502 ラウンド終了10秒前の拍子木
戦いは今どうなっている?
バリオスにヒールをかけてもらった後、三階に向かうバリオスに付いて行こうとしたが、血を流し過ぎたレイチェルはしばらく休んでいるように話された。
しかし、ついさっき三階で起きた大きな破壊音、その直後に外に何かが落ちて地面を大きく揺らした。
レイチェルはじっとしている事ができず、ふらつく足を叩くと駆けだした。
はやる気持ちを抑えきれず、二階から一階へと飛び降りると、そのまま正面の扉に手をかけた。
だが、ふいに呼び止められたその声に、足を止めざるを得なかった。
「そんなに急いでどこへ行くのです?レイチェル・エリオット」
「・・・マルコス、貴様・・・」
壁が崩れた事で積み上がった瓦礫の山に、マルコス・ゴンサレスは腰を掛けて、レイチェルに顔を向けていた。
上半身はほぼ裸で、かつて服だった布の切れ端が、肩や胸にひっかかっているくらいだった。
裂傷や打撲痕など、全身の至るところから見て取れるダメージが、マルコスとフェリックスの戦いの凄まじさを物語っていた。
二人の距離はほんの数メートル。お互いに一足で詰める事のできる間合いである。
それだけにレイチェルは油断なく、警戒心をあらわすように、腰に下げたナイフに手をかけた。
「おやおや、そう警戒しないでください。今の私の姿を見れば分かるでしょう?この状態であなたとやり合うつもりはありませんよ。それに、今更戦う理由もないでしょう?」
マルコスの言葉を受け、レイチェルは少し逡巡をしたが、ナイフから手を離しマルコスへ向き直った。
確かにマルコスがフェリックスと戦った事は、二階でアルベルトと戦っていたレイチェルからも見えた。
そして、今のレイチェルはバリオスからヒールをかけてもらったおかげで、傷も癒えている。
流した血が多く本調子とは言えないが、それでも今目の前にいる、満身創痍のマルコスに後れは取らない。
「それで、私を呼び止めて何か用か?急いでいるんだがな」
「いえいえ、用と言う程ではありませんよ。少し話したかっただけです。協会で一戦交えてからほんの二ヶ月程度ですが・・・ずいぶん強くなったようですね?レイチェル・エリオット」
「ふん、そんな事をわざわざ・・・いや、そうだな、私も一つ聞きたい事があった。投獄されていたお前が、どうやってここへ来た?脱獄ではないのだろう?」
私の問いはマルコスも予想していた事だったのだろう。
ニコニコと薄い笑いを浮かべたまま、もったいぶった口調で話し出した。
「えぇ、その通りです。当然でしょう?自分から進んで投獄されたのですよ?まさか脱獄なんてするわけないでしょう?レミューですよ。騎士団のラヴァル・レミューが私を出してくれたのです。いやいや、驚きましたが、理由を聞けば納得でしたよ」
「レミューが?なぜお前を・・・いや、この状況を考えれば・・・」
なぜレミューがマルコスを出した?疑問は感じたが、マルコスがフェリックスと戦ったという事実を見れば、理由はおのずと察しがついた。
「その顔、察しがついたようですね?話しが早くて助かりますよ。レイチェル・エリオット。そうです。レミューは私に、王妃様と共に戦ってほしいと協力を持ちかけてきたのです。いやいや、あなた方も参戦すると聞いて、どうしたものかと考えましたが、私も今の国王の政治には疑問を感じていましたしね。そもそも偽者だというではありませんか?レミューの人間性は知ってますしね。乗る事にしたのですよ」
「・・・なるほど、そういう事か。それで、アンカハスとヤファイはどうした?お前らは三人揃って行動してると思ったが?」
レイチェルが辺りを見回しながら問いかける。
「あの二人は城門の前です。これだけの戦闘です。ここまでの騒ぎになれば、治安部隊と騎士団が駆け付けてくるでしょう?治安部隊はカリウスが押さえるでしょうが、騎士団は国王側ですからね。主力が不在でも数は多いですから面倒なんですよ。中に入って来ないよう、城門で制圧するのが彼らの仕事ですよ」
「なるほど、治安部隊と共闘になるだろうが・・・事情が事情だ。カリウスならうまく連携をとるか。分かった・・・マルコス、お前は気に入らないが、お前がいなければアラタもここでフェリックスと戦わざるをえなかっただろう・・・今回だけは感謝する」
「・・・あなたから感謝されるとは思いませんでしたよ。レイチェル・エリオット。午後は雨でしょうかね?・・・あぁ、足を止めさせてしまいましたね。聞きたい事は聞けたでしょう?さぁ、お行きなさい」
レイチェルの顔を見たまま扉へ手を向けるマルコスに、レイチェルは軽く息をつくと、それ以上言葉を返さずに扉を開けた。
「レイチェル・エリオット、お気をつけて」
最後に、背中にかけられたマルコスの言葉に、レイチェルは反応は示さなかった。
だが、ほんの一瞬足を止めた事を見て、マルコスは小さく笑った。
「ぐ・・・うぅ・・・」
危なかった・・・あの勢いで地面に叩きつけられていたら、自分の足で立てていたか分からない。
偽国王を下にして地面に衝突したが、その衝撃は凄まじいものだった。
体が吹き飛ばされ、何度も地面を転がされてようやく止まった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
あと、どのくらいだ・・・
自分の体を纏う光が、ずいぶん弱まっている事を感じた。
かなり無茶をしたからな・・・
だが、あそこで全ての光を護りにまわさなければ、耐えられなかったかもしれない。
「フッフッフ・・・ハハハハハハ!たいしたものだなぁ・・・この俺を相手に、ここまで食らいつくとは・・・その光・・・それは、危険だな」
偽国王マウリシオは、これまで無尽蔵と思わせる程に発していた闇の瘴気が、ここにきて急速に衰えている事を感じていた。
アラタの光の拳を受ける度に闇が消滅していった。
体の内部にまで浸透するその力は、確実に偽国王の力を奪っていった。
「ふぅ・・・ここは一度引く事が賢いのだろうが・・・こいつだけは・・・」
偽国王は、十数メートル先で膝を着いているアラタに目を合わせた。
「こいつだけは、ここで確実に息の根を止めておかねばならん」
アラタの光の力は、この先確実に帝国の脅威になる。
そう確信した偽国王は、残る闇の力を全開させた。
「オォォォォォォォォーーーーーッツ!」
咆哮と共に溢れ出る闇が風を巻き起こす。闇の竜巻ともいえる瘴気が吹き荒れ、城の外壁にまで亀裂が走り出した。
「くっ・・・ま、まだこれほどの・・・けど、どうやら野郎も余裕がないみたいだな」
ラウンド終了10秒前の、拍子木が聞こえるみたいだ・・・だったら全てだしきらないと・・・
判定で逃げさせるつもりはない・・・KOだ!
体にぶつけられる闇の瘴気に対抗するように、アラタもまた体に残る光の一欠けらまで集め立ち上がった。
「そろそろ決着をつけてやる・・・」
アラタの目に映るその体の輪郭から、その男がかろうじて人間だったと分かる。
だが、その男はもはや漆黒の闇に染まり切った闇そのものだった。
闇の化身マウリシオが、アラタの前に立ちはだかった。




