565 顔合わせ
翌日、ロンズデールへの出発の日。
今日から12月に入った。
外に出ると朝からしとしとと降っていた雪が、肩にかかり白く色を付ける。
空はあいにく曇っていて薄暗い。
こういう出発の日は晴れてほしいものだが、天気ばかりはどうしようもない。
今朝、カチュアと二人で、雪割りの桜の枝に雪をくっつけた。
花屋のパメラさんの話しでは、こうしておけば春には綺麗な桜が花を咲かすらしい。
俺がいない間も、カチュアは毎日ちゃんと見ておくから安心してと言ってくれた。
花が咲く時には、二人で一緒に見ようと約束をしたは絶対に守りたい。
店まではほんの1~2分の距離だ。
雪が少し積もっていて、ブーツの底が沈む感覚が足に伝わって来る。
どうやら水気のある重い雪のようだ。
昨日は寝る寸前までカチュアと沢山の事を話したけれど、今は俺もカチュアもただ降りしきる雪だけを目に映して、何も話さずに歩いている。
「・・・着いちゃったな」
「着いちゃったね・・・」
当然だが、ゆっくり歩いても、黙って歩いても目的地には着く。
店の前で二人で立ち止まる。いつもならすぐに入るのだが、今日はどうにも足が進まない。
「・・・じゃあ、入ろっか」
いつまでも立ち止まっている訳には行かないと思った時、カチュアがドアノブに手をかけて引き開けた。
もしかして元気がないのかなと思ったけど、いつもと変わらない笑顔を見て安心した。
やっぱり、悲しそうな顔、寂しそうな顔より、笑っていて欲しい。
事務所に入ると、最初に目についたのがメイドだった。
黒いワンピースに白いエプロン、アップにまとめた金色の髪には白いキャップが付いている。
シャープな顎のラインとキリっとした目、少しそばかすがあり、やや吊り上がった眉は少しキツい印象もあるけど、しっかりとした意思の強さも見て取れるかのようだった。
女性は俺達の姿を目にすると、腰を折りうやうやしく頭を下げた。
「初めまして。シャクール・バルデス様の侍女、サリー・ディルトンと申します。ロンズデールに同行させていただきますので、よろしくお願いいたします」
話しには聞いていたが、本当にメイドそのまんまだ。
突然のメイド姿の女性の挨拶に、どうしていいか分からず一瞬固まってしまったが、すぐに我に戻ると、俺も頭を下げて挨拶を返した。
「あ、えぇと、坂木新です。こちらこそよろしくお願いします」
「サリーさん、おはようございます。お久しぶりですね」
「カチュアさん、おはようございます」
俺が挨拶を済ませると、となりからカチュアが顔をのぞかせて、親し気に話しかける。
サリーさんもカチュアを知っているようで、笑顔で挨拶を返した。
そう言えば、偽国王との戦いの後、城に一泊したと聞いたな。その時に知り合ったのだろう。
「・・・貴様がサカキ・アラタか?」
カチュアとサリーさんが挨拶交わすと、その後ろから銀色の髪の男が出て来た。
「あ、はい。そうです。えっと、あなたがシャクール・バルデスさん?」
「そうだ。私がシャクール・バルデスだ。聞くところによると、貴様と私は年がそう変わらんようだな?長い旅になるかもしれん。気軽にシャクールと呼べ」
黒魔法使いと聞いていたが、クインズベリー国の黒魔法使いのローブは着ておらず、金の刺繍をあしらった白いシャツの上に、暖かなそうなダークグリーン色のロングコートを着て、黒いロングパンツを穿いている。
肩にかかりそうな、やや長めの銀色の髪は後ろに流して、額は出している。
少し線は細いが背も高く、男らしい端正な顔立ちをしている。
そしてその青い瞳は、一見冷たそうにも映るが、今は好意的に俺に向けられている。
「あ、じゃあ・・・シャクール、でいいのかな?」
「うむ。それでいい。私もアラタと呼ばせてもらう。この国最強と言われたマルコスを倒し、そしてこの国を陥れようとした偽国王をも倒した男。大男を想像していたが・・・存外普通なものだな」
めずらしいものでも見るように、上から下まで視線を送られるが、嫌な感じではない。
色眼鏡ではなく、純粋な感想からくるものだからだろう。
「アラタ君、昨日はよく眠れたか?」
「あ、ビリージョーさん、おはようございます」
シャクールがジロジロと俺を見ていると、今度はビリージョーさんが、後ろから俺の肩に手を乗せてきた。
「色々考えちゃって、熟睡とはいかなかったんですが・・・まぁ寝れました」
「そうか。まぁ、今度は長くなりそうだしな。緊張でもしたのかな。ところでカチュアとはちゃんと話したか?」
「はい。昨日二人で、留守中の事とか色々話しました。寂し想いをさせるかと思いましたけど、今朝の様子を見ると大丈夫そうですね」
ビリージョーさんがカチュアを気に掛けるのは、やはりカチュアの父親の事があってだろう。
俺の言葉を聞いてカチュアに目を向ける。少し見つめた後、また俺に顔を戻し、真剣な面持ちで口を開いた。
「アラタ君、確かにそう見えるけど、あれで内心は心配してるもんだぞ。出発の前に安心できる言葉の一つはかけてやりな」
ビリージョーさんに言われて、あらためてカチュアに顔を向ける。
今はサリーさんや、レイチェル達とリラックスした様子で会話をしている。
いつもと変わらなく見える。だけど、ビリージョーさんの言う通りかもしれない。
俺に心配をかけないように、わざと明るく振舞っているの事もあるのかもしれない。
そう思った時、自分の考えの足らなさに自己嫌悪を感じた。
なにを自分に都合良く考えていたんだろう。ちゃんとカチュアの気持ちを考えないと駄目じゃないか。
深く頷いて、分かりました。そう返事をすると、ビリージョーさんは少し笑って頷いた。
「あ、ところでもう一人、ディリアン様はいないの?」
みんなに挨拶をすませると、ふと今日一緒に行くはずの人数が足りない事に気が付く。
時計を見ると8時20分を回るところだった。
だんだん開店にもなるから、そろそろ俺達ロンズデール組は行かなければならない。
「あぁ、そう言えばまだだな。店長から話しはいってるはずなのだが・・・」
俺の疑問にレイチェルも同調の言葉を述べた時、背中超しにドアノブが回る音が聞こえ、外の冷たい風と共に、足音が室内に入って来た。
「あ~、小せぇ店だなぁ、こんなんでよく商売ができんな?レイジェスってのはここでいいのか?」
男にしては高い声に振り返る。
肩より少し長いくらいの、軽く柔らかそうな白い髪。
中性的で綺麗な顔立ちだが、周り全てを威嚇するような目付きと、機嫌の悪さを見せるように。強く寄せた眉間のシワのせいで台無しである。
背丈は165cm程度だろう。15歳という年齢を考えれば、あと10cm以上は伸びるかもしれない。
公爵家という身分だが、着ている物はとても貴族のそれには見えない。
銀色の毛のファーが付いた、黒いジップアップ式のショート丈ブルゾン。
濃いめのインディゴのデニムパンツに、底が厚く重そうなブーツを履いている。
「・・・お前がディリアンか?」
「あ?んだよてめぇ?」
時間ギリギリでやってきたディリアンに、レイチェルが前に出て何者かを問いかける。
「お前がディリアン・ベナビデスかと聞いている」
「はぁ?だったらなんだってんだよ?呼ばれたからわざわざこんなボロ屋に来てやったんだ。礼の一つでも言ったらどうなんだ?」
レイチェルの身長は160~165cmないくらいだ。ディリアンの方が少しだけ高い。
レイチェルに詰め寄ると、日本で言うヤンキーばりに顔を近づけて凄んで見せる。
「あ~・・・あの馬鹿、レイチェルの逆鱗に触れてやがる。死んだな」
ジャレットさんの呟きが俺の耳に触れ、え?と顔を向けると同時に、ディリアンの苦痛による叫び声が事務所内に響き渡った。




