表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
588/1556

588 クラッカー

「国王陛下、こちらが特等船室です。クルーズ中は、この部屋でお過ごしくださいませ」


「ふむ、少し狭いが・・・まぁ、悪くないではないか」


ロンズデール国王、リゴベルト・カークランドは、船の最上階に用意された特等船室に一歩足を踏み入れると、ぐるりと首を回してその内装に目を向ける。


広さにして50平方メートル。部屋は寝室と区切られている。

シャンデリアの淡い光が部屋を照らし、足が沈みそうな程柔らかい絨毯が敷き詰められいる。

壁際には白い大型のソファが置かれ、窓から見える大海原を、思う存分くつろいで眺める事ができる。


「どれ・・・ん、おぉ!このソファはなかなか良いな!ふむ、ここで海を眺めながら一杯できるのは、国王の特権というヤツかな?はっはっは!おぉ、クラッカーも置いてある」


上機嫌に笑い声を上げる国王カークランド。


今年で55歳。

大臣のバルカルセルは、歳を重ねるにつれて恰幅の良い体になったが、国王は逆に年々やせ細っていた。

背も決して高くはなく、170cmもないだろう。こけた頬に、どこか危うい光を放つ黒い目、肩まで伸びた中分けの髪は、白いものと黒いものが入り混じっていた。

顎にたくわえられた髭は丁寧に切り揃えられている。


その後ろでは、護衛の兵士が数人、直立で姿勢を正し控えていた。



「・・・ところで、カーンはどうした?」


それまで上機嫌で、にこやかに笑いながら、窓から見える海に目を向けていた国王だったが、突然の低い声に、問いかけられた兵士は背筋が凍る思いだった。


国王は前を向いたままだった。

しかし、指先一つ動かさず、兵士が答えるのただ黙って待っている。


それだけだった。

そして兵士はそれがとても恐ろしかった。


「・・・カ・・・カーンさ、様は・・・み、見回りに、出ております」


カラカラに乾いた喉で、その言葉だけをやっと絞りだす。


「・・・・・・・・・・見回り?」


「は、はい!・・・ふ、不法、侵入者が、い、いるかも、しれないと、申してました・・・」



「なんで?」



「・・・は、はい?なんで・・・と、申しますと?」


単語だけ返してくる国王に、その言葉の意味を問い返す。

すると、それまで前だけを見ていた国王が、ぐるりと首を回し、兵士に顔を向けて来た。


まるで感情の宿らない、その能面のような表情に、兵士の体に走るものは恐怖だった。


「なんでお前達ではなく、カーン自らが見回りしなければならないのだ?」


「も、申し訳ありません!カーン様は、不法侵入する可能性のある者に、心辺りがあるようでして・・・自分が行くべきだと・・・」


蛇に睨まれた蛙・・・

国王の目を見た兵士は、金縛りにあったかのように、まるで体を動かす事ができなかった。

頬を、背中を伝う汗は冷たく、全身の体温を奪っていく。

呼吸が浅く荒くなり、まるで喉元に刃物を当てられ、命の選択を迫られているかのような気分だった。



「・・・・・・・・・・・・・・・それじゃあ、しかたないな。お前も食うか?クラッカー」



しばしの沈黙の後、国王はテーブルに乗っていたクラッカーを一枚取ると、兵士に向ける。



「い・・・いえ・・・わ、私は・・・」


「どうした?あぁ、そうか・・・このままでは味気ないか。お前は何が好きだ?やはりチーズか?私はアボガドと生ハムだ。もちろんチーズも好きだ。チーズとアボガドと生ハムの相性は最高だぞ。分かるか?分からないのならば今食べてみろ。ちょうどここにあるから、私が作ってやろう?」


国王は備え付けのテーブルの上に置いてある皿に、クラッカーを一枚乗せると、生ハムでくるみ、その上にチーズとアボガドを慎重に丁寧に乗せる。

まるで、完成寸前のトランプタワーの最後の頂を、緊張に震える手で崩さないように息を止めて乗せるように。


「・・・できた。さぁ、食ってみろ」


宝物を見てくれとせがむ子供のような笑顔だった。

喜びに満ちた表情で、今自分が作ったクラッカーを、その手でつまみ、顔の前に差し出してくる国王に、兵士は恐怖で固まってしまい、返事すらできなくなってしまった。




い、一体、国王はどうしてしまったんだ?

ふ・・・普通じゃない・・・


これは本当に国王なのか?


全てはカーンが来てからだ・・・

あの男が国王に近づくようになってから、国王は変わってしまった


今までの国王は、気弱で優柔不断なところもあったが、少なくともまともではあった。


だが、今自分の目の前にいるこの国王は、とてもまともな人間には見えない


この目は・・・この感情の無い目はなんだ?まるで底の見えない暗い穴倉のようだ

口から出て来る言葉はまるで呪いだ・・・

一言聞く度に、体が蝕まれるような、強烈な不快感を全身に感じる


恐ろしい・・・・・俺は本当に目の前の、この国王の形をした得体の知れない存在が恐ろしい



「・・・どうした?さっさと口を開けろ・・・・・なぜ食わん?」


「い、いえ・・・い、いただき・・・」


国王はソファーから立ち上がると、兵士の唇にクラッカーを押し当てた。

口を開ければそのまま押し込められるだろう。だが、兵士は国王を国王と思っていない。

国王の形をした、別の存在だと感じている。

そんな得体の知れない存在から、何かを口に入れられる事に、強い拒否感を覚えていた。


いっこうに口を開けない兵士に苛立ちを感じたのか、国王の目がスッと細められると、兵士もまた身の危険を感じ、クラッカーを食べるしかないのかと諦めかけた。



その時だった。



「あれはなんだ?」

「蝶・・・?」

「魔力を帯びてないか?」


他の兵士達のざわめきに顔を上げると、紫色の淡い光を放つ蝶が、ひらひらと室内を飛び回っていた。


「!?・・・陛下!敵かもしれません!お隠れ・・・おごっつ!?」



な、なんだ・・・!?



突然頬を掴まれ、それと同時に口の中に何かを入れられる。

舌に感じる塩気と甘み・・・



こ、これは・・・まさか!?



「どうだ?美味いだろ?」



兵士の頬を掴み、その口にクラッカーを押し込んだ国王は、底無し沼のように黒くよどんだ目で、兵士を見つめ、ニタリと邪悪な笑みを浮かべた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ