547 ビリージョーとファビアナ
「アラタ君達は明日帰るんだよね?」
その日、俺達は昨日と同じ宿に泊まる事にした。夕食は一緒にとろうと話して一階の酒場に集まった。
写しの鏡を入手する段取りも付いたし、後は帰ってアンリエール様に報告すれば、一先ず任務は完了である。
「はい、シャノンさんが、明日の10時までには鏡を用意しておくと言ってましたので、それをもらってから帰ります。あ、すみませんがバルカルセル大臣への報告はお願いします」
本当は、俺達ももう一度会って話した方がいいかもしれない。
だけど、こういう事態になった以上、できるだけ早く帰って報告したほうがいい。
帰りはどうしても国境の町レフェリと、ナック村に泊まる事になる。移動距離を考えれば10時には出ないと厳しい。一度サンドリーニ城に行ってから出発する事は、日没を考えれば時間的に不可能なのだ。
「大丈夫よ。帰ってから写しの鏡で連絡をくれればそれでいいから・・・今回は、本当にありがとうね」
リンジーさんは長い灰色の髪を撫で、やや俯き加減で控えめな声でお礼を口にする。
どうやら、最初の事で気が咎めているようだ。
考えてみれば、リンジーさん達は元々間者としてクインズベリーに入り、その上俺達と一戦しているのだ。しかも、俺はリンジーさんにけっこう殴られている。あの、髪を振り回した一撃は特に効いた。
こういう事を考えれば、俺達が親身に協力する程、罪悪感を感じるのかもしれない。
「わ、私も・・・本当に、か、感謝してます・・・あ、ありがとう、ございました。そ、それと・・・ほ、本当にすみませんでした」
リンジーさんの隣に座るファビアナさんは、先の折れた大きなとんがり帽子を取り、深々と頭を下げた。
なにかあると帽子で顔を隠すファビアナさんが、その帽子を取るなんて驚きだ。
それだけ反省しているという事なのだろう。
「・・・俺達、友達でしょ?だから、謝ってくれたんだし、俺はもういいですよ。あ、でも、今度クインズベリーに来て、アンリエール女王には、正式に謝罪しなければならないとは思いますけど」
「うん、それはその通りね。女王には筋を通さなければならないわ」
「は、はい・・・も、もちろんです」
二人は最初に安堵の表情を浮かべ、次に少し緊張を含んだ面持ちに変わる。
女王への謝罪と言われて、緊張するのは当然だろう。
「私ももう怒ってはいないぞ。結果的に協力体制が取れてよかった」
「レイチェルさん、ありがとう」
「あ、ありがとう、ございます・・・」
レイチェルも二人を見て、優しくそう告げる。
「そういう事だ。さ、料理も来たようだし、あとは楽しく食べようぜ」
ビリージョーさんの視線を追うと、大皿を両手に持った店員さんが、席に来るところだった。
丸テーブルに置かれる料理の数々、立ち昇る湯気と香ばしい匂いに食欲を刺激され、食べようかと、確認するようにみんなで視線を合わせる。
考えてみれば、朝から忙しくてまともな食事はとれていなかったし、11月の寒さにはこういう暖かい料理が嬉しい。
「おいおいお嬢ちゃん。魚の骨ってのはこうやって取るんだぞ」
ファビアナさんが煮魚の骨を避けながら、ちょんちょんと身をつまんで食べていると、ビリージョーさんがひょいっと皿を取りあげ、器用に背骨を外して見せた。
「ほら、背中をこうやって割いて取るんだ。簡単だぞ。ん?どうした?」
「・・・い、いえ・・・あ、その・・・」
「あ~、わかった!大丈夫だ。まだ箸に口つけてないから。汚くねぇから心配すんな」
「い、いえ・・・そ、そうじゃ、なくて・・・・・・・・・あ、ありがとうございます」
真っ赤な顔で俯きながらお礼の言葉を述べるファビアナさんに、ビリージョーさんは大口を開けて笑った。
そこからは料理の話しをしながら、もっぱらファビアナさんに話しかけている。
ファビアナさんみたいな大人しい子だと、俺はつい気を使って話してしまうが、ビリ-ジョーさんは遠慮せずにガンガン話しかけている。ファビアナさんもその方が嬉しいのかもしれない。
俺やレイチェルと話す時より、どことなく空気が柔らかく感じる。
「ふふ、ファビアナがあんなにリラックスしてるの珍しいわ。しかも知り合って2日程度なのに、ビリージョーさんて良い人なのね」
「あ、やっぱりそうですよね?なんとなくなんですけど、ファビアナさん表情が柔らかい感じしますもん」
「ビリージョーさんて、35歳だっけ?面倒見良さそうだし、あのくらい大人の方が、ファビアナには良いのかもしれないなぁ」
「え?それって・・・」
リンジーさんをまじまじと見ると、リンジーさんは内緒話しをするように、口元を隠して囁いた。
「ファビアナの旦那さんに決まってるでしょ」
思わず口の中のものを吹き出しそうになり、慌てて両手で押さえてこらえる。
ファビアナさんの旦那!?ビリージョーさんが!?
「あれ?アラタ君は反対?」
「え、いや、いきなり過ぎて、賛成も反対も・・・と言うかそういうのは本人たち次第じゃ・・・」
「私はいいと思うぞ」
それまで俺の隣で黙々と食べていたレイチェルが、これまた小声で会話に参加して来た。
向かいに座るビリージョーさんには、聞かれないように注意しているようだ。
「あら、レイチェルさんは気が合うわね」
「あぁ、彼ももう35歳だ。いい加減に身を固めていいだろう。それに身分も申し分ないと思うぞ。彼はバルカルセル大臣に、女王の食を預かると言っていたが、あれは嘘ではない。彼は元王宮仕えの料理人で、今は独立して酒場宿を営んでいる。そこにクインズベリーの王侯貴族がよく足を運んでいるんだ。もちろん女王もな。それだけ気に入られているんだよ。稼ぎも十分にある。ファビアナは王家の血を引いているようだが、彼が見劣りする事はないんじゃないか?」
「・・・ふぅん、ビリージョーさんてすごいんだ。確かにそれなら申し分ないわね。こう言ったら悪いかもしれないけど、王家の血と言っても、やっぱりファビアナの場合は公には認められてないから、強い権力があるわけじゃないの。かと言って、身分を考えずに嫁ぐ事も許されない。誰でもいいって訳にはいかないのよ。最低限の位は課せられるわ。そう考えると・・・」
リンジーさんの言葉をレイチェルが引き取り呟いた。
「ビリージョーが適任というわけか。貴族ではないが、王侯貴族に顔が効く。稼ぎもそこらの平民よりずっとあるから不自由をさせる事はないし、自営業だから長い時間一緒にいて寂しい思いもさせないし、護ってやれる。なるほど・・・・・いいじゃないか」
レイチェルは自分で言ってて、相当納得が言ったようだ。
ビリージョーさんとファビアナさんを見る目が、さっきまでとは全然違う。
本気で二人をくっつけようと思っているのか?
「本当にレイチェルさんとは意見が合うわね。あの二人、なんとかしましょう。ね?アラタ君」
「そうだな。見たところ、ファビアナは僅かながら好意を持っているように見える。ビリージョーさんは・・・年齢差を考えるとしかたないが、年の離れた妹、もしくは娘でも持ったような感じかな?ちょっと手ごわいかもしれんが、我々がファビアナの魅力を引き出してやればいい話しだ。な?アラタ」
女性二人に両サイドから顔を見つめられ、なんとも言えないプレッシャーに圧倒される。
「・・・そ、そうだね・・・」
結局俺は、無理やりくっつけるのではなく、良いところをそれとなく伝えるくらいなら協力するという事で、首を縦に振って解放してもらった。




