644 二人の切り札
「うぐッ!」
腹部を抉り取られたかと思う程の、鋭く強い衝撃に呼吸が止まる。
剣や槍で刺されたのかと思ったがそうではない。腹に目を落とすと、シャツは破れていたが、肉は残っていたからだ。
な、なんだ、今の、は・・・!?
「はぁっ!はぁっ!・・・うぐ・・・」
やっとの思いで肺に空気をかき集めると、今度は腹に残る強い痛みに意識が飛びそうになる。
唇を噛んで踏みとどまり、右手から送る魔力を切らさないように集中し続ける。
これは・・・ウラジミールの攻撃だ。
空気を操ると言っていたから、おそらくそれだ・・・空気を固めて飛ばしてきたんだ。
シャノンがウラジミールの絶空剣に耐え、その攻撃の正体に気付いた時、二撃目がシャノンの左肩を撃ち抜いた。
何かが砕けるような鈍い音が、肩を通って脳に響いた。
・・・あ、まずい・・・これは・・・
体の左半分が大きく後ろへ弾かれて、そのまま背中から倒れそうになる。
撃たれた。それを理解した直後に耐えがたい痛みが左肩を襲ってきて、アタシは悲鳴を上げそうになった。けれど下唇を強く噛みしめて耐える。悲鳴?そんなものは意地でも上げない。
アタシはこの目に映る大男を強く睨み付ける。
ウラジミール・セルヒコ・・・コイツから決して目を逸らさない。
コイツの目の前で悲鳴なんて絶対に上げない!
灼炎竜よ・・・熱く、強く・・・・・
「燃え上がれぇぇぇぇぇーーーーーッ!」
シャノンの黒い瞳に力が満ちる。
気力に呼応する魔力は髪を逆立てる程に激しく放出され、ウラジミールを締め上げる灼炎竜は、より強く熱く燃え上がった。
「ぐぅっ・・・ああぁッ!」
突然強まった圧力にうめき声が漏れる。鍛え上げた肉体が悲鳴を上げるように軋み音を鳴らす。
炎の竜はウラジミールを引き裂く程に締め上げる。
シャノン・・・・・!
お前は・・・・・お前はいつも・・・・・俺を・・・
「俺を苛つかせるなぁッ!」
ウラジミールが叫びを上げると、それに呼応するようにエアコートが膨張し、灼炎竜を押し返していく。
エアコートが一度だけ使える隠し技。
コートを犠牲にする代わりに、通常よりもはるかに強大な空気を放出する事ができる。
「ウオォォォォォォーーーーーーッツ!」
拳を握り締め、振り払うように両腕を解放する。
超高密度に圧縮された空気が放出され、コートが弾け飛ぶ。
ウラジミールはエアコートを失った。しかし灼炎竜も吹き飛ばされた。
「なにっ!?」
魔力を通じシャノンが感じた反発力。それは自分の灼炎竜を上回るものだった。
このままでは灼炎竜が持たないと思ったその時、耳をつんざく爆発音と共に炎の竜がはじけ飛ばされた。
ここだっ!
灼炎竜を吹き飛ばされ、シャノンが目を開き驚きをあらわにすると、ウラジミールは戦いの際をここと見た!
最後の一発が残った!エアコートと絶空剣は二対で一体の魔道具!
エアコートが失われる時に発する最後の空気、その膨大な力を絶空剣に込めて放つ!
「これで最後だぁぁぁーーーーーッツ!」
ウラジミールの切り札が大砲の如き轟音を上げた!
それは目に見える程に力を集約された空気の塊だった。
魔法使いのシャノンに受ける事は到底不可能。いや、体力型とて受け切れない。
腕に受ければ腕が、胸に受ければ胸が、頭に受ければ頭が吹き飛ぶ。
それほど強力無比な一発だと、一目で分からせた。
これにウラジミールの全てが込められている。
青の船団と大海の船団、シャノンとウラジミール、両者の長きに渡る因縁に決着の時が来た。
左腕は肩を砕かれているため動かせない。右腕一本に残り全ての魔力を集中させる。
ウラジミール・・・
お前がこの一発に懸けた思いがどれほどのものか、アタシにはよく分かるよ。
これはアタシ達二人だけの勝負じゃない。
お互いが背負っている者達、メンツ、全ての想いと命運を懸けた戦い!
最後にシャノンが選んだ魔法は初級の風魔法、ウインドカッターだった。
ウインドカッターは、ただ風を飛ばすだけの魔法じゃない。
研ぎ澄まされた風の刃を、更に鋭く極限まで研ぎあげる。
それは風の剣となって、シャノンの右手に纏わらせる。
ウラジミール、これがアタシの切り札だ!
右手を振り上げる。
迎え撃つは絶空剣から放たれた、強固なる空気の弾!
「ウァァァァァーーーーーッツ!」
気合の声と共に一歩踏み込んで、風の剣を纏った右の手刀を勢いよく振り下ろした。
一体、この女は何回私を驚かせるんだ?
シャノンの風の剣を目にしたシャクール・バルデスは、灼炎竜に続いて再び目を丸くさせられた。
ウインドカッターを飛ばさずに、手に纏わせたまま剣として振るうだと?
飛び道具であるウインドカッター、その威力を上げるために風を研ぎ、大きさを増し、一度に撃てる数を増やすための工夫をこらした事はある。
しかし、手に纏ったまま直接振るう事は、考えた事すらなかった。
魔法使いが肉弾戦を挑むようなものであり、それはバルデスにも思いもよらない革新的な発想だった。
魔力の風をあそこまで鋭研ぎ、そしてその手さえも風になっているかのような一体感・・・・・ここまでの高みに到達するためには、相当な時間を費やした事だろう。
素晴らしい・・・それならばいけるだろう!
ウラジミールの絶空剣、その最後の一撃を・・・斬り落とせ!
シャノンの振り下ろした右の手刀、風の剣は微かな音さえ発さずに空気の弾にスッと刃を入れると、そのまま真っ二つに切り裂いた。
「なにぃッ!?」
よもや己の切り札、全身全霊の絶空剣の一撃がこうもあっさり破れるなど想像だにできず、ウラジミールは驚愕した。
「ウインドソード!」
振り下ろした右の手刀をそのまま真上に振り上げる!
そこから飛ばされるのは風の剣!
右手に纏わせた風の剣を、そのままウラジミールへと飛ばす
シャ・・・ノン・・・・・・
結局・・・・・俺は・・・・・
「最後まで・・・お前に勝てなかった・・・な・・・・・」
右の脇腹から左の胸にかけて、一本の赤い線が走ったかと思うと、真っ赤な鮮血が噴水と見紛う程の勢いで吹き出した。
「ウラジミール・・・・・あんた・・・」
あんた間違ってるよ・・・・・最初から、ずっと・・・・・
シャノンのウラジミールを見る瞳には、哀れみではなく悲しみの色が宿っていた。
口の端を上げてどこか満ち足りた表情を浮かべると、ウラジミールは背中から倒れた。




