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489 国王の寝室

肉を潰し骨を砕く。

生身の人間の体を潰せば、そんな嫌な感触が拳から伝わってきただろう。


だが、実際にアラタの拳から伝わってきたものは、まるで圧縮したゴムを殴るような手応えが最初に来て、その後は拍子抜けするほどあっさりとトレバーの闇の体を貫通するという、まるで綿でも殴ったような、抵抗も反発も全くないものだった。


これにはアラタも驚いた。

さっきまでトレバーを殴りつけてい時は、光の拳に対抗するように、しっかりとした反発力があり、とても貫く事はできなかったからだ。


「・・・それだけ力が弱まっていたという事か?」


そう呟いて、アラタはもう一度トレバーを見下ろした。


完全に止めを刺したという事なのだろう。

トレバーの胸はアラタの光の拳によって貫かれ、大きく穴を空けられている。

そしてその穴からは、その命を終えるという事を教えるように、闇の瘴気が空中に流れ、風に散らされ消えていく。



「アラタさん・・・」


残った足場を渡り、エリザベートはアラタの後ろに立った。

悲しみを含んだその声に、アラタは振り返る。


「・・・いずれ通る道だったと思います。俺もエリザ様も・・・正しいか正しくないかは分かりません、けれど、信念を持って決めた。だから、前を向いて進みましょう」


「・・・はい、そうですね。その通りです」


目を閉じてそう言葉を口にする。

エリザベートはトレバーに対して、せめて安らかにと心の中で祈った。



「・・・さぁ、いよいよです。むこうも俺達を待ってるようですよ」


アラタは寝室に目を向けた。

トレバーが闇の波動で扉を破壊した事で、そこは大穴が開けられている。

そしてその穴からは、アラタ達の侵入を阻もうとするかのように、トレバーよりもはるかに強い闇の瘴気が滲み出ていた。


「・・・はい・・・まいりましょう」


返事をするエリザベートの声は、緊張してやや硬いものになっていた。

寝室から伸びる闇の瘴気が、エリザベートの体を蝕み始めていたからだ。


無理もない。

光の力を持ち、トレバーを圧倒したアラタでさえ、寝室から感じられる桁違いの闇の力に、まるで金縛りにあったかのように体を動かす事ができずにいたからだ。


「・・・ハァッツ!」


しかしアラタは、ここまで自分を連れて来てくれた仲間達の姿を思い起こし、気合と共に闇の呪縛を打ち消した。


体から発した光が、アラタの足に力を与え前へと進ませる。

アラタの腕を力強く振らせ、恐怖心を消し去る。


「俺の後ろにいてください。闇は俺が通しません」


「・・・はい」


エリザベートはアラタのその背を盾に、後ろについて歩を進めた。

アラタの言葉通り、アラタの体から発する光が闇を打ち消していく。つい先ほどまで体にかかっていた重く苦しい圧力が和らぎ呼吸が楽になる。



この中に偽国王がいる・・・・・

闇の瘴気は防げているが、それでもこの部屋の中にいる闇の主を想像し、緊張感がアラタの中に芽生える。いくら四勇士やゴールド騎士を倒したといっても、ここで自分が負ければ全てが終わるだろう。

絶対に負けられない。負けるわけにはいかない!そう自分に言い聞かせ、決意を新たに固めた。



この中にお父様の偽者がいる・・・・・

エリザベートもまた、緊張していた。だがそれ以上に怒りを覚えていた。

この部屋の中にいる者は父に成り代わり、国を侵略しようと企てているブロートン帝国の者だからだ。

この国のために、自分を信じて付いて来てくれたレイジェス、治安部隊、仲間達のためにも絶対に勝って見せる!気持ちを強く持ったエリザベートの心に火が付いた。


ほんの十数歩の距離だったが、寝室前につくまで、アラタとエリザベートの胸中には様々な感情が沸き起こり、たった数秒がとても長い時間に感じられた。



そして二人は闇の瘴気が渦巻く国王の寝室の前に立った。


寝室の中と外では瘴気の濃度が明らかに違っていた。

二人の立っている場所はいわば境界線。トレバーに破壊されてしまったが、扉があった場所である。

一歩足を踏み出せば、心も体も蝕む、邪悪な瘴気が渦巻く闇の腹の中。

常人では数秒も持たずに倒れ死すだろう。




「よくここまでたどり着いたな。貴様達を見くびっていたようだ。褒めてやろう」



煌びやかなシャンデリア、美しく輝く調度品が並び、見るからに柔らかく足を包み込みそうな絨毯。人一人が横になるには大きすぎるベッド。

豪華絢爛な部屋の中央に、両の腕を足の腿にだらりと乗せ、威圧するように体を前に出し、イスに腰かけているその男こそ、国王イザード・アレクサンダーⅡ世であった。


年相応に深みを持ったその声は、聞く者を平伏させる力強さに満ち、そして若かりし頃は武人として名を馳せた、歴戦の雄たる鋭い眼光。

これほどの威厳に溢れる王が偽者とは、いまだに信じられない思いだった。


その時、アラタは国王にだけ意識が向いており、見えているはずなのに反応が一瞬遅れてしまった。

しかしエリザベートは・・・娘であるエリザベートは、その姿が目に入った瞬間、我を忘れ一歩部屋へと足を踏み入れ叫んだ。


「お母様!」


国王の隣で宙に浮いているその女性は、闇の瘴気に捕まり、ぐったりと頭を下げている王妃アンリエールだった。

全く体に力が入っていないその様子からは、生きているのか死んでいるのかさえも分からない。



「入ったな?」



エリザベートが部屋に入った事を確認し、国王は口の端を持ち上げた。



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