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638 バルデス 対 ウラジミール

「なんだ!?」


突然外から聞こえた大声に、レイチェルは腰を上げてナイフを手に身構えた。


「レイチェル、ドアの向こうよ!誰かいるわ」


リンジーも立ち上がり、出入口を指して声を出す。

距離はあるが、薄っすらと大きな人影が見える。


そして壁を殴るような大きな音が振動と共に響き、言い争う言葉までも聞こえてくる。

確認するまでもなく、この部屋の外で誰かが戦っている。


ラクエル達もその争う声と音に、ボートを運ぶ手を止めた。

やっとこの船から脱出できるというのに、ここまで来て争いに巻き込まれるかと、乗客達の顔には不安や苛立ち、様々な感情が浮かんで見えた。



様子を見ようとレイチェルが一歩足を進めると、シャノンが手を前に出して制した。


「なんだ?」


「・・・ちょっと待って・・・この声、聞き覚えがある。これは・・・ウラジミール・・・」


大海の船団の船長、ウラジミール・セルヒコがいる。

少しクセのあるショートの黒髪を掻きあげて、シャノンはドアの向こうにいる因縁の相手を睨み付けた。


「・・・アイツは、アタシがやるわ」






「ウラウラウラーッツ!」


2メートルの巨体から繰り出される拳と蹴りに、バルデスは防戦を余儀なくされていた。


「むっ!?」


横殴りに迫る拳を後ろに飛んで躱す・・・そう、確かに躱した。

だが拳を躱した次の瞬間、見えないなにかに顔を強く押され、バルデスはその顔をのけ反らされて後ろに弾き飛ばされた。


「どうした侵入者!威勢の割には大した事ないな!」


壁に背をぶつけ、よろめきながら体勢を整えようとするバルデスに、拳を振り上げたウラジミールが迫り来る。


鼻から流れる血を拭い、バルデスは考えた。


確かに躱したはずだ、だが躱した後に攻撃が来る・・・面倒な攻撃だ・・・


「どうしたどうしたーーーッツ!」


ウラジミールは天高く振り上げた右の拳を、叩き潰すようにバルデスの頭に振り下ろした。


「なっ!?」


突然裂けた手首から真っ赤な血が飛び散り、ウラジミールの動きが一瞬止まる。


「バルデス様!」


空間を飛ばして切り裂く魔道具イマジン・シザー。


ウラジミールの手首を切り裂いた、サリーの援護で作れたのは僅かな時間。

だがその僅かな時間が、バルデスの反撃には十分だった。


バルデスの右手に集まった氷の魔力が解き放たれる!


「素晴らしいぞサリー」


氷の中級魔法 地氷走り


手の平から放出された魔力が冷気を帯び、瞬時に地面を凍らせながら伝い走る。


「うぐぉッ!」


地から天へと向かって登る氷の刃が、ウラジミールを突き刺した。





「やりましたね!バルデス様」


地面から天井に向かってそそり立つ、鋭く尖った幾つもの氷の柱。

その一本がウラジミールの胴体を突き刺し、上空に持ち上げていた。


「・・・いや、まだだ」


駆け寄って来るサリーに対して、表情を緩める事なく答えるバルデス。

上を向いて油断なくウラジミールを見据えている。

両手、両足、そして頭をだらりと下げている姿からは、すでに事切れているようにさえ見える。


「サリー・・・これを持ってアラタのところへ戻れ」


ポケットから取り出したのは、失われた血液を補う充血剤だった。


「・・・バルデス様」


手渡された薬の筒を握ると、冷たい鉄の感触が手の平から伝わって来る。


サリーもまた気が付いた。

戦いはまだ終わっていないと・・・・・


「・・・案ずるな。私は四勇士シャクール・バルデスだぞ。行くんだ、サリー」


怪我は全て治した。

しかし体の深い部分に響いたダメージは、そう簡単に抜けるものではない。

出血多量で命の危機にあるアラタ程ではないにしても、バルデスとてかなりの血を流したのだ。

本来は戦いなどもっての他、寝ていなければならない状態である。


「・・・はい!承知しました!」


言いたい事は沢山ある。本心は残って共に戦い。

だが、バルデスの青い瞳を見て、サリーはそれらの気持ちを押し殺し、自分の役割を全うするために背を向けて走った。


やるべきことをやれ


バルデスの青い瞳は確かにそう告げていたからだ。



・・・脱出ボートのある場所は分かった。

あとはアラタさんに薬を飲ませて、ガラハドさんも連れてまた戻ってくるだけだ!


大丈夫・・・調子が悪くてもバルデス様が負けるはずがない。


主人であるバルデスへの絶対の信頼。

しかし、一抹の不安も胸中に渦巻いていた。


バルデスが負けるはずがない。


胸を騒めきを消すように、不安の種を積むように、そう自分自身へ言い聞かせてサリーは走った。





「・・・おい、いつまで死んだふりをしているつもりだ?それで騙せたつもりか?私が油断するとでも思ったか?」


サリーの姿が見えなくなっても、氷の刃に刺されたまま動く気配の無いウラジミールに、バルデスが手の平を向けて言葉を発する。


「・・・勘の良いヤツだな」


バルデスから殺気のこもった魔力を向けられたウラジミールは、何事もなかったように上半身を起こすと、自分の腹を突き刺す氷を掴み、前回りの要領で体を回転させて飛び降りた。


ズシンと床を鳴らして巨体を着地させたウラジミールに、バルデスが観察するように目を向ける。


「・・・やはり刺さってなかったか。魔道具だな?躱したはずの攻撃を受けたり、謎が多くて面倒な事だ」


バルデスの地氷走りは、確かにウラジミールを突き刺した。

だが、実際にウラジミールは無傷で立っている。つまり、なんらかの手段で氷の刃を受け止めたという事になるが、ウラジミールは防御に両手、両足を使ってはいなかった。

そこまで思案し考え付いた可能性は、ウラジミールの着ているコートだった。


腰丈で厚手ウールのダブル前の、いわゆるPコートである。


それがバルデスの地氷走りを受け止められる程の、防御効果があるのだろう。

そうバルデスは推察した。


その読みは半分は当たっている。

バルデスの地氷走りから身を守ったのは、確かにこのPコートの効果である。

だが、このコートの能力は、ただ攻撃魔法を防ぐという単純なものではなかった。



「ふっ、魔法使いならば、魔道具の扱いには長けているだろう?俺が何をしてお前の魔法を防いだか解いてみろ。まぁ。もっともその前にお前は死ぬがな」


ウラジミールはコートの内側に手を入れると、根本から剣先まで二つに分かれている、奇妙な形の短剣を取り出した。


「見せてやろう・・・絶空剣の凄まじさを!」


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