473 レイチェル 対 アルベルト
時は少しだけさかのぼる。
ヴァンとフェンテスがフェリックスに敗れ、マルコス・ゴンサレズが姿を見せた時、二階でレイチェルと戦っていたゴールド騎士、アルベルト・ジョシュアは、レイチェルから大きく距離をとって階下を見下ろした。
「・・・あれは、マルコス・ゴンサレス・・・なぜここに?」
「マルコス・・・・・」
攻撃の手を止めたのは、アルベルトだけではない。
レイチェルもまた、ほんの僅かな可能性にも考えなかった援軍に、どう反応していいか分からずにいた。
だが、フェリックスがヴァンとフェンテスに止めを刺そうとしたところを、ナイフを投げて止めたという事実から、レイチェルはマルコスが敵ではないと判断した。
マルコスがここにいる事には様々な疑問が頭に浮かぶが、レイチェルは余計な事は考えず、今は目の前にアルベルトとの戦いに集中しなければと、軽く頭を振って雑念を払った。
「・・・どうやら、フェリックスと戦うつもりのようだ。この国最強とまで呼ばれた男だが、ゴールド騎士のフェリックス相手にどこまでやれるかな」
アルベルトは短めに揃えた顎ヒゲを摘まみ、興味深そうに一階の様子を目で追っている。
「ずいぶん余裕じゃないか?」
レイチェルが再びナイフを構え戦闘態勢に入っても、アルベルトは一階に目を落としたままだった。
少し苛立った声を発すると、アルベルトはそこでようやく顔を上げて、レイチェルに向き直った。
「・・・あぁ、こうしてても問題ないからな」
「・・・へぇ、じゃあさ・・・」
余裕を見せるアルベルトに対して、レイチェルは目を細め薄く笑う。
瞬間、レイチェルの姿が消えた。
「・・・ふん、芸の無い事だ」
背後に気配を感じ、アルベルトは振り向きざまに右手に持つ片手剣を振り抜く。
「!?」
・・・残像!?
アルベルトが背後に気配を感じた時には、レイチェルはすでにその場にはいなかった。
「どこ見てるんだい?」
「くっ!」
再び後ろを取られ、首筋を狙ったレイチェルの右のナイフを、辛うじて片手剣で受け止める。
「いい反応だね。でも、余裕を見せた割には、ちょっとギリギリだったんじゃないかい?」
「・・・レイチェル・エリオット・・・・貴様・・・」
レイチェルのナイフは、僅かにアルベルトの首筋に触れていた。
一筋の赤い血がアルベルトの首を流れる。
アルベルトの片手剣に力が入る事を感じると、レイチェルはナイフを引いて床を蹴り、後ろへ飛び退いた。
「・・・勘がいいな?」
「そりゃどうも。ねぇ、あんたの剣、さっきから気になってるだよね。なんだいそれ?」
レイチェルはアルベルトの持つ片手剣を、左手の人差し指でさした。
見た目は普通の片手剣だった。
素材は鉄だろう。刀身もデザインも取り立てて変わったものではない。
だが、レイチェルの勘が告げていた。この剣は危険だと・・・・・
「ふん・・・答える義理はない」
レイチェルの動きにアルベルトは認識を変えた。
シルバー騎士エリックとの戦いから計ったレイチェルの力は、あてにならない。
この女は自分に傷を付ける事ができる力を持っている。
侮ってはならない。
自分と同格の実力者として見るべきだと・・・
アルベルトの目付きが変わった事を察し、レイチェルもまた気を入れた。
どこか自分をあまく見ていたこれまでと違い、次の攻撃はアルベルトの本気が来る。
レイチェルは右のナイフを順手に、左のナイフは逆手に。右半身を前に構えた。
対するアルベルトも右半身を前に、右手に持つ片手剣の剣先を、レイチェルに向けて構えた。
睨み合う二人。
お互いの気のぶつかり合い、周囲の空気がビリビリと肌に突きささる。
「・・・いくぞ!」
先手はアルベルト。
構えたままの体勢で、音を発せずにまるで滑るように間合いを詰めてきた。
「なっ!?」
それはレイチェルの初めて見る歩方だった。
走るには、距離を詰めるためにはどうするか?
答えは地面を強く蹴る。
それがレイチェルの常識であり、当たり前であった。
しかし今アルベルトが見せた歩方は、全く音を出さず、そして姿勢をも崩さずに詰めて来る未知の技だった。
意表を突かれたレイチェルは、アルベルトの突きを躱しきれなかった。
片手剣の切っ先に左肩を抉られる。
真っ赤な血が飛び散り、自身の左腕を赤く染めていく。
「くっ!」
なんだ今の動きは!?初動が全く分からなかった。
構えたそのまま体制で距離を詰めて来た・・・あんな動き、店長だって使ってなかったぞ。
飛び退いてアルベルトから距離を取る。レイチェルは左腕のダメージを確認した。
抉られた左肩の傷は思ったよりも深い。
ナイフを握る事はできるが、そう何度も振るう事はできないだろう。
レイチェルの額を冷たい汗が流れ、顎を伝い床に落ちてシミを作る。
戦いはまだ始まったばかりだが、レイチェルは大きなハンデを背負ってしまう事になった。
純粋なスピードでは、レイチェルがアルベルトをはるかに凌駕する。
だが、アルベルトのこの未知の歩方は、スピードの差を埋めうるに足る技だった。
そして出足が分からなければ、レイチェルとてそう防げるものでもない。
そしてレイチェルの最も警戒しているものは、アルベルトの剣だった。
見た目は取り立てて目立つものでもない。どこにでもあるような鉄の片手剣だ。
だが、その剣から感じる強い力を、レイチェルは敏感に感じ取っていた。
あの剣にはなにかあると・・・・・
「喉を貫いてやるつもりだったが・・・初見でよく躱せたものだ。やはり貴様は侮れんな」
剣を払い、切っ先に付いたレイチェルの血を床に飛ばすと、アルベルトはその剣先をレイチェルに向けた。
くるか!?
またあの歩方で仕掛けて来る!
そう警戒し、レイチェルが右半身を前にして構えたその時、アルベルトの剣が刀身を黒く染めた。
「なんだ?あれは・・・うわっ!?」
それはあまりに突然だった。
思わず倒れこんでしまう程に左肩が急激に重くなり、レイチェルは床に手を付き、驚きに目を開いた。
「これが俺の魔道具、グラビティソードだ。この剣で斬りつけた箇所を重くする事ができる。お前は俺に斬られた時点で、すでに積んでいるんだよ」
一歩一歩、ゆっくりとした足取りで近づいてきたアルベルトは、レイチェルの前に立つと、顔の前に剣を突きつけた。
「一度だけチャンスをやろう。降伏しろ。エリザベート様を説得し抵抗を止めさせろ。外にいる貴様の仲間達もだ」
アルベルトの条件に、レイチェルは目をつむり、フッと笑いを漏らした。
「・・・なにがおかしい?」
「いやね、見当違いなんだよ」
レイチェルは左膝を着き、左手の平を床に着いてなんとか体を支えている形だった。
とてもまともに動ける状態ではなかった。
だが、レイチェルの表情は、追い詰められている者のそれではなかった。
それどころか、余裕さえ見えるその態度に、アルベルトは眉をひそめた。
「見当・・・違い、だと?」
レイチェルの言葉をそのまま返すアルベルトに、レイチェルは挑発するようにもう一度笑いを漏らした。
「フッ、言葉通りの意味だよ。あんたさ、私達の誰か一人でも命を惜しんでると思ってる?エリザ様だって、この戦いに命を懸けている。チャンスをやろうってのが見当違いなんだよ。あんたはなにも見えちゃいない。私達がなんのために戦っているか・・・曇ったあんたの目に見せてやるよ!」
左腕はまともに動かす事はできない。
まるで成人男性にでもしがみ付かれているかのような重さが、左肩の一点にだけ集まっているからだ。
だが、その重さは軸としては申し分のない安定感と言える。
レイチェルは左腕を床に着いたまま、それを起点に右足で床を蹴って体を浮かすと、そのまま右足でアルベルトの左膝を蹴り抜いた。
「グッツ!」
動きを封じたと思っていたアルベルトにとって、この体勢からの反撃は想定になかった。
そしてプレートメイルを身に纏い、膝当ても付けていても、レイチェルの蹴りを膝にまともに受けてしまったアルベルトは、立っている事ができずその場に倒されてしまう。
アルベルトが痛みに顔を歪め、レイチェルから視線を外してしまった事は、このレベルの戦いにおいて通常は致命的なミスである。
だが、レイチェルは追撃をしようにも、左肩に受けている重さによって、まともに体を動かす事ができない。
そのためアルベルトに時間を与える事になってしまう。
己の失態に気付き、すぐさまレイチェルに視線を戻して一歩距離を取る。
「おや、ずいぶん痛そうじゃないか?誰が積んでいるか、もう一度教えてくれるかい?」
「くっ・・・まさか、そのような戦い方をしてくるとはな・・・左手を軸に使うか、器用な事だ」
左膝を着き、右のナイフを構え、挑戦的に笑うレイチェル。
アルベルトは左膝をかばうように後ろに引いて、剣を突きつけた。
「俺はまだ見誤っていたようだ。レイチェル・エリオット、お前は一か所封じた程度では無力化できない。四肢の全てを封じ、その首をはねてやろう」
「やれるもんならやってみな。その前にあんたの首を飛ばしてやるよ」
ぶつかり合う二つの闘気
交差する視線
そして衝突する刃の音が鳴り響いた




