586 乗船
「ロンズデールの皆さん、こんにちは。ダリル・パープルズです」
大臣と言うからには、もう少し年配のイメージがあったが、思いのほか若い男であった。
おそらく40~45歳くらいだろう。白いシャツに青のドット柄のネクタイ、紺色のスーツを着ているのは、ロンズデールのカラーを意識しての事だろう。
身長は185~190cm程だろう。スーツの上からでもハッキリ分かる鍛えられた肉体は、まるでレスラーやラガーマンを思わせる。
中分けで整えられたシルバーグレーの髪は清潔感があり、目鼻立ちが高く、ニヒルな口元、シュっとした顎のライン。一言で言えばダンディな男だった。
「あれが・・・大臣?」
ハリウッドの俳優でも連れてきたのか?
本人がダリル・パープルズと言うのだから、そうなのだろうけど、俺のイメージとは正反対だ。
偏見が入っているかもしれないが、なんとなく大臣というのは老齢で、もっと生真面目なイメージだった。
しかしこの帝国の大臣は、非常に爽やかで清潔感があり、舌もよく回るようだ。
政治よりもスクリーンの方が似合いそうな男だ。
俺だけでなく、レイチェルもビリージョーさんも、みんなが意表をつかれたように目を丸くしている。
「なんとも爽やかな男ではないか。あれが帝国の大臣か?サリーよ、女の目から見て、あの色男はどうだ?」
「一般論としては高い人気を得られるでしょう。ですが私個人としては全く魅力を感じません。却下です」
「フハハハハハ!却下ときたか?ふん、サリーから票を得られぬ男が大臣などと片腹痛いわ。ビリージョーよ、あの男大した事はないぞ」
「・・・俺にはお前の基準が分からねぇよ」
「ビリージョーさん、バルデス様が認めない大臣など大臣ではありませんよ。違いますか?」
ビリージョーさんは付いていけないと言うように、軽く頭を振る。
シャクールはサリーさんを基準に考える独特の価値観を持っていて、それはどうやらサリーさんも同じようだ。
「・・・ディリアン?大丈夫か?」
ディリアンは何も言わずに強く拳を握りしめて、ただじっと帝国の大臣を・・・いや、正確にはその隣に立つ、帝国の幹部のみが着る事のできる、深紅のローブ姿の男を睨み付けていた。
「・・・あれが、ラルス・ネイリー・・・なのか?」
距離があるので目鼻立ちまでは分からないが、黒く短く縮れた髪の毛と、口周りの髭くらいは分かった。
大臣の護衛であるならば、あそこに立っているのも分かるし、聞いていた特徴と合う。
そしてなにより、ディリアンの表情が答えを告げていた。
「・・・事情は聞いている。気持ちが分かるとは言わない。けれど、今は押さえろ」
「・・・」
俺の言葉を聞いたからという訳ではないだろうが、ディリアンは視線を外すと、そのまま目を閉じて黙り込んでしまった。
「・・・お前が戦う時には、俺も協力するからな」
「・・・」
この一週間、ディリアンはなんとシャクールにしごかれていたのだ。
一週間前、サンドリーニ城に行く途中で、ディリアンが絡んで返り討ちにあっただけに、特訓の現場を見た時には驚いたものだった。しかも言い出したのはシャクールだと言う。
シャクール曰く、ディリアンは弱すぎて足手まといになるらしい。だから決行日までに少しでも底上げをしてやろうという、親切心だと胸を張って見せたのだ。
シャクールは黒魔法使いで、ディリアンは青魔法使いだから、魔法を見せて教える事はできない。
だけど魔力の操作、使い方は系統が違っても教える事ができるそうだ。
そしてシャクールは、ディリアンの魔道具についても容赦なく駄目出しをした。
悪くはないが、戦いにはとても使えないと言う。
【貴様は自分の魔道具をまるで使いこなせていない】
歯に衣着せぬシャクールだけど、決して駄目出しだけでは終わらなかった。
駄目出しした後には、改善の理論を示すのだ。
最初は反発していたディリアンだったが、シャクールの教え方には説得力があった。
それを理解したのだろう。一日が終わる頃には、不満を見せながらも大人しく従うようになっていた。
僅か一週間だったが、ディリアンにとっては大きな一週間だったろう。
「あれが・・・リコ・ヴァリン・・・・・」
俺の隣に立ったリンジーさんが、ポツリと呟いた。
「リンジーさん?」
緊張をはらんだ声に顔をむけると、リンジーさんは唇を強く結び、眉根をを寄せ、帝国の大臣の隣に立つ、もう一人の護衛の女性に目を向けていた。
腰まで伸びた長く艶のある紫色の髪。
髪と同じ紫色の瞳からは感情が読み取り難いが、周囲を警戒するように視線を巡らせている。
帝国の幹部という事を一目で分からせる深紅のマントを風になびかせ、その体には丸みのある肩当てと胸当て、肘から下の腕当て、膝から下への脛当てを身に着けている。
そしてそれらの装備も全て深紅に染められていた。
その姿から体力型だろうと思われるが、剣や槍などの武器らしい物は見当たらなかった。
「あの女の人がダリル・パープルズのもう一人の護衛か・・・リンジーさん、知ってるんですか?」
「私も直接見るのは初めてなの。だけど噂程度なら・・・・・リコ・ヴァリンと戦って生き残った者はいないらしいわ。だから、誰もその戦い方を知らないの。でも、戦って敗れた者は、いずれも切り刻まれていた事から、丸腰に見えても刃物を持っていると推測はできるわ」
「・・・短剣でも隠し持ってるって事ですかね?」
「言い切れないけど・・・多分違うと思うわ。体を真っ二つにされた死体もあったって聞いた事があるから、少なくとも短剣以上の大きさはあると思う」
つまり標準的な大きさの剣、あるいはそれに準ずる物を、隠し持っているという事が考えられる。
しかし・・・この距離ではやはり分かり辛いが、それでもあの姿でそんな物を持っているようにはとても見えない。
だとすると・・・・・
「魔道具って事は考えられませんか?隠せるくらい小さいヤツとか?」
「私もそう思うわ。リコ・ヴァリンは、なんらかの魔道具を使っている。そしてそれは一撃で相手を両断できる程に鋭い物・・・アラタ君、私は同じ体力型として、ラミール・カーンよりもあのリコ・ヴァリンの方が怖いわ・・・」
リコ・ヴァリンと戦って生き残った者はいない。
戦えば生存率ゼロ。死は免れない絶対的な殺戮者という事だ。
でも・・・リンジーさんはそう言葉を続けて、確かな強い意思の宿る瞳を俺に向けた。
「でも、私達なら勝てる!勝ってみんなでここに帰って来ましょう」
そしてニコリと笑うリンジーさん。
「・・・やっぱり、リンジーさんは笑顔が一番素敵ですね」
そう、最初に会った時からリンジーさんはいつだって笑顔だった。
最近はこんな状況だからか、あまり余裕のない表情をしている事も多かったけど、今見せてくれた笑顔は、みんなが元気になれるような、そんな優しくて素敵な笑顔だった。これがリンジーさんだ。
「あら?カチュアちゃんから私に乗り換える?」
けれど、こういう事を言うと、からかってくるのもリンジーさんだ。
いや、確かにそう捉えられてもしかたない発言だったかもしれないが・・・
「いやいや、からかわないでくださいよ。そんな事言ったらまたレイチェルに・・・」
チラリとレイチェルに顔を向けると、しっかり聞こえていたようで、視線だけで殺せそうな程に俺を睨みつけている。
「アラタ・・・キミってヤツは、そんなナンパな男だったのか?もっと一途で真面目な男だと思っていたんだが・・・・・カチュアが聞いたら悲しむだろうな」
「いや、ちょっと待ってレイチェル!そんなつもりで言ったんじゃないから!」
「おい、お前達、ふざけるのはそこまでにしておけ。長ったらしいスピーチが終わって、客が乗船して行くぞ。そろそろ俺達も動くぞ」
ビリージョーさんに叱責されて、俺達は慌てて正面に向き直った。
最初に帝国の大臣が乗船し、次に護衛の二人、そして帝国の関係者と続いて行く。
次に一等船室に入る貴族達がゆっくりと乗船して行く。
「・・・あれだけの人数だしな、全員が乗るまでにけっこうな時間がかかるだろう。焦る必要はない。俺達はゆっくりでいいから、見つからないようにだけ注意して乗り込むぞ」
ビリージョーさんの言葉に全員が黙って頷いた。
俺達は密航する。ラミール・カーン達も、俺達が来る事を警戒しているだろう。
だから細心の注意を払って行動しなければならない。絶対に見つかるわけいはいかないんだ。
なんとしても、ラミール・カーンの野望を食い止める。
いくぞ!
最後に一言、短く強く言い放ったビリージョーさんに続いて、行動は開始された。




