558 父親の裁き
「ぐぅッ、こ、この、離さんか!」
「カチュアにも店にも手を出さないと誓え!」
顔を赤くし、歯を食いしばり、憤怒の形相でアラタを睨み付けるオズベリーだが、片手で吊るしあげられては、足をばたつかせてもがく事しかできなかった。
両手でアラタの右手を掴み引き離さそうとするが、体力型のアラタの腕力には、まるで意味をなさなかった。
「ぐぬぅッ、な、舐めるなぁッツ!」
オズベリーの両手が炎に包まれる。紅蓮に燃え上がる灼熱の炎が、アラタに向けられた時、アラタも瞬時にオズベリーの殺気を感じ取った。
オズベリーを投げ飛ばすように離し、自分もまた後ろに大きく飛び退いた。
「チッ!焼け死ねぇッツ!」
空中に投げられ、体勢もままならないながらも、オズベリーは両手をアラタに向け、練り上げた火炎の魔力をアラタに撃ち放った。
中級火魔法 双炎砲
「くっ・・・でかい!」
その大きさにアラタも目を開いた。
自分の身長にも匹敵する程の大きな炎が、目の前の獲物を喰らわんとする凄まじい勢いで迫り来る。
あらためて確認するまでもないが、ここは城内の通路である。
騒ぎを見た大勢の使用人達が、巻き込まれないようにと距離をとって成り行きを見守っている。
逃げ出さないのは、どうしていいか分からないからだろう。
それがアラタの足かせになった。
オズベリーの高い魔力で放たれた双炎砲に巻き込まれれば、魔力の低い者は一瞬で焼き殺されるだろう。
そうでなくとも、これほどの炎がぶつかって起こる被害がどれほど甚大なものか、考えるまでも無い。
躱す事はできない。
そして腕力だけで払いのけられるものではない以上、打つ手は一つしかなかった。
両の拳が光り輝く。
アラタを中心に、拳から発せられる光のエネルギーが衝撃の波動となり、風を巻き起こす。
「それが光か!ワシの双炎砲!止めれるものなら止めてみろ!」
「オォォォォォーーーーーッツ!」
右ストレートからの左フック。
二対の炎に対して、アラタが迎撃の拳を振るおうとしたその時、突如、アラタと炎の間に割り込んだ者によって、アラタの右の拳が掴まれ、目の前に迫っていた炎も一瞬にして掻き消された。
「・・・ベナビデス卿、ここは城内ですよ。何をしてるんですか?」
細く絹のように艶やかな髪が風に舞う。
一見すると線の細い優男という印象だが、アラタの右腕を掴むその握力は、体力型のアラタでさえ簡単にほどけない程の力を有していた。
静かに発せられたその言葉と、髪と同じ金色の瞳で鋭く自分を睨みつける人物を前に、オズベリー・ベナビデスは、ゆっくりと腰を上げた。
「・・・フン、誰かと思えばバリオス・・・貴様か。何をしているかだと?貴族を殺した罪人に正当な裁きを与えようとしただけだ!」
忌々し気にバリオスを睨むオズベリーだが、バリオスの左手の平から立ち昇る水蒸気に、僅かながら怯まされていた。
齢60を迎え、高齢と呼ばれるくらいに歳を重ねては来た。
公爵家の当主という立場上、自らが戦いの場に立つ事は無かったし、立つ必要も無かったのだが、オズベリーは強い魔力を持っていた。
若かりし頃にはその魔力鍛え、研鑽を積み、魔法使いとして右に並び立つ者がいない程の実力者になった。
年齢と共にいささか衰えたと言っても、その自分の双炎砲が、こんな一瞬で、あっさりと掻き消されるなど、目の前で見ても信じられない思いだった。
「正当な裁き、ですか・・・女王から説明があったはずです。トレバーが闇に呑まれた事。そして当時は王妃でしたが、女王陛下に危害を加えた事。闇に呑まれたトレバーを、あのままにできるはずもないでしょう。彼がトレバーの命を絶った事は、止むを得ない事です」
冷静に、言い聞かせるように説明口調で話すバリオスだったが、オズベリーの怒声がそれを遮った。
「やかましい!一方的な理屈で納得できるわけなかろう!トレバーはもうおらんのだ!主張ができんのだ!百歩譲ってトレバーが闇に呑まれた事が事実であったとして、なぜ戻そうと努力せんかったのだ!?殺す前にやるべき事をやれ!それすらしないで殺して貴様らの言い分だけを聞けと言うのか!?馬鹿にするな!」
口角に泡を溜めて叫び散らすオズベリー。
バリオスはアラタの手を離すと、短く、しかしハッキリと聞こえる声で呟いた。
「下がってろ」
何も口添えする事ができない。
たった一言にそれだけの重みがあった。
黙って頷き、アラタは後ろへ下がった。
「ベナビデス卿、直接的な被害はまだ出ていません。城内で攻撃魔法を使った事は見過ごせませんが、今ならまだ軽い罰ですみます。矛を収める気にはなりませんか?」
「やかましいわ!」
言うや否や、オズベリーが右腕を振るうと、バリオスの体がさっきのアラタと同様に、見えない何かに締めつけられる。
その体は外から内へと圧力をかけられ、骨を軋ませる音が聞こえてきそうなくらい、強烈に握り締められていく。
「ばーはっはっは!女王はたいそう貴様を買っているようだが、ワシの見えざる手に捕まればこんなものか!話しに聞くと見るでは、やはり違うものよなぁ、バリオス!」
狂気すら含んだ目は、もはやなりふり構う事はなかった。
これ程の問題を起こした事で、この後自分がどんな処罰を受けるかなど一寸も考えていない。
それほどの強い殺意と憎しみであった。
店長!とアラタが焦燥に満ちた声を出し、加勢に入ろうと一歩足を前に出すと、そのアラタの肩を掴み止めたのはレイチェルだった。
「待て、店長に下がっていろと言われただろ?」
「でも、このままじゃ・・・」
「店長は私の師だぞ?あの程度でやられると思うのか?」
レイチェルの黒い瞳には、心配という色は何一つとして見えなかった。
今の状況を、あの程度、と表現したが、このまま握り潰されてしまうように見えるこの状況を目にしても、レイチェルは慌てるような事態ではないと見ている。
・・・・・それほどなのか?
アラタは全身に力を入れて抵抗し、かろうじて握りつぶされる事はなかった。
レイチェルとて、あれに掴まれればおそらく逃げ出す事はできない。
だが、アラタと同じく捕まったバリオスに対し、レイチェルは顔色一つ変える事なく、余裕さえ見える態度で事を傍観している。
ウィッカー・バリオスとは、それほどなのか?
周囲の音が消え、視線がバリオスに釘付けになる。
そう・・・それは一瞬の出来事だった。
バリオスの体が一瞬光ったように見えた。
そして瞬きの後に目に映ったものは、バリオスに頭を押さえられ、冷たい床を舐めさせられているオズベリーの姿だった。
「が!あぁぁぁぁぁぁッツ!き、貴様!なにをしたァァァァッツ!?」
同じ魔法使いで、こうも腕力に差が出るものだろうか?
バリオスが少し力を加えるだけで、オズベリーの顔が床石を砕きめり込んでいく。
裂けた皮膚から流れた血液が、オズベリーの頬の下にあたる石を赤く染めていく。
「ベナビデス卿、あなたも闇に捕らわれてしまったようだ」
悲し気に目を細めると、オズベリーの頭を押さえるバリオスの右手が光り輝いた。
・・・・・光魔法、浄化
城内を震わせる程の絶叫が響き渡った




