512 レイチェルの推測
「アラタ・・・私の勘だが、店長はキミの事を知っている」
城へ向かう馬車の中で、レイチェルは窓から外を眺めながら切り出した。
「え?・・・でも俺、あの時城で初めて会ったわけで・・・それにこっちの世界に来てまだ半年も立ってないんだぜ?レイジェス以外じゃ、数える程度しか知り合いもいないし・・・」
「分かってる・・・これから話す事は私の想像でしかない。だからアラタの中にだけ留めておいてほしい。いいかい?」
いつになく真剣みのある声に、俺も反射的にイスに座り直し姿勢を正した。
レイチェルの目を見て、聞く準備ができたという態度を見せると、レイチェルは静かに言葉を発した。
「・・・私がこれまでに、店長から聞いた話しの断片を繋げただけなんだ。ただの推測にしか過ぎないし、現実的な要素は一つもない。だが、私の考えが正しければ全ての辻褄が合うんだ。先に私の出した結論から話そう・・・」
一定のトーンで淡々と語っているが、レイチェルの言葉には重みがあった。
言葉を一切挟む事ができず、俺は黙って聞いているしかなかった。
「店長の正体は、カエストゥス国の黒魔法使い・・・ウィッカー・・・」
「・・・え?」
全く予想していない名前が出て来た。
カエストゥス国の黒魔法使いであり、ブレンダン・ランデルの弟子のウィッカーという男は知っている。ジャレットさんから聞いた話しの中でだが。
だが、それは200年前に存在して人物であり、当然死んでいる。
俺の聞いたカエストゥスとブロートン帝国の戦争の話しはまだ途中だったので、話しの中ではまだ生きているが、話しの中では生きているというだけで、現実では人間は200年は生きられない。
したがって、仮に戦争で生き延びたとしても寿命なり病気なり、なんらかの要因で死んでいるはずなのだ。死んでいなければおかしい。そう言い切っていい程当たり前の事なのだ。
「・・・アラタの言いたい事は分かる。だから現実的な話しではないんだ。私の思い込みという可能性はある、いやむしろ思い込みなんだと自分でも思う。だが・・・そうでないと説明が付かない点もあるんだ。聞いてくれ・・・」
レイチェルは、店長さんがこの世界の歴史、200年前の戦争にあまりに詳しい事を疑問に思っていいるようだ。
そう言えば、今回ジャレットさんが教えてくれた話しは、そもそも店長さんがジャレットさんに話していた内容なのだ。
考えてみれば確かに詳しい、いや詳しすぎる。書物もほとんど残っていないのに、どうすればあんなに詳細に分かるというのだろう。
過去の話しに詳しい事。それも自分が当事者のように語る事がある。
「・・・200年前の戦争の主要人物を思い出してくれ。話しに聞いたウィッカーの外見に、店長が当てはまるだろ?それに店長は三系統全て使えるが、黒魔法が一番得意と言っていた。これもウィッカーと一致する」
「でも、ウィッカーは三系統全ては使えないだろ?」
俺が口を挟むと、レイチェルは分かってると言うように、うん、とハッキリ頷いた。
「そうだ。それに関しては私は想像もつかない。だから残りの戦争の歴史で、ウィッカーに何かがあった。としか言えない。そして、私はウィッカーに何かがあったと確信している。そしてその代償なのか、もしくは自ら望んでなのかは分からないが・・・店長は今日まで200年生きてきた・・・」
これが私の推察だ。そう言ってレイチェルは言葉を区切ると、俺の言葉を待つように押し黙った。
そんな事があるのか?
いや、俺は魔法のある世界だし、寿命を延ばす方法もあるのかもしれない。
「・・・魔法かなにかで、寿命を延ばす事はできたりしないの?」
「・・・私も世界の全てを知っているわけではない。そういう意味で断言はできないが、私の知る限りの知識では不可能だ」
魔法のある世界でも、人の寿命は絶対のようだ。
レイチェルがそう言うのなら、寿命を延ばす方法はおそらく存在しないのだろう。
「ふふ・・・自分で言っておいてなんだが、矛盾した考えだと思うよ。寿命を延ばす魔法はないと言っておいて、店長が200年も生きているなんてな・・・・・だが、何度考えてもそうとしか思えないんだ。何かあったんだよ・・・魔法とは違う、なにか想像だにできない力が・・・」
悲し気に笑うレイチェルに、俺は言葉を挟めなかった。
「アラタ、私の考えはおかしいと思うよ。でも・・・もしそうだったとしたら・・・辛すぎるだろ?大切な人がみんな先に行ってしまうんだ。そんな中で本当の自分を隠して200年も・・・たった一人で・・・・私は、店長の支えになりたいんだ・・・少しでも、心の空白を埋めてあげたい・・・」
レイチェルにとって店長さんは、特別な存在だと聞いた事がある。
それがどういう意味での特別か、その時は分からなかったが、さすがに俺でも今なら分かる。
レイチェルは店長さんに想いを寄せているんだ。
だから、こんなに悩んでいるんだ。
「・・・レイチェル、俺は気の利いた事言えないけど、そんなに大切に想ってくれる人がいるってだけで、けっこう救われるもんだと思うよ。レイチェルの気持ちはきっと伝わってるよ。もう支えになってるんじゃないかな?俺はそう思うよ」
「アラタ・・・うん、ありがとう」
レイチェルは小さく笑うと、また窓の外に目を向けた。
「城が見えてきたな・・・」
「あぁ・・・うわ、本当に半壊してるな・・・ひでぇや」
「ははは、そう言えばキミは戦いが終わってから見るのは初めてだったな。この距離で見るとよく分かるだろ?」
一階は大丈夫そうだが、二階と三階の一部は外壁が崩れ落ちている。特に三階はその程度が酷い。
おそらく原因は俺だ。偽国王の闇を跳ね返した時に壁まで吹き飛ばしたが、相当な範囲にまで影響があったのだろう。
「レ、レイチェル・・・三階のは俺と偽国王の戦いのせいだと思うけど・・・どうしよう?俺、城の修繕費なんてとうてい払えないぞ」
焦る俺に、レイチェルは声を上げて笑った。
「ん・・・?ぷっ、あはははは!アラタ、何を焦ってるんだい?いくらなんでもキミに請求するわけないじゃないか?考えてみなよ?キミは頼まれて戦ったんだぞ?それで壊した城の修理費を要求するなんて、そんな事アンリエール様がするわけないだろ?」
レイチェルは本当におかしいというように笑うので、それで俺も安心して胸をなでおろした。
確かにレイチェルの言う通り、頼まれて戦ったという事実はあるが、それでもあそこまで破壊してしまえば、修理費の請求はありえると思っていたからだ。
実際日本のバイトでは。職場の備品を壊した時に修理費を給料から天引きされた事もある。
そういう経験から、つい悪い方に考えてしまった。
「そ、そうか?いや、良かった・・・それなら安心だよ」
「まったく、アラタは心配症だな?まぁ、キミらしい感じもするよ。あ、着いたようだぞ」
石畳の上を走る馬車が徐々に減速して、体にかかる揺れも少なくなる。
城門の前で止まると、レイチェルが腰を上げた。
「さぁ、降りようか」




