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627 魔道剣士の戦い方

リコ・ヴァリンに刺された脇腹が痛む。

やはり無理をしたようだ。感覚的に傷口が開き、血が滲んできているのも分かる。

痛みに傷を押さえたくなるが、それはできない。


アロル・ヘイモンを前にしてそんな隙は見せられないし、弱点を教える事になる。

こうして対峙しているだけでも、悪霊の気は俺の体を浸食しようと外から圧力をかけてくる。

光の力にも限りがある以上、このまま睨み合っていては俺が自滅するだけだ。


悪霊の力が無尽蔵とは思わないが、ヘイモンの様子を見る限り、時間の制限は無いように見える。

体力が続く限り使い続けられるのだとしたら、猶更俺には猶予がない。



そして浸水が進み、足首まで水が浸るようになってきた。

このままではフットワークもスピードも殺される。

ヘイモンは床に突き刺した槍の上に爪先で立っている。それを見るに、足場は選ばないのだろう。

いずれにしろ、これだけ不利な状況だ。長期戦になれば負けるのは俺だろう。


俺が勝つには、次で決めなればならない。

覚悟を決めて重心をやや前に移動させると、槍の柄の上に立つヘイモンの眉が僅かに上がり、反応を見せた。




ほぅ・・・

どうやら状況を理解したようだな?

そうだ。お前が勝つには自分から仕掛けるしか道はない。


隠しているつもりだろうが、その青白い顔色、乱れている呼吸、どこか負傷しているな?

大分血を失っているのだろう?

その状態でよくぞ立ち上がり、その光の力まで使ったものだ。


ワシには分かるぞ、その全身を覆う光は有限。時間と共に僅かに陰りが見えて来た。


対するワシの悪霊は、言ってしまえば無限。

悪霊が憑いてからも使っていたせいか、ワシ自身も悪霊と通じるようになってしまったが、悪霊の本体はあくまでも槍。槍を破壊しない限り抑える事はできんのだよ。



現状は圧倒的にワシが有利だ。

だが、この男はワシの悪霊に対抗する力を持っておる。

拳を受けて実感した。もし悪霊が護らなんだら、とても耐えきれなかっただろう。

純粋な攻撃力はワシより上だ。


そして拳が武器と言い切るだけあって、ハンドスピードは信じられん程に早い。

70年もの長きに渡り武に生きたワシが、ギリギリ反応できたくらいだ。

さっきの一発はなんとか蹴りで合わせられたが、撃ち合いでは分が悪い。


だが、これはどちらが生き残るかの戦いよ。

そして悪霊に憑かれたとしても、ワシは武人としての志まで無くしたわけではない。

ゆえにこのままサカキ・アラタの時間切れまで逃げるつもりはない!


魔道剣士の真骨頂を見せてくれようぞ!




動いたのはほぼ同時だった。


アラタは左拳を前に出しつつ、右足で床を強く蹴って飛び出した。

背後で水しぶきが大きく跳ね上がる。


狙いは数メートル先で、床に槍を突き刺しその柄に立つ老人、アロル・ヘイモン。

全長80cmの槍の上に立っている以上、上半身を狙うには飛ぶしかない。

しかし、さっきの異様なまでに遅い跳躍、軽技を見た以上、空中戦はヘイモンに分がある事は明らかだった。


・・・まるで宙に浮いているかと思うくらい、遅い跳躍だった。

だが俺が撃ったジャブに対しては、恐ろしく速い蹴りでカウンターを取ってきた。


あの跳躍の遅さに惑わされては駄目だ。そこからスピードのある攻撃を出せるという事だからな。




・・・ほぅ、真っ向から向かってきたか!

よかろう!ならば今一度味わうがいい!このアロル・ヘイモンの軽技をッツ!


槍の柄を蹴ってヘイモンは飛んだ!

正面から突っ込んでくるアラタを迎撃するように、右手にはもう1本の槍を持ち構え、アラタの心臓に狙いを付ける。



やはり跳躍は遅い。ヘイモンのジャンプを見た率直な印象だった。

そのあまりの遅さに、攻撃のタイミングが狂わされそうになる。

さっきはここでジャブを撃ってカウンターをくらった。

うかつに手を出せば、あの槍か蹴りの餌食になる事だろう。


ならばどうするか・・・!


両腕を顔の前で盾にして、体当たりをするように突っ込んだ。




なんだと?

ワシの軽技に対して、どう出てくるか期待したが、まさか・・・体当たりだと?

拳を出せば、合わせられる事を警戒してなのだろうが、まさか体当たりとはな・・・がっかりさせてくれるわ・・・


確かに体ごとぶつかれば、ワシを捕まえられるだろう。

捕まえてしまえば、軽技は意味をなさない。したがって、お前は勝てるとふんだのだろうが、この槍が見えておらんのか?


まるで猪のようにただ真っ直ぐ突っ込んできて、通用すると思っているのか?

舐められたものだな!それが貴様の底ならばここで・・・


「死ぬがいいーッツ!」


ヘイモンが声を張り上げると、右手の槍が一気に悪霊の黒い気に包まれる。

並みの人間ならばその気にあてられるだけで、動けなくなるだろう。


そのまま真正面から突っ込んでくるアラタに向け、ヘイモンは真っ直ぐに槍を突き出した。




・・・そうだよな!

当然そこは槍でくるだろう。

俺の行動になにか裏があったとしても、この状況ならそうするしかないよな!


「オラァァァァァッツ!」


「な、にぃぃぃ!?」


全身に纏っていた光を両の拳に集中させると、俺は左手でヘイモンの槍の柄を掴んだ!


刃渡りは20cmくらいだろう。刃先が胸を抉るギリギリのところだったが、ヘイモンの突きより、俺の左の方がわずかに速かったようだ。


そのまま強引に槍を引くと、当然持ち手のヘイモンもこっちに引き寄せられる。

まさか悪霊の気に包まれた槍を握られるなど、思ってもみなかったのだろう。

驚愕の表情を浮かべるヘイモンの顔面を目掛けて、俺は右の拳を打ち放った。


「オォォォォォ・・・!?」

「まさかここまで予想通りとはな、かえって驚いたわい」


一瞬前まで驚きに目を剥いていたヘイモンが、ニタリと笑った。


馬鹿め!

貴様は悪霊を突破してワシに拳を届かせたのだぞ?

槍を握る、もしくは叩き落とす、そんな可能性は十分に考慮しておるわ!


槍を封じたからと言って、ワシがそれだけだと思うか?

魔道剣士の戦いはここからが本番よ!



アラタの右がヘイモンの顔に当たるより先に、ヘイモンはいつの間にか左手に握っていた、小さな袋の中身を宙に振りまいた。


小麦粉のように白い粉に視界が遮られ、アラタは途中まで出した右拳を引き、とっさに顔の前で防御の体勢を取った。


そしてその判断は正しかった。


一瞬の後に白い粉は、連続した破裂音とともに、いくつもの小規模な爆発を繰り返した。

防御の体勢をとっていたため、ダメージ事態は大きなものではなかったが、近距離での連続した破裂音はアラタから一時的に聴力を奪い、爆発による煙幕は視界を閉ざした。


「うっ、ぐぁッ!」


耳をつんざく音に、たまらず両手で耳を塞ぐ。

鼓膜が破れたのではと感じる程に、強い痛みだった。


「ふぉっふぉっふぉっ!魔道具、炸裂煙粉さくれつけむりこなだ!威力は大きくないが、目と耳が効かんだろう?そしてぇぇぇーーーーっ!」


煙を突き破って、ヘイモンの靴底が飛び出してきた。


煙で視界が塞がれている以上、どうしても攻撃の察知が遅れてしまう。

その結果、アラタがヘイモンの蹴りを視界に捉えた時には、すでにヘイモンの右足はアラタの脇腹に突き刺さっていた。そしてそこはリコ・ヴァリンに刺された傷口でもあった。


「ッッァガッ!」


声にならない強烈な苦痛が脇腹を襲う。

ヘイモンは右の爪先をアラタの腹に突き刺したまま、左足で床を蹴って飛び上がると、そのまま左の蹴りでアラタの右側頭部を蹴り飛ばした。


「ガァッ・・・!」


決して大柄ではないが、アラタはヘイモンより20cm以上も身長がある。

体重差も軽く10キロ以上あるが、そのアラタを身長150cmにも満たないと思われる小さな老人が、蹴り一発で転がして見せた。

いかに生涯を武に捧げたと言っても、75歳の小柄な老人のパワーではなかった。


「ふぉっふぉっふぉっ、これぞ魔道具、超重ちょうじゅうの靴。瞬間的に体重の10倍まで重くなる靴だ。インパクトの瞬間に使えば、破壊力はこの通りぞな。そして、ワシはここで起きるのを待つほど親切ではないぞ。浸水も進んで来た事だ。このまま止めを刺して終わりにしよう」


すでに膝近くまで溜まってきた水の中で、ヘイモンは槍を逆手に握りアラタへと狙いを付けた。


「つぁぁぁぁーっ!」


水の中を転がされたアラタは、頭を蹴られたダメージからまだ起き上がる事ができず、ヘイモンに背を向けたまま咳き込んで水を吐き出している。


その背に向かって、ヘイモンの槍が投げつけられた。


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