534 甘さ
アラタの背中に刺氷弾が突き刺さるかと思われたその時、振り返りざまにアラタは右腕を振るい、刺氷弾を叩き壊した。
「ッ!」
しかし、全弾を一撃で叩き壊す事はできず、数発は頬を、脇腹をかすめ、浅いながらもアラタに血を流させた。
偶然か?
いや、あの動きは分かっていなければできない。どうして攻撃の位置が分かった?
ミリアムは霧に身を隠しながらも、たえず動き続ける事で、自分の位置を特定される事がないように立ち回っていた。
背後からの刺氷弾は、複数発を同時に撃つ事ができるため、的が大きければ大きい程効果を発揮する。
初級の黒魔法だが、人一人を狙った場合、全身を刺し貫く恐ろしい魔法になる。
それが急所はおろか、頬と脇腹をかすめた程度の、ダメージとも呼べない程の傷しかつけられなかった事に、ミリアムは苛ただし気に唇を噛んだ。
「チッ、余計な魔力使わせてくれるね。だったらこいつでどうだ?」
ミリアムは両手を掲げると、冷気の魔力を集中させた。
頭上には、何十、何百もの氷柱が形作られる。それは周囲の温度を一斉に下げ、身震いする程の冷たさを感じさせた。
最初の爆裂弾で、効果的なダメージを与えられなかった時、ミリアムの選択肢は氷魔法に絞られた。
理由はミリアムの魔道具、霧の首飾り。
ミリアムの首から下げられているシルバーのネックレスは、魔力を霧に変える事ができる。
その効果範囲は絶大で、使用する魔力量にもよるが、数メートル先が見えない。と感じるくらいであれば、街一つを霧で覆う事も可能である。
しかし今ミリアムは、自分を中心に、数十メートルの範囲に集中して霧を出している。
それは自分の手の平でさえ、目の前に持って来なければ見えないレベルの濃霧だった。
これによってミリアムは、完全にアラタの視界を奪う事に成功した。
いや、アラタだけでなく、近くにいるリンジー、ファビアナ、ビリージョー、そして多少距離が離れてしまったが、レイチェルとガラハドも同じ条件下に巻き込まれている。
そして自分の魔力を使用しているため、この濃霧の中でもミリアムだけは霧の影響を一切受けない綺麗な視界でいられる事が、最大の強みである。
ただし氷魔法以外の、爆発魔法、風魔法、火魔法は、せっかくの霧を吹き飛ばしてしまうため、霧の首飾りを使用する時、ミリアムはあまり使う事はなかった。
数発程度で仕留められるならば別だが、今回アラタには期待したダメージは与える事ができなかった。
そのためミリアムは氷魔法一択に絞り、アラタを始末する事を選んだ。
「初級魔法だからって甘くみるヤツもいるけど、ようは使い方次第よ。全方位爆裂弾に通じる、この刺氷連弾、受けてみな!」
ミリアムが右手を振り下ろすと、上空で固められた数百にも及ぶ氷柱の半分がアラタに向けて撃ち放たれた。
・・・きた!
自分に向け放たれる殺気。アラタはそれを感じ取っていた。
ボクサー時代、アラタは相手が自分に向ける攻撃の気配を、敏感に感じ取れる事があった。
それはいつでもできる事ではない。だが、格上の相手と試合をする時、いつも以上の集中力を要求される時、それは無意識にアラタをいざなった。
そして今、視覚を奪われた絶体絶命の状況下の中で、アラタはミリアムから放たれた数百もの氷柱を全身で感じ取り、両の拳で撃ち落とした。
「なんだと!?」
驚愕するのはミリアムだった。
矢継ぎ早どころではない。
数百もの氷柱が一斉に撃ち放たれたのだ。いかにハンドスピードがあろうが、左右の拳だけで追いつくはずがない!
少なくとも半分、最低でも1/3は必ず食らう!喰らわなければならない!
「いったい・・・この男は・・・」
ミリアムは掲げている左手の上の氷柱に目を向けた。
左手の分だけでもまだ数百発は残っている。
しかし・・・今、残りのこれを放ってコイツに当てる事ができるのか!?
いいや、考えていてもしかたない!今はただ撃て!
ミリアムは左手をアラタに向けて、勢いよく振り下ろした。
迫りくる殺意の氷を、アラタは一発もその身に通さず、流れるように拳を振るい次々と叩き落としていた。
・・・・・この感覚だ・・・余計な事は考えるな・・・感覚に身を任せて拳を使えばいい・・・
この時アラタはほぼ無心だった。
一切の無駄のない動きで、ミリアムの追撃の刺氷弾さえもことごとく撃ち落とし、そのまま前に足を踏み出した。
今のアラタに、視覚でミリアムを捉えるすべはない。
しかし、自分に向けられる強烈な殺意は感じ取り、そこにミリアムがいる事を察知していた。
このままこの女を取り押さえる!アラタは強く大地を蹴った。
ミリアムは、自身の出した氷魔法によって、辺りが凍える程の寒さになっているにも関わらず、精神的発汗で、その背中を濡らしていた。
全ての刺氷弾を撃ち放った。
だが、アラタはそれら全てを撃ち落とし、こちらに向かい駆けて来る。
馬鹿な!視界を封じられているのに、あれだけの数の刺氷弾で一発もかすりさえしないのか!?不可能だ!
「くっ!このぉッツ・・・!?」
再び両手に魔力を集中させ、次の魔法を放とうとしたが、それよりも早く霧を抜け距離を詰めたアラタに、その両手首を押さえられた。
「ここまでだ」
「痛ッ!」
強い力で両手を捻られる。
ミリアムはその苦痛の顔をゆがませ、魔力を散らされてしまう。
「さぁ、この霧を解け。そしてお前達帝国が何を企んでるのか、洗いざらい吐いてもらうぞ」
顔を近づけて冷たく低い声でそう告げると、ミリアムの手首を握る力を強め、骨が折れるギリギリまで締め上げる。黙っていれば折る。暗にそう警告する。
アラタはこれで決着だと思った。
魔法使いの身柄を押さえれば、確かに普通はそれで決着である。
魔法を使おうにも、痛みにより集中できず魔力は散らされてしまう。
その認識は間違ってはいない。
しかし、それは自分の身を案じる者にだけ通じる理屈である。
いかに自分が傷つこうが、目的を優先する者にその理屈は当てはまらない。
アラタ自身もそういう行動をとる傾向があるが、他人にそれを求めない思考、優しさとも言えるが、その甘さが致命的だった。
ミリアムは追い詰められながらも口の端を上げ笑った。
痛みに大粒の汗の玉が浮かび、額から流れ落ちるが、その目は闘争心、目の前の敵、アラタへの殺意を失っていない。
「氷漬けになるがいい」
嘲笑さえ含んだその声がアラタの耳に届くか否か、ミリアムの全身から氷の魔力が放出され、自分もろともアラタを巻き添えにした渾身の上級黒魔法、竜氷縛が撃ち放たれた。




