67 二人技
フェンテスはマルコスの腰より更に低く踏み込み、ナイフを振るった。
「足を狙ってきたか?だが、それほど低い体勢なら、背中ががら空きだぜ!」
マルコスは一歩足を引き、フェンテスのナイフをかわすと、見下ろすフェンテスの背中目掛けて、逆手に持ったナイフを振り下ろした。
「む!?」
振り下ろした瞬間、カリウスの左のナイフが、マルコスの顔を目掛けて真横から迫ってくる。
マルコスは顎を引いて皮一枚の差でナイフをかわした。
その時、マルコスの右太腿に鋭い痛みが走った。
下に目を向けると、フェンテスのナイフがマルコスの右太腿を斬り付けていた。
視線が下に向いた一瞬の隙を見逃さず、カリウスの左右のナイフがマルコスの喉元目掛けて繰り出される。
マルコスもナイフでカリウスの攻撃を弾くと、一歩大きく後ろに飛んだ。
太腿の傷は浅くはないが、動けなくなる程深いものでもなかった。
フェンテスは右手にナイフを縛り付けているが、強く握れないのだろう。振るうだけで精一杯なのだ。
しかし、今の動きはなんだ。
マルコスは今の一連の攻防で、目の前の二人に対する認識を改め、腰を据え構えた。
「フェンテス、次で決めるぞ・・・ 」
「はい、今ので警戒されました。そう何度も通用しないでしょう。次で最後です」
マルコスが破壊した壁から、在中していたほぼ全ての隊員が外に出て、戦いを見守っていた。
その中にはレイチェルもいたが、誰一人気に留めていなかった。
隊員一人一人が、この戦いに目を奪われていた。
前隊長のカリウスと、現隊長補佐のフェンテスが、マルコス・ゴンサレスと戦っている。
投獄されていたヴァン・エストラーダも、副隊長のアンカハスと死闘を繰り広げた。
そして、サカキアラタ。
マルコスが異常なまでに執念深く取り調べを続けた事で、有名になっていた男だった。
マルコスのナイフを凌ぎ、顔に一撃を食らわせる程の実力だったが、本気を出したマルコスに敗れ、今は無残に倒れている。
おそらく、カリウスもフェンテスも隊を裏切り、ヴァン、そしてサカキアラタと結託したのだ。
本来であれば、すぐに取り押さえなければならない。
隊員達は皆だいたいの状況は理解できていた。だが誰一人動かず、成り行きを黙って見守っているしかなかった。
理由の一つに、マルコスの変わりように対する戸惑いがあった。
部下であろうと敬語を使い、常に落ち着いて論理的に話すマルコスが、別人と見紛う程、豹変していた。
そして、ヤファイとアンカハスの戦いを見た隊員達には、なにが正義なのか、これからの治安部隊はどうすればいいのか、この戦いを見届け、決めなければならないという思いでいた。
「エルウィン・・・頼みがあるんだけど、いいかい?」
私は隣に立つエルウィンに顔を近づけると、小さく耳元で話した。
「な!なな・・・なんですか?」
エルウィンは顔を赤くして、少し言葉に詰まりながら小声で聞き返してきた。
「そろそろカチュアが着いてるかもしれない。探して連れてきてくれないか?見つけたら、説明しておいてくれ・・・アラタの今の状態を」
「え・・・でも、いいんですか?」
エルウィンはマルコス達の更に向こう、塀際で倒れているアラタに目を向けた。
依然としてアラタは倒れたまま、全く動く気配がない。
「・・・いいんだ。さっき、エルウィンにも言ったろ? 私から見てまだアラタは生きている。だが、とても危険な状態だ・・・すぐにカチュアのヒールが必要だ。カチュアなら、あの状態でもなんとかできるかもしれない。だから、取り乱さないように心の準備をさせておいてくれ」
レイチェルもエルウィンも、すぐにでもアラタに駆け付けたい気持ちを必死に抑えていた。
目の前では激しい戦いが繰り広げられ、うかつに踏み込める状態ではなかったからだ。
「頼む・・・私はカチュアが来るまでに、なんとかアラタまでの道を作る」
分かりました、と一言答えると、エルウィンは密集している隊員達をかき分け走って行った。
レイチェルはその姿をわずかに目で追ったが、視線をすぐに目の前の戦いに戻した。
確か、細身で背の高いヤツは、フェンテスだったか?なるほど・・・離れて見るとよく分かる。
フェンテスが下半身を攻撃し、カリウスがフォローしながら上半身を攻撃するのか。
二人で単純に、上下に分けて攻撃しているわけではない。
起点となるのはフェンテスだ。
マルコスがフェンテスの攻撃を防ぎ、躱し、反撃に移ろうと視線が下に向くと、カリウスが攻撃に入る。
結果、カリウスの攻撃を防ぐために視線を上に戻すと、今度はフェンテスに足を斬られる。
よくできている。称賛すべきは二人の呼吸だな。
この技、簡単そうに見えて相当難しい。
カリウスはフェンテスの後ろで、フェンテスの移動、攻撃の妨げにならないように距離を取りながら、マルコスの動き、視線に注意を払い、攻撃に入るタイミングを見極めなければならない。
そして、フェンテスは腰から下に攻撃を集中するため、マルコスの上半身の動きを確認する事ができない。防御を捨てているのだ。これはとてつもない恐怖だろう。
いつ、頭と背中にナイフが突き刺さってもおかしくない。その恐怖を飲み込み、カリウスの援護を信じ命を預けている。
個人個人の力量はマルコスにはるか劣るだろうが、二人の気迫と、息の合った連携、信頼により、あのマルコスと肉迫している。
フェンテスの右手はとめどなく流れる血によって、すでに真っ赤に染まっていた。
己が血をまき散らしながらも、鬼気迫る勢いでナイフを振るう姿は、戦いを見守る隊員達の心に何かを伝えていた。
それは、国民を守る隊員としてのあるべき姿だったかもしれない。
「ぐぬうぁぁぁ!調子に・・・乗るなぁ!」
マルコスは右足を立て、脛のプロテクターで、フェンテスのナイフを防ぐと、そのまま右の前蹴りをフェンテスに放った。
アローヨ戦で亀裂が入っていたボディアーマーは、マルコスの前蹴りで砕け、そのままフェンテスの胸を蹴りぬいた。
「ぐっ!つ、掴んだ!カリウスさん!」
砕かれたとはいえ、ボディアーマーである程度の衝撃は散らせたはずだが、マルコスの蹴りは重く体の芯まで響き、フェンテスは意識を刈り取られそうになった。
だが、フェンテスは歯を食いしばり、そのまま両腕を回してマルコスの足にしがみついた。
打合せをしたわけではない。だが、カリウスはこの一瞬で察した。
フェンテスは限界だ。
アローヨから受けたダメージも残っており、全力で動く事で、右腕から溢れる出血量は増し、もはや足にも力が入らなくなってきていたのだろう。
このまま同じ攻撃を続けていても、捕まるのは時間の問題だった。
分かった・・・お前が命を懸けてくれたこの一瞬・・・俺も命を懸けて決めてみせる!
「うぉぉぉぉ!マルコスーッツ!」
カリウスはフェンテスの身体を飛び越えた。左右のナイフをマルコスの首に交差するように斬り放った。
「馬鹿が!遅いと言っただろう!」
マルコスは両手のナイフを振り上げ、カリウスの左右のナイフを弾き飛ばした。
「そう来る事は分かっていた!」
「なにぃ!」
カリウスはナイフを弾き飛ばされても、怯むことなく体ごとマルコスにぶつかり、マルコスの首に腕を巻き付け倒れこんだ。
「フェンテス!今だ殺れ!俺ごとマルコスを刺し殺せッツ!」
フェンテスすぐに起き上がると、よろけそうな足を無理やり立たせ、カリウスに抑え込まれ倒れているマルコスの頭を目掛けナイフを振り下ろした。
「なっ!?」
だが、寸前でナイフを止めてしまった。
マルコスはその恐るべき腕力にものをいわせ、右腕でカリウスの頭を掴むと、力任せに引きはがし、そのままフェンテスのナイフに向かって突き出した。
「ぐっ・・うぅ・・フェ、フェンテス・・・俺に、構うな、殺るんだ・・・」
カリウスさん・・・あなたはこれからの隊に必要な人だ・・・
フェンテスの一瞬の躊躇いが勝敗を分けた。
マルコスは自分の身体に覆いかぶさるカリウスを蹴り上げると、そのまま跳ね起き、カリウスの右肩から袈裟懸けに斬り裂いた。
「今度はアーマーで守れなかったな?」
最初の一撃をギリギリ躱した箇所と同じ位置だった。
「が・・・ぐ、くそ・・・」
カリウスの身体から真っ赤な血が吹き上がり、カリウスは力なく倒れた。
「マルコスーッツ!」
フェンテスが最後の力を振り絞り、ナイフを振り上げマルコスに飛びかかった。
「馬鹿が、まだ向かってくるかよ!」
フェンテスのナイフにはもはや鋭さは無かった。マルコスは指二本でナイフを摘まむように止めると、左手に持つナイフをフェンテスの喉元目掛けて斬り上げた。
ぶつかり合う金属音。フェンテスの喉を斬り裂くはずだった刃は、レイチェルの二本のナイフが交差し受け止めていた。
「・・・出て来たか、レイチェル・エリオット」
マルコスは止められた事を意に介さず、更に力を込めナイフを振り抜いた。
レイチェルは力の流れに逆らわず、マルコスの振り上げる力を利用し、そのまま飛び上がると、体を後方に回転させ、重力を感じさせない程軽やかに着地した。
「・・・私言ったよね?アラタを死なせたら、アンタを殺すって」
氷のように冷たい眼差しをマルコスに向け、レイチェルはナイフを構えた。
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