63 変貌
「ほぅ!?ほぅ!?ほぅ!?やりますね!やりますね!やりますねぇ!サカキアラタァッツ!」
どのくらい時間が立っただろう。右、左と絶え間なくナイフが飛んでくる。
マルゴンの攻撃は右を起点にしたナイフ術だった。
突き技を主体に、肘から先の角度の変化で軌道の読みにくいナイフを繰り出してくる。手首が異様に柔らかいのか、右手一本で信じられない程の連続攻撃を繰り出していた。
順手で突いてきたところを左拳で叩き落とすと、そのまま逆手に持ち替えて振り上げて来る。
それをスウェーバックで避けると、今度は順手に持ち直し、そのまま振り下ろし斬りつけて来る。
それも体を引いて躱すと、今度は手首を返し、顎を目掛けて斬り上げて来る。
そして、右の処理に意識が向くと、突然左が飛んでくる。
この左が非常にやっかいだった。
右を前に半身に構え、左は腰で隠すように構えているため、左の軌道が読みにくい。
読みにくいが、ただ溜めて真っ直ぐに振るってくるだけならば、何も問題は無い。ただの大振りだ。
だが、マルゴンは右の連続攻撃に巧みに左を織り交ぜてくる。決して大振りにならず、極めてコンパクトに振ってくる。
そして左を出す瞬間がまるで分らなかった。
どんな手品を使っているのか、一瞬のうちに距離が詰まり、左が体に触れる寸前まで迫っているのだ。
かろうじて深手は追わず避けられているが、すでに俺の両腕にはいくつもの斬り傷で血まみれだった。いつまでも躱しきれるものではない。この左を攻略しなければ、勝ち目はないだろう。
そして俺とマルゴンの身長差もあって、マルゴンの攻撃は腹と胸、そして足に集中している。
足を狙われる事は想定していた。
一度でも斬られれば機動力を失いあっという間に敗れるだろう。
絶対に食らわないよう、神経をすり減らして回避し続けていた。
そして顔に来る場合は下から突き上げてくる。
この突き上げも避けにくかった。今のところかわせているが拳で弾き辛く、どうしてもバックステップかスウェーバックを使う事になる。
そこで体制を崩され隙ができて左が来る。そして一度左が放たれると、左右のコンビネーションで必ず斬りつけられてしまう。
厄介極まりないナイフ術だった。
だが、ここまで防御に徹しマルゴンの斬撃を見た事で、右の動きには少し慣れてタイミングが掴めてきた。
「やりますねぇ!サカキアラタ!よくここまで私のナイフをかわし防ぐものです!」
心臓を狙った胸への右の突きだった。俺は左手の平をマルゴンの右肘辺りに当て、自分の体の内側へ、柔らかく、向かってくる力に逆らわず、流すように送り軌道を逸らした。
マルゴンの腕力は異常だ。内側から外へ弾こうとしても、ほとんど外す事ができない。ならば、外から内へ、力の流れに逆らわず、誘導するように外せばいい。
「なにっ!?」
マルゴンは目を見開いた。これまで力任せに弾くか、足を使い避けるかだったはずの男が、突然見せた防御術は、自分の突きの力に逆らわずして体勢を崩すものだった。
右腕を流され、前のめりに体が出たところを、俺の右ストレートがとらえた。
「オラァッ!」
振り抜いた右は、完全に真正面から捉えていた。
インパクトの瞬間の拳の入り方も完璧で最高の一撃だった。
ボクシングでは反則だが、手の平を使わせてもらった。
いかに速くてもある程度のタイミングが掴めてくれば、パーリングの応用で外から内へ流すくらい、今の俺ならできなくはない。
マルゴンは背中を床に打ち付けながら部屋の壁際まで吹き飛び、そのまま仰向けに倒れている。
これがボクシングなら、レフェリーが手を交差して試合終了だ。その確信が持てる一撃だった。
だが・・・
「サカキ・・・アラタ・・・」
仰向けに倒れたままのマルゴンから声が聞こえた。
俺は構え直し、攻撃に備えた。
マルゴンは勢いよく上半身を起こした。両の鼻穴からは血がボタボタと垂れ落ちていて、不自然に鼻筋が曲がっている事から、鼻の骨が折れている事も一目で分かった。
「・・・素晴らしい一撃でした・・・」
マルゴンは起こした上半身をそのまま前に倒し、頭が膝に付くほど屈むと、今度は勢いよく反動をつけて背中から倒れ込み、両腕も同時に床に叩きつけた。
するとマルゴンの体が衝撃で水平に浮かび上がった。
それは、3メートル以上はありそうな高い天井に、体が届きそうな程だった。
「なっ!?」
信じられない光景に、言葉を失った。
柔道の受け身のように見えたが、それでなぜ体が浮く!?
こんな事が腕力で可能なのか!?
最高点まで達すると体を一回転させ、筋肉の塊のような体のマルコスが、今度は勢いよく、まるで地震かと思う程のけたたましい衝撃を与え着地した。
足元から伝わる衝撃に姿勢を崩しそうになる。
石造りの床がマルコスの足元を中心に大きく砕けひび割れている。マルコスは左右に首を鳴らして回す。
「・・・おや?」
なにか違和感があったのだろうか。眉をひそめ口の中で舌を動かしている。
違和感の正体を突き止め吐き出した物は、マルゴンの歯だった。
「・・・上の歯が一本・・・駄目になってしまいました」
床に吐き出した自身の歯を見つめた後、マルゴンはゆっくりと俺に体全部で向き直った。
無言のまま自分の鼻筋に指を持っていくと、おもむろに曲がった鼻筋を掴み、元の位置を確認しながら合わせていく。
この間も鼻血はボタボタと垂れ落ちているが、まるで痛みを感じないかのようにマルゴンは無表情のままだった。
いつの間にか拳を握る手の平に汗をぐっしょりと掻いていた。
これまでマルゴンは、常に余裕を見せていた。大人に向かってくる子供をあやすような、常に上から余裕を持った態度だった。
だが、今、俺の目の前にいるマルゴンは全く異質だった。
以前マルゴンから感じた事のある、蛇に纏わりつかれるような気持ちの悪い不気味なプレッシャーが、体を蝕んでくる。
戦いによる汗とは、違う種類の冷たい汗が全身を伝い流れる。
まさか・・・まだ本気では無かったのか?
あの時の構えから感じたプレッシャーは、明らかに一段高いものだったが、それでもまだ本気ではなかったというのか?
やがて鼻の位置を整え終えたマルゴンは、両手のナイフを一度軽く振り血を払うと、これまでとは全く違う、殺意の炎が宿る眼差しを俺に向け、腹の底に響くような重く低い言葉を吐き出した。
「サカキアラタ・・・ここからは・・・一方的な殺し合いだ」
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