607 ガラハドの最善の一手
リコ・ヴァリンを一目見てガラハドは理解した。
自分では勝つ事はできない。
帝国の実力者である事を示す深紅のマント。
その小さな体には、丸みのある肩当てと胸当て、肘から下の腕当て、膝から下への脛当てが身に着けられている。そしてそれらの装備も全て深紅に染められていた。
腰まである長く艶のある紫色の髪、そして髪と同じ紫色の瞳は、突然目の前に現れた大柄な男を観察するように見ている。
初めて見るリコ・ヴァリンは、自分の半分も生きていないだろう小柄な女だった。
だが、長年戦いに身を置いてきたガラハドは、その小さな体に秘められた驚異的な力を感じ取った。
持って生まれたものが違う。
リンジーがずいぶん恐れていたが、こうしてリコ・ヴァリンを目の前にして、その理由が分かった。
体が大きいから。腕力があるから。そんな事は問題にならない。
言うなれば戦闘におけるセンス。そのレベルが圧倒的に違っていた。
ガラハドは後ろで倒れているアラタに、チラリと目を向けた。
乗船までの七日間、ガラハドはアラタやビリージョーとも手合わせをしてきた。
アラタの技、格闘センスは目を見張る者があり、ボクシングという見た事もない素手での格闘術は、体格で大きく上回る自分を圧倒する事さえあった。
そのアラタが倒されている。
しかもリコ・ヴァリンの様子を見るに、リコ・ヴァリンは無傷だ。
つまりアラタが、一方的にボロボロにされたという事だ。
自分では勝つ事はできない。実力の差をガラハドは冷静に受け止めた。
だが・・・・・
ガラハドの武器は鉄の棒である。
およそ100cm程の長さのソレを、体格の良いガラハドは片手で軽々と操り、中心で握る事で攻撃をしながら防御の二役をこなしている。
そしてこの鉄の棒は、ただの鉄の棒ではない。先端が少し黒く汚れているが、それこそがこの魔道具、轟爆の鉄棒、の能力ゆえである。
ガラハドの体勢がやや前傾になった事を受け、対峙するリコ・ヴァリンは、ガラスの剣を右手に持ち構えた。
ガラハドの武器が鉄の棒である事は、最初に投げつけられた事で分かった。
自分の武器であるガラスの剣は、斬撃を体力の続く限り撃ち続けられるが、その薄さゆえに非常にもろく、直接の斬り合いはできない。
リコ・ヴァリンは持ち前のスピードを生かし、相手の背後に回り込み直接斬りつける事もするが、それはリコ・ヴァリンだからこそ、できる芸当である。
ガラスの剣は本来、遠距離専用の武器と言ってもいい代物であった。
そんな直接戦闘に向かいガラスの剣を構え、リコ・ヴァリンはガラハドの挑戦を正面から受けるつもりだった。
ガラハドは右足を後ろに引き、今にも床を蹴って飛び込んできそうなほどに力を蓄えている。
・・・正面から来る。
目を細め、ガラハドの動きに集中する。
狙いはガラハドの首、射程に入ったら一太刀で切り裂き葬る。
目の前のこの男もかなりの実力者だという事は分かる。だが、それでも自分が負ける事はない。
しかし、遠距離攻撃で安全圏から、時間をかけて戦う事はできない。
水を踏む足元の感触に、リコ・ヴァリンは残り時間が僅かしかない事を感じ取った。
このまま浸水が進めば足場がどんどん奪われていく。
機動力に頼った戦い方の自分が、その機動力失ってしまえば、後れを取る事はないとしても、戦いが長引き、目的を果たす事ができなくなるかもしれない。そう考えたからだ。
リコ・ヴァリンは、否が応でも短期決戦をせざるを得なかった。
「フー・・・ハー・・・」
体に溜め込んだ力を解放するかのように、ガラハドは呼吸を深く吸ってゆっくりと吐き出す。
高められた気迫がピリピリとした圧力なり、リコ・ヴァリンにぶつけられる。
・・・来る
あと一呼吸の後に目の前の大柄な男は来る
リコ・ヴァリンはガラハドのどの方向からの攻撃であっても、その全てに合わせて一太刀のもとに葬る。それだけの集中力を見せていた
これはガラハドの一世一代の大博打だった
自分ではリコ・ヴァリンには勝てない
そして後ろではアラタが倒れている
この状況でガラハドが導き出した最善手は・・・・・
「ダラァッッッツ!」
気合と共に、長年使い込んだ相棒とも言える武器、轟爆の鉄棒を投げつけた。
「!?」
様々な攻撃パターンを予想し備えていたが、棒の投擲はリコ・ヴァリンの予想に無い攻撃だった。
高速で迫りくる鉄の棒は、リコ・ヴァリンの細い体など、一撃で粉砕するだろうと思わせる勢いがあった。
だが、スピードを売りにしているリコ・ヴァリンには、予想外の攻撃だったとしても、それに対処する事は十分に可能であった。
腰を落とし、鉄の棒をくぐり抜けて斬る。それが瞬時に出した答えだった。
しかし、実行に移そうとして気が付いた。
この軌道は・・・・・足元?
確かに投げられた弾道は、腰の辺りに狙いを付けられていた。
だがそれは、小柄な自分に対して的を外さないように、胴体に狙いを付けたのかと読んでいた。
だが違う。このままでは腰どころかもっと下、爪先か足元にぶつかる軌道だ。
コントロールミス?いいや、そんな事があり得るのか?この局面で愛用の武器を投げつけておいて、そんなミスをする男が、この船に密航できるのか?
なにを狙っている!?
警戒したリコ・ヴァリンは咄嗟に一歩後ろに飛んだ。
その行動が正しかったかどうか?その答えはすぐに出た。
リコ・ヴァリンは確かに見た。
自分が一歩後ろに飛んだその時、数メートル先で鉄の棒を投げたガラハドが、口の端を上げて確かに笑うのを。それは策士が罠にハメた時のような、ニヤリとした笑いだった。
その直後、一瞬前までリコ・ヴァリンが立っていた場所で、轟音とともに大きな爆炎が上がった。
ガラハドの魔道具、轟爆の鉄棒は、一定以上の力でその先端を叩きつけると、その衝撃の度合いに応じて爆発するのだ。
まともに受けていれば、リコ・ヴァリンとて無事ではすまなかった。
足に受けていれば、少なくとも骨は砕かれ、頼りの機動力は奪われていただろう。
その意味では、回避行動を選択した事は正解と言える。
ガラハドはリコ・ヴァリンには敵わない。
だが、ガラハドが全力で逃げに徹すれば、逃げ切れない事はない。
「アラタ!逃げるぞ!」
爆炎で自分とリコ・ヴァリンの間に炎の壁ができると、ガラハドは横たわるアラタの体を担ぎ上げた。190cmの長身と鍛え抜いた肉体は、人一人を担いでもまるで負担としなかった。そしてレイチェルには及ばなかったが、ガラハドもスピードはかなりのものである。
体格に見合わない軽やかな身のこなしで、折れた柱や、散らばった瓦礫、障害物を避けながら、そのまま上の階に飛び上がった。
唯一の武器を犠牲にしての逃げの一手。
これがこの場での最善手だと判断しての行動だった。
フロアから脱出する前に、一度だけ階下に顔を向けると、リコ・ヴァリンは顔を上げて、その紫色の瞳で確かにこちらを見ていた。




