490 闇の手
「しまっ・・・!」
アラタが気が付いた時にはもう遅かった。
いかに魔力が高くてもエリザベートは白魔法使い。この闇の瘴気に対抗するすべは持っていない。
アラタは光の力で盾となり、エリザベートの前に立っていた。
しかし、そのエリザベートがアラタの前に出てくれば、その身を護る物は何も無い。
結果、エリザベートは一瞬にして国王の闇の瘴気に捕らわれる事になる。
「きゃぁぁぁぁぁーッ!」
「エリザ様!」
まるで巨大な触手のように、国王の体から伸びた闇の瘴気は、エリザベートの体を巻き取るように掴むと、空中へ持ち上げて自分の隣へと引き寄せた。
「フハハハハハ、エリザベートよ、感情に流されて迂闊にこの部屋に入るとは、まだまだ子供だな。この闇を見ればいかに危険か分かるものだろうが」
瘴気で掴んだままアンリエールの隣に持って来ると、国王はエリザベートに顔を向けて、呆れたように笑い肩をすくめた。
「ぐっ!お、お母様に、な、何をした!?」
苦し気な表情で国王を睨みつけるエリザベート。
国王はエリザベートに右手の平を向けると、その手を少しだけ握るようにして見せた。
「ぐぅッツ!あぁぁぁぁーッツ!」
エリザベートを捉えている闇が、国王の手の動きに合わせて締まり、エリザベートは体を締め上げられる痛みに、金色の長い髪を振り乱し悲鳴を上げた。
「父親に向かって何という口の利き方だ。嘆かわしい。やはりお前も粛清せねばならんなぁ・・・どれ、このまま握り潰してやろうか?」
「やめろーーーッツ!」
声を上げて飛び出したアラタに、国王は余裕すら感じさせる笑みを浮かべて顔を向けた。
「フッ、やっと入って来たか。この時点で貴様の負けだ」
左手に光を集中させ、国王の顔に左ストレートを放った瞬間、アラタの体が弾き飛ばされた。
全力疾走で突っ込んだアラタは、突然目の前が暗くなったと思った次の瞬間、顔に強い衝撃を受けて空中に打ち上げられたのだ。
「ッ!ぐっ・・・な、んだ?」
体を捻り、右手を付いて着地する。
鼻から粘着性のある液体が流れ出る事を感じて、左の袖で拭う。
ボクシングの試合で鼻血は何度も流した事があるし、顔への攻撃も慣れていた。
だが今、自分がなにをされたのかは全く見えなかった。
「ふん、その拳・・・謁見の時にも見たが確かに凄まじい力だ。油断していたとはいえ、トレバーを一方的に倒すだけの事はある。だが、どれだけ強い力も届かなければ意味はない。この闇を抜けて俺に当てる事ができるかな?」
部屋全体を覆う闇の瘴気。
そして国王の体からはその身を護るように、瘴気が触手のようにうねりながら、いくつもの数を伸ばしている。
「くっ・・・」
あの触手のような闇の瘴気に弾かれたのか?
くらった感じはまるで石のように固かった。トレバーの体もタイヤのように反発力があったし、あの闇は強度を変えられるって事か?霧のように不安定に霞んで見えるが、見た目に騙されるなって事だな。
先制攻撃に対してカウンターを受けたが、アラタの頭は冷えていた。
それはこれまでのボクシングの経験、そしてマルコス・ゴンサレスとの戦いによる影響が大きかった。
アラタが光を纏い、ここまでかかった時間はおよそ30秒、時間は着々と過ぎている。
しかし、慌てて我を忘れては、勝てるものも勝てなくなる。見える勝機も見失ってしまう。
まだ時間はある・・・・・ここからだ。
アラタの目に宿る挑戦的な光を、国王もまた見て取った。
「・・・ほぅ、さすがここまで来ただけの事はある。この闇を見ても些かも気力が衰えていない。では、続けようか」
そう言い終えるなり、国王の体から伸びるいくつもの闇の触手がアラタへと襲い掛かってきた!
先が槍のように鋭い!瘴気と思って受ければ体を貫かれる!
アラタは両手に光を集中させ、頭と胸を狙った二本を弾き飛ばすと、そのまま国王に向かい駆けだした。
「ほう、やはり攻撃力はあるな。だが、残りはどう捌く?」
触手は二本だけではない。
頭上から、足元から、そして正面から、あらゆる角度から一斉に闇の触手が迫りくる!
「フッ!」
アラタは短く息を吐き出すと、足に力を入れ前へと加速した。
頭上からの触手を置き去りにし、足元を狙う触手を飛んで躱し、正面から胸を刺し貫こうと迫る触手を、腰を捻りスレスレで躱して突っ込んで行く。
「ほぅ、その身のこなし、さすがマルコスを倒しただけはある。だがな、やはりお前はこの部屋に入った時点で終わっているのだよ」
いくつもの闇の触手を躱し、今度こそアラタの拳が国王の顔を捉えたと思ったその時、突然アラタの体が強い力でその動きを封じられた。
「ぐっ!?な、なんだ!?」
両手、両足、胴体、首、その体の全てを締め上げるように掴むそれは闇の瘴気。
「俺の体から直接放った闇しか見ていない。それがお前の敗因だ。この部屋の闇はどこからきている?全て俺が出した瘴気だぞ?今ここに充満している闇は全て俺の意のままという事だ。ゆえにこの部屋に入った時点で、お前はもう積んでいたのだよ」
いまだ国王はイスに座ったまま、尊大な態度でアラタに右手の平を向けた。
エリザベートにしたように、その手を握るなりすれば、闇の瘴気が骨を砕き肉を潰し、アラタへ甚大なダメージを与えるだろう。
「死ね」
短くそう言葉にすると、国王は開いたその手を、まるで潰すように握り締めた。
エリザベートの時は、少し絞めるように半分程手を握っただけだった。それで悲鳴を上げる程の苦痛を味わったエリザベートを考えれば、今回は明らかに殺してにきていたと言える。
「ぐぅぅッ!」
自分を握り潰そうとしてくる闇の瘴気に、体中の骨が悲鳴を上げ、思わずうめき声が漏れる。
だが、アラタは自分を強く締め付ける闇の触手に、確かにダメージを受けていたが、意識を失う程ではなかった。それは一重に全身に纏う光の力のおかげと言える。
「・・・ほぅ、これに耐えるか?その光、俺の闇を手にあらがうとは大したものだ。だが、その力、無限ではあるまい?いつまでもつかな?」
予想外の防御力に関心と驚きの言葉を出すが、国王は自分の圧倒的優位な立場を理解しており、優雅とも言えるゆっくりとした動作で、左手に闇の瘴気を集めアラタへと向けた。
「トレバーの波動と一緒に考えるなよ?その光で俺の闇に耐えきれるか試してみるといい」
「くそッツ!」
この時、まだアラタに余力はあった。
国王から向けられる闇の力を見て、このまま受ければただではすまないと感じる、
だが、残りの光の力を爆発させれば、この闇の拘束を消し飛ばし、そのまま攻撃に転じる事はできる。
しかしそれは、残り2分程の活動時間をさらに大幅に減らし、その攻撃で仕留める事ができなければアラタの負け、すなわち死である。
・・・だめだ、このままじゃ死ぬ!やるしかない!
今まさに国王の手から闇の波動が撃たれそうになったその時、アラタが覚悟を決めて残りの力を爆発させようとしたその時、国王の寝室の奥の部屋の扉が開いた。
「父様!もう止めてください!」
真ん中から左右に分け、顎まで伸びた金色の髪。意志の強そうな目に端正な顔立ちは、どことなくエリザベートに似ている。
第一王子マルス・アレクサンダーが、剣を持ちその姿を見せた。
「お、にぃ、さま・・・」
闇に絞められ、息も絶え絶えの苦し気な声を出し、エリザベートはマルスへ目を向けた。
「・・・マルスか、部屋で待ってろと言ったではないか?」
前を向いたまま、ゆっくりとした口調で話す国王に、マルスは剣を向けた。
「これ以上の暴挙は見過ごせません!母様とエリザベートを離してください!」
自分に向けて明確な敵意を放つをマルスに、国王はゆっくりと振り返った。




