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555 自責の念

「・・・アラタ君、一昨日、俺が話そうとした事なんだけど・・・」


馬車が動きだすと、向かいに座るビリージョーさんが、やや前傾姿勢になりながら、話しかけて来た。

この前の話しとは、ビリージョーさんの左目の義眼の事だろう。

カチュアの名前が出たところで、話しが止まってしまったが、今話してくれるようだ。


だが、レイチェルがいてもいいのかと、俺の隣に座るレイチェルに目を向けると、問題無いと言うように頷いた。


「レイチェルは秘密を守れる人間だ。それに、レイチェルも聞いておいた方がいいかもしれない。俺はこの事は誰にも話さず、墓まで持って行くつもりだった。だが、今回の偽国王の騒動で、状況が大きく変わった。アンリエール様が即位された事で、この国は本当に良い方に向かうと思う。それに、ベナビデス家のトレバーがいなくなった。闇に憑りつかれたようだが、それは失態でしかない。曲がりなりにもゴールド騎士の名を背負っていたんだからな」


ずいぶんとトレバーに対して辛辣な言葉を使うビリージョーさんに、俺は戸惑いを覚えた。

トレバーの事は、俺も良い印象は持っていない。それに俺が殺したのだから、俺が言うのもおかしな話しではあるけど、使者に対して今更こんな言葉を浴びせる必要はないのではないか?


そんな俺の心の内を察したのか、ビリージョーさんは、すまない、と一言口にした。


「嫌な気分にさせたかな。悪かった。だが、言いたくもなるんだよ・・・」


「ビリージョーさん、本当に私達が聞いていい話しなんですか?・・・辛そうですよ」


レイチェルが気遣いを見せると、ビリージョーさんは、大丈夫だ、と言って頷いた。

レイチェルはまだ心配そうに見ているが、ビリージョーさんは一つ大きく息を吐くと、話しを再開させた。



「・・・カチュアの父、ジュドーさんの事は知っているか?」


突然出てきたカチュアの父親の名前に、俺は目を開いた。


「・・・は、はい。カチュアのお祖父さん達から、聞きました。騎士団に所属していて、ある日、見回りの時に転んで岩に頭をぶつけて亡くなったって・・・」



「違う。本当はな、殺されたんだ」



俺の言葉を遮るように、ビリージョーさんは寒気すら感じる程に、冷たく低い声でそう言い切った。


そして、俺の恋人カチュアの父、ジュドーさんを亡き者にした犯人の名を口にした。



「トレバーだ。ヤツがジュドーさんを殺した」



ビリージョーさんの告げた名が鼓膜を打った瞬間、俺の心臓は大きく跳ね上がった。






「今から17年前だ・・・当時、俺は18歳、親父の下で王宮の料理人の見習いとして働いていた」


まるで昨日の事を話すように、淀みなく言葉を紡いでいる事は、それだけ鮮明に覚えていて、尚且つ今日まで毎日のように思い起こしていたからだろう。

一言一言に込められる自責の念が、ビリージョーがどれだけ苦しんでいたかをアラタ達に分からせた。


「溜まった生ごみを捨てに、城の裏の収集場に持って行こうとしたんだ。だが、その時に雨が降ってきてな、大した降りじゃなかった。ちょっと濡れるだろうけど、収集所へ行くくらいなら走ればいい。その程度の雨だ。だが、ふと思い出したんだ。そう言えば調理室の隣には、ゴミ捨ての時に雨が降っていたら使えるようにと、置き傘をがあったなって・・・・・そこで俺は、来た道を引き返して置き傘を取りに行ったんだ。ほんの1分程度の距離だ。傘を取って戻ってくる、それだけの事だった・・・」


そこで話しを一度区切ると、ビリージョーは目を伏せて押し黙った。

まるでその時の選択を悔やむように、重い息を吐く。


「・・・・・アラタ君、人生というのは、選択の連続だ。朝起きて、着替えるのが先か、顔を洗うのが先か。靴を履くのは右からか左からか。大抵の選択は人生の大筋に影響を与える事はない。あの日の俺の選択も、傘を取りに行くか、傘を取らずに走って行くか。そんなどうでもいい二択のはずだった。だが、俺はあの日傘を取りに戻った事を今日までずっと後悔している・・・・・」



影を落とす表情には深い後悔が宿っていた。

今日、この日までそれほどの重荷を見せた事のないビリージョーに、アラタはもちろん、付き合いの長いレイチェルでさえ言葉をかけられず、ただ黙って次に語られる言葉を待つしかなかった。



「傘を取った俺は、そのまま外に出てゴミ収集場へと歩いた。薄暗い天気で冷たく嫌な風に、自然と足が速くなった。さっさと捨てて戻ろう。そう思った矢先だった。角を曲がったばかりの俺のすぐ後ろから、その声が聞こえてきたんだ。威圧的で、誰かを一方的に攻め立てる胸糞の悪い話し声だった」



それがカチュアの父、ジュドー・バレンタインだった。



「・・・何事かと、角から顔半分だけ覗かせて見ると、数人の騎士を引きつれたトレバー・ベナビデスが、ジュドーさんを小突きながら、口汚く罵っていたんだ。平民が騎士団にどうのとか、そんな言いがかりとしか言えない内容でな。ジュドーさんは、何を言われても黙っていた。あの時は、なぜ何も言い返さないんだと思ったが、年を重ねた今なら分かる・・・」


そこでビリージョーの話しが止まる。

アラタとレイチェルが、どうしたんだ?と、ビリージョーを見ていると、その体が微かに震えている事が見て取れた。


「・・・妻のマリアさん、娘のカチュア・・・家族のためだ。公爵家のトレバーに口答えしてただですむはずがない。だから、ジュドーさんは家族を守るために、何を言われても黙って耐えていたんだ。強く、立派な人だ・・・俺は、情けないが勇気が出なくて、ただ黙って見ているだけしかできなかった・・・」





そこから先の話しは、アラタの頭に入ってはきたが、内容を理解しようとするよりも、胸に溜まる黒い感情に我を忘れそうになった。


カチュアの父、ジュドーは平民なのに騎士団にいる事をトレバーに疎まれていた。

因縁を付けられたその日、最初は言葉だけだったが、次第に手が出る様になり、それはエスカレートしていった。

そして最後には、トレバーに強く殴られたジュドーは、倒れた時に岩に頭をぶつけ命を失った。


トレバーはそれを事故死として処理し、真相を闇に葬った。






「アラタ!しっかりしろ!」


レイチェルに頬を張られ、アラタは目を瞬かせた。

つい今まで、怒りに捕らわれ頭が真っ白になっていた。レイチェルに頬を張られた事も、一瞬遅れてやってきた痛みで、やっと気が付いた。


「・・・レイ・・・チェル・・・」


「アラタ、気持ちは理解できるが、キミがしっかりしないでどうする?カチュアの父の話しだ。カチュアを大切に想うからこそ、辛い思いをさせたトレバーに怒りを覚えるのは分かる。だが、危なかったぞ。キミが闇に呑まれたらどうする?もう少し冷静になれ」


顔の前に指を突き付けられる。鋭く向けられる視線に、レイチェルが本気で怒っている事が分かる。


「・・・あぁ、ごめん・・・」


少し赤くなった右の頬を擦りレイチェルに謝ると、アラタはビリージョーに顔を向けた。



「・・・すまないな、二人共・・・俺がこんな話しをしたから・・・」


「いえ、大丈夫です。とても重要な話しですから。それで、続きはあるんですよね?なんで義眼になったか・・・」


申し訳なさそうに視線を落とすビリージョーに、レイチェルは話しの続きを促した。



「あぁ・・・・・ジュドーさんが、倒れた時、俺は血を見て声を出しちまったんだ。それでトレバーに見つかってな・・・・・・・刺されたんだ」


左目を押さえ、声を震わせるビリージョー。


アラタは息を飲んだ。

カチュアの父の話しでは怒りに我を忘れたが、今度は衝撃に言葉を失った。


もはやトレバーはいない。闇となったトレバーはアラタが光の力で殺したからだ。

トレバーの事は、エリザベートから色々と聞いてはいたが、アラタ自身は恨みや憎しみなどはなかった。

闇となって、襲ってきたからエリザベートを護るために戦い殺した。それだけの事だった。


だが、今はトレバーという人間に対して、ハッキリとしたい怒りと憎しみを感じていた。

ここまで誰かに負の感情を持つことは、アラタにとって初めての経験だった。



「左目を刺した後、トレバーは俺に言ったよ。もう片方の目を失いたくなかったら、今日見た事は誰にも話すなってな。公爵家の自分の力があれば、俺も俺の父もどうとでもできるって・・・・・そこで俺は意識を失った。次に目が覚めた時は城の治療室だった。王宮の白魔法使いがヒールをかけてくれたようで、痛みは消えていたが、左目に光は戻らなかった。なにがあったのかと聞かれたが、俺は何も覚えていないで通した。盗賊にでも襲われたんじゃないか?とか色々な話しがでたな・・・・・父はとても落ち込んでいた。俺は父にも申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、それ以上に・・・カ、カチュアに・・・カチュアに・・・・・」


ビリージョーの両の眼から、自責と後悔の涙が溢れた。


「お、俺は・・・ずっと、ずっと・・・我が身可愛さに、カ、カチュアに、し、真実を・・・・・俺は・・・・・うぅ・・・」


嗚咽は止まらなかった。

ビリージョーは今日までの17年、毎日苦しんできた。

レイジェスでジュドーの娘、カチュアが働いていると知った時、あの日の記憶が掘り起こされて、恐怖に眠れない夜を過ごした事もあった。


会わないほうがいいかもしれない。

会ってもどうにもならない。自分は今日までずっと口を閉ざしてきた。


一連の暴行を黙って見ていた。そんな自分は共犯と変わらないだろう。

その後ろ暗さも強かった。




「いらっしゃいませ!」



なぜ入ったのか、それは今でも分からない。


一歩店に入ると、少しクセのあるオレンジ色の髪をした少女が、薄茶色のパッチリとした瞳を向けて、明るい声で挨拶をしてくれた。



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