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649 リンジー 対 カーン

リンジーがラミール・カーンと、レイチェルがリコ・ヴァリンと睨み合う中、ガラハドとサリーは残った二人、帝国の大臣ダリル・パープルズと、大海の船団オーナーのギルバート・メンドーサと対峙した。


ラルス・ネイリーは一歩後ろに退いて、戦いに入る様子は見せない。

いくら回復薬を飲んだと言っても、砕かれた肋骨が治るわけではない。歩ける程度に痛みが和らいだとしても、それが限界なのだ。戦う事はできない。


「おい、サリーさんよ・・・あのダリルってのは間違いなく体力型だ。俺が前に出てなんとか動きを止めるから、お前さんのハサミでヤツの首を斬り裂いてくれ」


アラタを助けるために己の武器を手放したガラハドには、素手で戦うしか手段がなかった。

そのため自分は盾となり前に出て、勝負はサリーのイマジン・シザーに託した。


「はい。お任せください。それと、ギルバート・メンドーサはおそらく魔法使いです。気を付けてください」


隣に立つサリーの言葉に、ガラハドも正面を向いたまま、分かった、と一言だけ返した。






懐に踏み込むと同時に、リンジーは右の掌打を繰り出す。狙いはカーンの左胸、心臓。


速い!

カーンの知るリンジーの動きを、大きく上回る速さだった。

だが反応が間に合わない程ではない。

脇を閉め、左腕を盾にして掌打を受け切るが、骨にまで響く衝撃に顔を歪ませられる。


「チィッ!」


思わず舌打ちが出る。なぜなら攻撃力もカーンの想定を大きく上回っていたからだ。

リンジーの攻撃には、鋭さはあっても重さは無い。それがカーンの知るリンジーだった。

だが今の一撃はカーンを怯ませるほどの破壊力を持っていた。


予想外の威力に体が一瞬硬直する。

そのため後手に回らざるを得なかった。リンジーの二撃目、顔を狙った左の掌打を右腕を上げて受ける。


「ぐっ!」


「セァァァァァーッ!」


左手を戻すと同時に、右の掌打を顔面に撃つ。だが腕は伸ばしきらず防がれると同時に戻し、そのまま腰を右に捻って左の掌打をカーンの右脇腹に叩き込む!


「うっ、ぐ・・・!」


まともに入りカーンの顔が苦痛に歪む。痛みに顔を守っていた両腕が開くと、その隙間に右の掌打を下から差し込んで、持ち上げるように顎を跳ね上げた!


自分より大きいカーンの体が浮き上がり、背中から床に落ちる。


足元で倒れるカーンを見下ろして、リンジーは再び左手を胸の高さに、右手を腰の位置で構えた。

カーンを圧倒したが、その瞳には一欠片の油断も見えなかった。






「リンジーさん、コンビネーションを覚えませんか?」


それは乗船するまでの一週間の事だった。

城の訓練場でリンジーが一人鍛錬をしていると、アラタが声をかけて来た。


「コンビネーション・・・?」


アラタも体を動かしに来たらしく、一人で技の確認をしているリンジーを見て提案したと言う。

突然の申し出にリンジーは首を傾げた。

アラタとは一度手合わせをしたことがある。その時にだいたいの実力は分かったつもりだった。

まともにやればアラタが上だという事も手応えで分かった。

だが、自分とアラタとでは戦い方がまるで違う。


武器はおろか、蹴りさえ使わず、両手だけで戦うスタイルの人間が、いったい自分に何を教えようと言うのか?

リンジーの疑問を感じ取ったのか、アラタは説明を始めた。


「はい。動きを見てたんですけど、リンジーさんて、髪に付けてる玉を使う事をふまえた技の組み立てですよね?実際、俺も一度その玉の一撃を受けた事あるので、それだけでも十分強いとは思うんですけど、技の繋ぎがぎこちないように見えるんです」


余計な事だったらすみません。少しだけ頭を下げて、最後にそう付け加えた。


「・・・もう、本当にアラタ君て気を遣う人ね。私が返事もしないうちから謝っちゃってさ。でも、すごいわね・・・確かに私は両手両足とこの髪に付けてる玉・・・念操玉ねんそうぎょくを使って戦うわ。でも、普通髪の毛なんて戦闘で使わないでしょ?だから、戦い方を教えてくれる人がいないのよ。戦い方の基礎はガラハドから習ったけど、ガラハドだって素手がメインじゃないしね。これまでずっと自分で考えて技を作ってきたの。でも、今より上にいくには正直一人では限界だったの・・・だから、アラタ君。私に素手の戦い方を教えてください」


アラタの裏表のない心の内を聞いて、リンジーはアラタを頼る事に決めた。

アラタはボクシングという耳にした事の無い戦闘スタイルだが、拳の撃ち合いに特化した戦い方は、掌打を使うリンジーが見習うべきものがあった。


「もちろんですよ!俺とリンジーさんの戦い方って、似てるところがあるから、ボクシングはすぐに馴染むと思いますよ」


そう言って拳を握って見せるアラタに、リンジーはすまなそうに眉尻を下げた。


「・・・アラタ君、ごめんなさいね。実はちょっとだけ、大丈夫かな?って疑っちゃった。私は蹴りも魔道具も使うから、両手だけのアラタとは違うでしょ?でも・・・今話してアラタ君から学びたいって思ったの。だから、よろしくね」


そう言ってリンジーが差し出した手を、アラタは笑顔で握った。






なるほど・・・足は接近と回避だけを考えて、攻撃はあくまで両手だけに集中させる。

自分でやってみて、アラタ君がなぜこの戦い方をするのか理解できた。


上半身と下半身で、役割がハッキリしているから迷いが少ない。

拳だけに特化しているからこその回転の速さで、繋ぎがスムーズだわ。



リンジーがアラタからボクシングを習った期間は、ほんの七日足らずである。

本来たったそれだけの時間で、習得できる事など些細なものだが、リンジーは打撃を中心とした戦い方をしており、ボクシングに通じる動きもあった。


アラタはコンビネーションを教えながら、無駄があると思える動きや癖、それらを矯正し改善する事を重点的に行った。

七日でボクシングを身に付けさせる事は出来ない。ならば、ベースはこれまでのリンジーの動きを中心に、余計なものを落として、可能な技を身に着けさせる。それがアラタが七日で伝えた事だった。


その結果リンジーは今、宿敵カーンを見下ろしている。



「・・・フッ、そう簡単にはひっかからないか」


大の字になって倒れているカーンだったが、鼻で笑うとゆっくりと上半身を起こしながら立ち上がった。口内を切ったらしく、口の端には血が滲んでいる。


「やっぱり・・・あれだけで倒せるなんて思ってないわ。気を失ったふりをして私が罠にかかるのを待ってたんでしょ?」


構えは解かず、リンジーはカーンを見据えたまま問いかけた。


「よく分かっているな。その通りだ。それが魔道剣士の戦い方だ」


感心するように答えを口にすると、カーンは懐から左手で、白い豆粒のような物を一握り取り出した。


「これがなんだか分かるか?」


「・・・知らないわ」


見てみろと言わんばかりにソレを前に出すカーンに、リンジーは怪訝な顔をしながら言葉を返した。


「本当に分からないか?よく見てみろ」


そう言ってカーンは左手に乗せていた一握りのソレを、リンジーの顔に向けて放り投げた。


一粒一粒は豆粒程度の大きさである。

だが、一握りとなると何十粒という量になる。


「え?」


リンジーの目の前いっぱいに投げ広げられたその白い粒は、シュッという空気が抜けるような音を発すると、一粒一粒が蒸気のような白い煙を噴出し、リンジーの視界を覆い隠した。


「魔道具、煙豆けむりまめだ!」


次の瞬間、カーンの右の前蹴りがリンジーの腹部にめり込んだ。


呼吸が止まる程の衝撃、そして蹴りの威力にリンジーの体が浮き上がり、背中から床に落とされる。奇しくもそれは、今さっきまでとは真逆の立ち位置になった。


「おっと、すまんな。この煙豆は俺が作ったんだ。お前が知ってるはずなかったよ」


倒れながら苦しそうに咳き込むリンジーを見下ろし、カーンは不敵に笑った。


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