519 ロンズデールからの使者 ④
「アラタ君、ちょっといいかな?」
「ん、どうしたの?」
馬車に乗ろうとすると、カチュアが呼び止めて来た。
すでにレイチェルとリンジーさんは馬車の中に入っているため、後は俺が入れば出発できるところだった。
ジャレットさん達は、カチュアが急に俺を呼び止めたので、なにかなと目を向けている。
「あのね、リンジーさんだけど・・・みんながまだ完全に信用できてないのは分かるの。昨日会ったばかりだし、しかたないって思う。でもね、昨日一緒にご飯食べて、一緒の部屋で寝て、いっぱいお話しして、私はリンジーさんは良い人だなって思ったんだ。今度またお泊りに来てねって、さっき約束したの。だから、アラタ君にもリンジーさんを信じて欲しい。もし、困ってたら助けてほしいの」
じっと俺を見るカチュアの目を見て、俺はニコリと笑って答えた。
「・・・うん、分かった。安心して。俺だって昨日握手したんだし、もうリンジーさんとは友達だよ。俺で力になれるんなら助けるさ」
「良かった。ありがとう、アラタ君」
カチュアは安心してほっと息を付いた。
「じゃあ、行ってくるね。あ、今日の夕飯は何かな?」
「まだ決めてないの。食材昨日でほとんど無くなっちゃったから、今日のお昼にモロニーマートに行ってくるよ。アラタ君、からあげ好きだもんね。からあげにしようか?」
「うん、からあげがいいな。夕飯が楽しみだよ」
そう言って俺は、カチュアとその後ろに立つみんなに、軽く手を振って馬車に入った。
「アラタ君とカチュアちゃんは婚約してるんですよね?」
「あ、はい。今回の件が落ち着いたら式を挙げようと思ってます」
馬車が動き出すと、向いに座っているリンジーさんが話しかけてきた。
俺はその事を話していないので、昨日、カチュアが寝る前にでも話したのだろう。
「素敵ですね。新婚旅行はぜひロンズデールにいらしてください。温泉もありますし、観光地としてとても人気があるんです。私、ご案内しますよ」
そう言って笑うリンジーさんは、裏表があるようにはとても見えなかった。
やはりカチュアが言うように、本当にただの良い人なのだろうか・・・
俺は軽く頭を振った。
なんで俺はこんなにリンジーさんを疑う?リンジーさんは良い人だ。
ずっと笑顔だからってそれの何が怪しい?笑顔の裏を読むなんて、俺はまだ日本にいた時の悪い癖が抜けていないのか?
【アラタ、もうちょっと笑いなよ?今のお客さん、どうもって愛想良く帰ったでしょ?ああいう時は笑顔で言葉返すもんだよ?なに「あ、はい」なんて言ってんの?まったくアラタだなぁ~」
ふと、以前ヤヨイさんに言われた言葉が思い起こされた。
「・・・はい、カチュアと相談してみます。その時は、ぜひお願いしますね」
俺は笑ってリンジーさんに言葉を返した。
笑顔には笑顔で返そう。ヤヨイさんにそう教えてもらったじゃないか。
レイチェルは何か考えているようで、ずっと馬車の窓から景色を眺めていた。
きっと、エルウィンとの事だろう。
気になるけどデリケートな話しだし、俺が口を挟める事ではない。
空気を呼んだと言うか、リンジーさんもずっと俺にだけ話しかけて、話題が尽きないようにうまく話しを広げるので、宿につくまでの間、馬車の中に沈黙が漂う事はなかった。
「・・・着いたな、降りようか」
馬車が停まり、クリスさんの宿に着いた時には、レイチェルも気持ちに整理を付けられたのだろう。
いつもと変わらない様子で、俺とリンジーさんに顔を向けた。
レイチェルは引きずるような性格だと思わないけど、切り替えが早くて内心少しほっとした。
俺とリンジーさんは、返事をして先に馬車から降りた。
「エルウィン、ここで二人合流する。中で話して来るから少し待っててくれ」
最後に馬車から降りたレイチェルは、そのままエルウィンに声をかけた。
俺がエルウィンに伝えようかと思ったのだが、レイチェルは早いうちに一度、自分からエルウィンに話しかけるべきだと考えたのかもしれない。
確かに、ああいう雰囲気になると、時間が経てばたつほど話しかけづらくなると思う。
なんでもいいから会話をして、お互いに気にして無いよ、という意思疎通はしておくべきだ。
「はい、分かりました。ここで待ってますね」
エルウィンは頭が良い。
そういうレイチェウの気持ちも察したのだろう。
声をかけられた事に、一瞬だけ驚いたように目を開いたが、すぐに笑顔を作って返事をした。
エルウィンが今、自分の気持ちとどう向き合っているかは分からないが、一先ず二人の関係が落ち着いた事に安心した。
「あら、アラタ君にレイチェルじゃない。今日はどうし・・・あ、あなた!心配しましたよ!」
宿に入ると丁度受付にクリスさんがいて、リンジーさんを見ると指をさして声を上げた。
やはり宿でも騒ぎになっていたようだ。詰め寄って来るクリスさんに、俺とレイチェルは間に入って状況を説明した。
リンジーさんの付き添いの人も、とても心配していたらしい。
それはそうだろう。暗くなってから外にいたら、トバリに喰われる事はほぼ確定なのだ。
「はぁ~、こういう事はこれっきりにしてくださいね?」
「はい。本当に申し訳ありませんでした」
リンジーさんが深々と頭を下げると、クリスさんは、じゃあお連れの方を呼んできますね。
と言った階段を上がって行った。
少し待つと、ドタバタと音を立てながら、体格の良い白髪の男性が階段を駆け下りて来た。
「あ、ガラハドー!」
「リンジー!お前いい加減にしろよ!」
リンジーさんが明るい声で手を振ると、ガラハドと呼ばれた男性はリンジーさんの顔に指を突きつけ、宿中に響き渡る大声で怒鳴りつけた。




