあまりの力に、爆風のような土煙が上がる。一瞬の内にマルコスはレイチェルの懐に入り込み、心臓を目掛け右のナイフを繰り出した。


だが、レイチェルは体を左後ろに捻り、マルコスの右をかわすと、その流れのまま右足をマルコスの左膝に蹴り入れた。


マルコスの姿勢が崩れると、レイチェルの右の突きがマルコスの顔を目掛け正面から放たれた。

これをマルコスは左のナイフを振り上げ弾くと、すぐさま体制を直し、右の突きを矢継ぎ早に繰り出した。


胸を狙う突きを弾き、顔を狙う突きを躱す。弾き、躱し、迫りくる刃をレイチェルは全て防いだ。



「ウォルアァァッツ!」

マルコスの丸太のような足が土煙を巻き上げ、レイチェルの脇腹を目掛け繰り出された。


レイチェルは飛んだ。両膝を胸の高さまで上げた跳躍でマルコスの蹴りを躱すと、そのまま膝を伸ばし、マルコスの顔面を両足で蹴りつけた。蹴りの反動で後ろに飛ぶと、体を後ろ回りに回転させ軽やかに着地した。


「さすがだ!やるじゃねぇか!」


マルコスは右を中心にナイフを繰り出した。特異なまでの手首の柔らかさで、薙ぎ払いを躱されれば、そのまま手首を返し、喉元目掛け斬り付ける。

それをレイチェルがナイフを立てて防ぐと、そのまま左の太腿目掛けナイフを滑らせ切り落としてくる。


「ハァッ!」

レイチェルは左足を一歩引いてナイフを躱すと、そのまま左足を軸に体を後ろに回し、右の踵でマルコスの右膝の裏から蹴り入れた。


「ぐっ!」

マルコスの右足が浮き、転びそうになると、レイチェルは一歩踏み込み、逆手に持った左のナイフで、マルコスの首を刈り取るように斬り放った。


「もらった!」


だが、マルコスは右肩を上げると、ボディアーマーの肩当てでナイフの腹を下から受け、軌道をずらした。ナイフはマルコスの右眉を二つに斬り裂いていった。


想定外の避け方に、レイチェルの次の行動にほんの一瞬の遅れが出る。


マルコスは体制が崩れながらも、肩を上げた動作から、右のナイフをレイチェルの左胸目掛けて突き放った。


左腕は振りぬいていたため防御には回せない。

レイチェルは左足を、マルコスの右手目掛けて蹴りつけた。


手首をブーツの先端で蹴り上げられ、その衝撃にマルコスのナイフが宙を舞った。


この状態で蹴り上げでナイフを弾くとは、マルコスにとって想定外だった。

身をよじらせて躱そうとするか、間に合わないにしても左腕を下げてガードするか、もしくは右手のナイフで弾こうとするか、想定した三種とはかけ離れた躱し方だった。


だが、レイチェルが足を戻すよりも、マルコスの次の一手が早かった。



マルコスは右手でレイチェルの左足首を掴むと、そのまま己が頭上より高く振り上げた。

レイチェルの身体は力任せの遠心力によって、一瞬マルコスの頭上より高い位置に持ち上げられたが、次の瞬間、地面に向かって叩きつけるように振り下ろされた。


これを食らうのはまずい!


レイチェルは自由の利く右足を、全力でマルコスの頭頂部に蹴りこんだ。

その衝撃により、先ほどのレイチェルの蹴りによって、僅かにしびれの残る右手は足首を掴む力が緩んだ。その瞬間をレイチェルは見逃さなかった。


左足を激しく振るいマルコスの手から脱出できた。

だが、それでもかなりの勢いで振り下ろされていたため、マルコスの手から離れても背中を強打し、一瞬呼吸が止まる程の衝撃が体を突き抜けた。



だが、レイチェルは動く事に意識を集中した。

無理に呼吸をしようとせず、息を止めたまま地面に叩きつけられ跳ねた体を捻り、足を回し円を描くように正面に体を持ってくると、顔を上げナイフの先端をマルコスに突きつけ体勢を整えた。


マルコスもまた、両膝、手首、頭頂部と、蹴りを受けたダメージが残っているのだろう。追撃をせずにじっと立ち止まったまま、レイチェルを睨みつけていた。


右眉の傷口から流れる血が、右目を赤く染めている。

それは手傷を負わせた相手に対する怒りの色に見えた。



「ここまでやるとはな、想定以上だ。レイチェル・エリオット」


「はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・上からもの言ってんじゃないよ。あんたはこれから私の足元に這いつくばるんだからさ」



戦いを見守る隊員達は、誰一人言葉を発しなかった。


街で暴れる暴徒を一人で制し、アンカハスさえ寄せ付けなかった男、サカキ・アラタが敗れ、カリウスとフェンテス、治安部隊で5指に入る実力者が、二人がかりでも勝てなかった男。

この国最強と言われる、マルコス・ゴンサレスと対等に渡り合える相手がいた。しかもそれは女性なのだ。


隊員達の中には、やむを得ずマルコスのやり方に従っている者も大勢いた。

彼らはこの戦いが、この戦いでレイチェルが勝てば、治安部隊は変わると確信をしていた。



表立って応援はできない。だが、その目には改革を願い、レイチェルに全てを懸ける強い想いが表れていた。



「レイジェスで会った時もそうだったが、お前、生意気だな」

「そういうあんたは、ねちっこいんだよ」


マルコスは最初と同じ、右半身をやや斜めにし、左手を腰の後ろに隠すように構えた。


「かかってきなよ。その首、刈り取ってやるから」


レイチェルも最初と同じく、右のナイフを順手に、左のナイフを逆手に持ち、やや右前の正対に構えた。


マルコスの目に一瞬強い力が入ったかと思うと、さっきまでより一層早い踏み込みで、飛び掛かってきた。



ナイフは正面から打ち合わせては駄目だ。腕力はマルコスが遥かに上だ。私のナイフでは受けきれず、ナイフごと体を斬り裂かれるだろう。



マルコスが右を真っ直ぐに付いてくる。レイチェルはマルコスのナイフの腹を狙い、外へ弾いた。

その瞬間、マルコスの左が風切り音と共に、レイチェルの頬をかすめた。僅かに切られた赤い髪と、鮮血がナイフの切っ先に飛ばされていく。


「なに!?」

見えなかった・・あれだけ腰の後ろに隠すように構えているんだ・・・左を出せば大振りになるはずだ。

見えないはずがない!一体なにをした!?



「ほう!今の一撃、よくかわしたな!」


マルコスは振り抜いた左を、そのまま後ろに持ち上げるように振り払った。

レイチェルは咄嗟に両腕を上げたが、マルコスの腕力はガードごとレイチェルの体を、宙に弾き飛ばす程の威力だった。



女とはいえ、左手一本で私の体を宙に飛ばすだと!?

やはりとんでもないパワーだ・・・だが!



「シャアアアアッツ!」

マルコスは宙に浮いたレイチェルに向かって、そのまま右足を蹴り上げた。


「ハァァッツ!」

レイチェルは空中で体を捻ると、今まさに自分の腹に迫りくるマルコスの右足に、自らの両足の裏を合わせた。


「なんだと!?」

マルコスがそのまま蹴り抜くと、レイチェルは蹴られる力と、自身の蹴る力をぶつけ、刹那のタイミングで見事に衝撃を打ち消した。


まるで空に舞う一枚の羽根のように、一切の重さを感じさせずレイチェルはふわりと後方に飛び、着地した。


「戦いは力だけじゃないんだよ。分かるかい?マルコス君」


「レイチェル・エリオット・・・」


対峙する両者の実力は拮抗していた。

圧倒的パワーのマルコスに対し、レイチェルはスピードと軽やかな身のこなしを生かし、マルコス相手に互角に攻めていた。だがマルコスは百戦錬磨である。

手数の上ではレイチェルに遅れをとっても、一撃で戦局を覆す力を持っていた。


マルコスの一撃は体を浮かす程の威力だった。ガードしたとは言え、まともに受けたレイチェルの腕は小刻みに震えている。



骨は大丈夫みたいだけど、きついね・・・女の筋力では次は受け切れない・・・この筋肉達磨相手に長期戦は不利か・・・



バリオス店長・・・使います!


「ハァァァァッツ!」

振るえる両手に無理やり力を込めナイフを握り直し、レイチェルは空に向かって声の限り叫んだ。


その圧倒的な気力は空気を震わせ、風に舞う木の葉が破裂音と共に二つに割れる。


「こ、これは・・・」

それはマルコスすら凌駕する程のプレッシャーだった。空気はビリビリと肌にぶつかり、その場に立っている事さえ許さない程の力がぶつけられてくる。



レイチェルは地を蹴った。



それはマルコスが見失う程の、正に目にも止まらぬ速さだった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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