518 ロンズデールからの使者 ③
「・・・状況は分かった。事前連絡も無く、いきなり店に来るとは思わなかったけどね。来たものはしかたない・・・」
翌日、店に来ていたレイチェルにリンジーさんを合わせ、昨日からの状況を説明すると、レイチェルは額に手をあて天井を見上げ溜息を付いた。さすがに驚いているようだ。いや、呆れているのか。
それはそうだ。
他国の使者がふらりとリサイクルショップに来て、そこの従業員の家に泊まった。
俺がレイチェルの立場でも、何やってんだ?ってなる。
「リンジーさん、と言いましたね?私はこの店の副店長、レイチェル・エリオットです。宿にお連れの方がいらっしゃるのでしたら、まずは宿で合流してから城へ参りましょう。昨日あなたが戻らなかったから、きっと心配されてますよ。使者という立場を考えて、抜け出す事は今後おやめください」
レイチェルが苦言を呈すると、リンジーさんは、ご迷惑おかけしました。と素直に謝罪を口にした。
しかしその表情は悪びれてはいない。笑っているわけでもないのだが、穏やかな印象なのだ。
この人は昨日会った時からずっと笑顔だし、こういう時でも柔らかい雰囲気だ。
泣いたり怒ったりする事があるのだろうか?そんな疑問が頭に浮かぶ。
レイチェルも少し感じるところがあったようだが、素直に謝った事に変わりはないと判断したようで、それ以上この件についてはふれなかった。
「・・・では、さっそくですが行きましょうか。アラタ、悪いがキミも来てくれ。当事者がいた方がいい。ジャレット、店を頼むぞ。なにかあれば連絡をくれ。こういう状況になったからには、些細な事でも遠慮しなくていいからな」
「おう、分かった。レイチーも気を付けてな」
レイチェルはリンジーさんを少なからず警戒しているようだ。
それは当然だろう。
ジャレットさん達だって、リンジーさんがロンズデールの使者という事は信用しても、どういう目的でこの国に来たのかは語られていないんだ。
ただ、昨日一日一緒にいて、悪い人でない事は十分に分かった。
俺達と握手もして、ご飯の席もとても賑やかだったし、カチュアは最初からずっと好意的で一番仲良くなったのではないだろうか?
今もリンジーさんと仲良さそうに話している。
これから城に行くが、使者としてアンリエール様となにを話すのだろう?
どうか悪い話しではない事を祈ろう。
店の外にでると馬車が止まっていた。そして御者は治安部隊の見習い、エルウィン・レブロンだった。
さわり心地の良さそうな金色のふわふわした髪が特徴で、いつもニコニコしていてとても愛嬌がある。
身長は150cmあるかどうかくらいで、本人はそれを気にしている。
エルウィンには協会の戦いで、色々と助けてもらった。
その縁から、今ではレイジェスのみんなと仲良く付き合っていて、治安部隊とレイジェスの連絡係にもなっている。
「お、エルウィン!なんか久しぶりだな?元気にしてたか?」
「アラタさん!お久しぶりです!聞きましたよ!偽国王をぶっ倒したのアラタさんだって!くぅ~!やっぱアラタさんはカッケー!」
俺を見るなりエルウィンは駆けよって来て、興奮した面持ちでいかに俺がすごいかを力説し始めた。
俺の後ろに、レイチェルやリンジーさん、カチュアやジャレットさん、みんながいるのでとても恥ずかしい。
やめてくれと言うとエルウィンは、何を言ってるんですか!すごい事なんですよ!と言って俺を睨みつける。
なんで俺が注意される?おかしくないか?
「エルウィン、すまないが先にクリスさんの宿に行ってくれ。そこで合流する人がいる」
「あ、はい。分かりました。あの・・・レイチェルさん、これ・・・俺の気持ちです!」
レイチェルが行先を告げると、エルウィンは少し迷ったように俯き、その後で意を決したように顔を上げ、レイチェルに赤四つ葉を見せた。
赤四つ葉は、2cmくらいの小葉が四つ付いた草で、クインズベリーではポピュラーな植物だ。
恋愛成就で使われる植物で、エルウィンレイジェスに来る度、いつもレイチェルに持って来ていた。
また始まった。そう思って見ていると、レイチェルの様子がいつもと違う。
いつもなら優しく笑って、ありがとう、と言って受け取るのだが、今日は少し表情が硬く、受け取ろうともしない。
「・・・エルウィン、この前も話したが、もう私はキミからそれを受け取る事はできない。キミに期待をさせてしまった事は申し訳なく思う。だが、自分の気持ちに気付いた今、中途半端な事はできない」
エルウィンの好意に、レイチェルはハッキリとした断りを言葉にして告げた。
二人の間になにがあったか知らないが、どうやらレイチェルはエルウィンの気持ちに応えられないと、すでに伝えてあったようだ。
「・・・はい。承知の上です・・・でも、俺も半端な気持ちでレイチェルさんにこの花を渡していません!レイチェルさん、俺良い男になります!だから受け取ってください!」
回りの視線を一斉に受けながら、エルウィンは力強く真っ直ぐな言葉をレイチェルに伝えた。
しばらくレイチェルは黙っていたが、やがてエルウィンに背を向けて馬車の扉に手をかけた。
「・・・エルウィン、やはりそれは受け取れない。少しでもキミに希望を持たせることは不誠実だ」
そう言い残してレイチェルは馬車の中へと入って行った。
エルウィンは赤四つ葉を握り締め項垂れている。
誰も声をかけれる雰囲気ではなく、気まずい沈黙が降りる。
そんな中、なぜかリンジーさんがエルウィンに近づいて、エルウィンの頭を突然撫で始めた。
「え!?ちょっ、なに!?誰ですか!?」
エルウィンが焦った声を出し、リンジーさんの手から頭を離し後ずさる。
「思った通り、ふわふわしてとても気持ちの良い髪ですね。いつまでも撫でていたいくらいです。初めまして。私はリンジー・ルプレクト。今日はよろしくお願いします」
丁寧に会釈をするリンジーさんに、エルウィンも何と答えていいか分からない感じだったが、それでもリンジーさんがこの馬車に乗る事は理解したようだ。
「あ、えぇと・・・はい、つまり、これに乗るんですよね?俺は、エルウィン・レブロンです」
「エルウィン君ね。はい、私もこれに乗ってお城に行きますよ」
ニコリと微笑んで頷くリンジーさんは、やはり笑顔だ。
そしてまた一歩エルウィンに近づくと、今度はエルウィンの目線に合わせて腰を曲げ、もう一度優しく頭を撫で始めた。
「え、いや、その、なんで撫でるんですか?」
「エルウィン君くらいの年齢だと、誰かを好きになるとその人の事しか考えられなくて、周りが全然見えなくなるのかもしれないね。それはねしかたのない事なの。だれだって好きな人に振り向いてもらいたいよね?でもね、レイチェルさんの気持ちも考えてみようね。きっと、エルウィン君の事、すごく真剣に考えたから、ああいう態度になっちゃったんだよ。ちょっと冷たく見えるけど、思わせぶりな態度でエルウィン君に期待を持たせないで、あえて突き放すの。それってレイチェルさんもすごく辛いんだよ。エルウィン君に諦めろとは言わないよ。でも、今は気持ちを向けない方がいいと思うよ」
リンジーさんの言葉に、エルウィンだけじゃなく、いつの間にかみんな真剣に耳を傾けていた。
「じゃあ、私も馬車に乗るからよろしくね。エルウィン君」
「・・・はい、分かりました」
まだショックから立ち直ってはいないだろうけど、エルウィンの目はしっかりと前を向いていた。
どうやらリンジーさんの言葉は、エルウィンに届いたようだ。
リンジーさんは不思議な人だ。
常に笑顔で愛想がいい。それに今エルウィンにかけた言葉からも分かるように、優しい人だと思う。
けれど、なんだか掴みどころがなくて感情が読めない。
そして使者としてのリンジーさんも未知数だった。
最初、俺は使者という言葉から、壮年の男性というイメージを持った。
簡単に言えば、テレビで見た政治家達が頭に浮かんだ。
けれどまさかこんなに若い女性だとは、まったくの予想外だった。
ロンズデールは、なぜリンジーさんを使者として出したんだ?
リンジーさんはのんびりマイペーズな印象がある。
他国の女王相手に何を話すのか分からないが、仮に何らかの交渉をするとして、向いているのだろうか?
リンジーさんへの一抹の懸念が頭に残るが、今考えても答えは出ない。
レイチェルには当事者としての説明役として、同行を求められたが、他国の使者が一緒なんだ。
護衛を兼ねてと考えるべきだろう。戦いが終わったばかりと言っても気を抜いては駄目だ。
気になる事は沢山あるが、一旦それは置いておいて、自分の役目に集中しよう。
そう切り替えて俺は馬車の扉に手をかけた。




