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532 リンジーの説得 ②

リンジーさんは首を振って髪を引き戻すと、戻って来た髪先の玉を左手の平に乗せる。


あの玉で攻撃したのか!?

あんな、せいぜい子供の拳程度の大きさの玉で、ここまでの威力を出したというのか!?


実際かなり効いているが、ボクサーの習性で、どんなに辛くても自分の意思で膝をつく事はしない。

ダメージを受けている事を悟らせないために、痛む場所を押さえる事もしない。


「・・・アラタ君、痛いでしょ?倒れてくれないから、もう一度同じ攻撃をしなきゃいけないんだけど、できれば動かないでくれますか?そうすれば少しは手加減できるから。ちょっと眠っててほしいだけなの」


「・・・嫌です。リンジーさんこそ、手を引いてください。俺はあなたと戦いたくない」


微笑みながらも、悲しそうな眼を向けてくるリンジーさんの要求を、俺は首を横に振って断った。


「アラタ君、そんな甘い考えで、戦いに参加してはだめですよ・・・死ぬだけですから」


「リンジーさんこそ、俺に警告してる時点であまいんじゃないですか?」


言い返されると思っていなかったのか、リンジーさんの眉がわずかに動いた。


「リンジーさん、俺は、リンジーさんが悪人だなんて思えない。帝国の人間がいる以上、繋がってはいるんでしょうけど、なにか事情があるんじゃないんですか?」


「・・・アラタ君、あまり分かったような事は言わない方がいいですよ」


俺は本心から戦いたくはなかった。

しかし、説得を試みた俺に対して、返ってきたリンジーさんの声は、怖いくらい低く、そしてぞっとする程冷たい目で俺を見つめていた。






ボクサーであるアラタは、両の拳による攻撃への対処は、当たり前に対応できる。

そして協会でアンカハスやマルゴンとも戦い、ナイフ攻撃への対応、蹴りに対する防御方法など、実戦を得て学んだ。

しかしそれらは全て、手と足を使った攻撃手段である。


「くっ!」


髪を使った攻撃。

両手両足に加え、髪を使った攻撃は予測すらできなかった。

リンジーが頭を振る事で、髪を鞭のようにしならせ、髪先の玉でアラタに襲い掛かる。


掌打を躱し、蹴りを防ぐ。しかし、そこに挟まれる近距離からの髪の攻撃を躱す事は困難を極めた。


接近した状態で放たれるそれは、縦横無尽という言葉を体現した、攻撃種類の豊富さであった。

頭上に振り下ろされ、斜め下からすくい上げるように迫り、フックのように横から殴りかかって来る。

しかも頭で操っているのだが、首の角度を少し変えるだけで髪に変化を与え、髪の攻撃の軌道が無限の変化を見せるのだ。


「ぐぁッツ!」


驚くべきはその威力だった。

アラタは腕を使った防御を余儀なくされたが、リンジーの髪で振るわれる玉での攻撃は、一発一発が非常に重く、アラタは腕でのガード越しでも、確実に体内にダメージを蓄積させていった。


こんな小さな玉が、なぜこれほどの威力を持っているのか!?

辛うじて急所への攻撃は外しているが、このままでは腕をへし折られ、戦闘不能に追い込まれかねない。


なんらかの魔道具である事は間違いないだろう。だが、それを今考えても状況が好転するわけでもなく、そしてここまで受けて、これが直接相手にぶつけなければ効果を発揮しない物である事は分かった。であるならば、今は決定打だけは受けないように防御に集中するだけだ。






「・・・どうしてですか?」


一方的に攻め立てながら、リンジーは聞かずにいられなかった。

防戦一方。アラタは防ぎ躱すだけで、一度もリンジーに反撃をしていない。

やろうと思えばできないはずはなかった。

それだけの力量をアラタは持っている。いや、まともに戦えば、アラタは自分を凌駕する力を持っているだろう。それを分かっているからこそ、リンジーはこの状況がどうしても理解できず、アラタに向かって声を上げた。



「ここまでやられて・・・どうしてあなたは逃げる事も戦う事もしないのですか!」


リンジーの左の掌打を右腕で防ぐ。

次いで右から振るわれる、顔をねらった掌打を左手で弾く。

そのままアラタは、リンジーの両手首を掴み抑えた。



「・・・カチュアが言ってたんです。リンジーさんが困ってたら助けてあげてって・・・リンジーさん、なんで泣いてるんですか?困ってますよね?」


自分の両手首を掴むアラタの腕は、すでに無数の打撲跡で赤く腫れていた。

これだけの攻撃をしかけた相手に対して、アラタの目には、敵意はまるでなく、それどころか労わりの言葉を持って接している。


それがリンジーにはどうしようもなく辛かった。


目頭を熱くしているものは、リンジーの心の悲鳴だろう。



「リンジーさん、俺にできる事なら力になります。だから、話してくれませんか?」



いつも絶やさなかった笑顔はすでに崩れている。

苦しそうに歪ませているその表情には、今の自分のおかれている状況に対しての葛藤が見えた。


「わ・・・私は・・・・・」


「リンジーッツ!」


小さな声で心の内を話そうとしたその時、アラタとリンジーの戦いに目を光らせていた帝国の金髪の女が、警告を発するかのうように鋭く声を発した。

ビクリと体を強張らせたリンジーさんに、金髪女は低い声で言葉を続けた。


「分かってるの?帝国が本気になったら、ロンズデールがどうなるか分かってるの?あんたのとこの平和ボケした国王様に、帝国に抗う力はある?分かったらさっさとその男を黙らせなさい!」


その言葉に、リンジーは唇を噛みしめる。

捕まれた両手を振りほどこうと体に力を入れるが、自分の両手首を掴むアラタの手は、まるで固められたかのようにビクリとも動かなかった。



「・・・分かりました。あの女が全部悪いんですね?」


「え?」


すでにアラタの目は自分を見ていない。

リンジーがアラタの視線の先を追うと、これまでの優しい表情からは想像もつかない程、冷たい目で金髪の女・・・ブロートン帝国の軍人、ミリアム・ベルグフルトを見ていた。



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