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672 父の裏と表

「・・・う・・・うぅ・・・」


ボートの中で寝かせていたロンズデール国王リゴベルトが、僅かに身をよじり声を発すると、傍らで様子を見ていたファビアナは身をこわばらせた。


国王が、父が目を覚ます・・・


王宮仕えの魔法使いとして、リンジー達と謁見をした事はある。

だが娘として最後に話したのは、一体いつだろうか。


もう思い出せない程遠い昔だ。


本当は怖い。

何を話せばいいのか分からない。

自分の事をまだ娘と思ってくれているのだろうか?


不安が胸いっぱいに広がり、緊張からくる冷たい汗が頬を伝い、心臓が高鳴っていく。

だが、ラクエルに言われて気が付いた。自分は国王と向き合わなくてはならない。

だから決めたんだ。ちゃんと話しをすると。



「・・・う、ん・・・」


ファビアナが覚悟を決めた時、国王はゆっくりと目を開いた。




あの日、リンジーがファビアナ助けてくれた日以来、国王と二人で顔を合わせるのは初めてだった。


「・・・ファビアナ、か・・・」


自分を見ると、少しだけ驚いたようだったが、すぐに優しい声で名前を呼んでくれた。


「・・・は、はい・・・」


「怪我は、ないか?」


「え?は・・・はい、あ、ありま、せん」


国王が自分を気遣った・・・・・記憶を掘り返しても、そんな事はこれまで一度も無かった。


「そうか、良かった・・・」


疲れているのだろうか、弱々しい声だった。

けれど、自分と目を合わせてハッキリ言葉にしてくれた事がとても嬉しかった。



「私は・・・間違っていた、ようだな・・・国を護りたいからとカーンの言いなりになって、これまで尽力してくれた大臣を蔑ろにしてしまった。その結果がこれだ・・・・・今更、言い訳もできないが、私が謝っていたと、大臣に、バルカルセルに伝えてくれ・・・・・」


「え・・・ど、どうして、ですか?だ、脱出できるんです。帰って、直接大臣と・・・」


まるで死にゆく者の最後の言葉にように話す国王に、ファビアナは戸惑いを感じた。


「私にはもう、時間が、ないのだ・・・ファビアナ・・・お前には、辛い思い、寂しい思いばかりさせて、すまなかった・・・許してもらえないだろうが、せめて、最後は・・・父として謝らせてくれ・・・本当に、すまなかった・・・」


「お、お父様・・・そんな、最後だなんて・・・どうして・・・」


ファビアナの紫色の瞳が揺れる。

国王は、父は、なぜ突然そのような言葉を口にするのか?


目を覚ました父は、最初に自分の体を気遣ってくれた。

たったそれだけかもしれないが、これまで親子らしい会話をした事のないファビアナにとって、それはとても大きな事だった。これから父と少しづつでも分かり合っていけたら・・・・そう思った矢先の、信じられない言葉だった。


「ぐぅっ!う・・・に、逃げろ!わ、私は・・・いい、わ、私が・・・私で、いるうちに!は、早く、逃げろッ!」


突然頭を抱えて苦しみだした国王に、ファビアナは絶句した。


額から汗を流し、歯を食いしばって、必死に何かに耐えている。

一体何が国王を苦しめている!?


「お、お父様!いったいどうされたんですか!?どうしてそんなに苦しんでいるのです!?」


「い、いいからっ!は、早く・・・わ、私から離れるん・・・・・・・・・・・・・」


うずくまって震えている国王の肩を掴み、その苦しみの原因が何なのか懸命に呼びかける。

国王が娘の声に、かろうじて自分から離れろと伝えたその時、それまでもだえ苦しんでいた事が嘘のように、ピタリと震えが止まった。



「お、父様・・・?」



突然動きが止まった父親に、ファビアナは違和感を感じて、肩を掴んでいた手を離した。


しかし肩から手が離れたその瞬間、逃がさないとでも言うようにその手首を掴まれた。


「痛っ!」


突然強い力で掴まれた右手首に痛みが走り、思わず声を上げる。

そしてファビアナは驚愕した。


自分の手首を掴んでいるのは国王であり父親だった。

しかしその風貌は、さっきまで自分に優しい言葉をかけてくれた父親と、とても同じ人物とは思えない。


ぎょろりとして、底無し沼のように黒く淀んだ目。

口の端からは涎は一筋たれて、気味の悪い笑みを浮かべている。


そしてザラリと肌にまとわりつくような、気持ちの悪い声が耳に触れた。



「ファビアナ~、お前の好きなクラッカーを言ってみろ」



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