47 想定
カリウスさんとフェンテスは部屋を出る前に、ヴァンの牢に目をやり小さく頷いた。意思の確認をしたのだろう。
「美味いな・・・」
二人だけになると、壁越しにヴァンが声をかけてきた。
「あぁ、信じられないくらい美味い」
同意して言葉を返す。
「・・・フェンテスも言っていたが、俺もカリウスも、直接お前の力を見たわけじゃない。でも、毎朝俺の牢の前を通って行くお前を見て、感じるものはある。お前は俺と同じ体力型でもなにかが違う。ハッキリ何がとは言えないが、お前みたいな体力型を見たのは初めてだ」
ヴァンの言葉に、俺は口をつぐんだ。異世界から来た事は話していない。以前カチュアにも、なにか不思議な力を感じるとは言われた事があった。
俺自身は、身体能力の大幅な上昇を見て、この世界でいう体力型という事なんだと思っていたが、それだけではないのだろうか。
「カリウスもそれを感じてるんだ・・・お前ならマルコスに勝てる可能性があると思ってるんだ。だからアイツは、あれほどこだわったマルコスとの再戦を引っ込めて、お前に譲ったんだ」
ここまで信じて命運を預けてもらっているとは思わなかった。俺は自分の事ばかり話して、ヴァンやカリウスさん、フェンテスの事を同じように考えていただろうか。
「ヴァン、俺は、そんなに信用してもらっているなんて考えてなかった・・・自分の事ばかり話して、治安部隊の事を全然考えていなかった。すまない・・・」
俺が謝ると、一瞬の間があって、壁越しにいつもの含み笑いが聞こえてきた。
「クックック、なに謝ってんだよ?いいんだよそれで。お前確か22歳だったな?俺より10も若いんだ。俺から見りゃまだガキだよ。だから、自分と自分が大事な人の事だけ考えてろよ。目的は一致してんだ。だから、何の問題もねぇよ」
「でも、そんなに信用してもらって、もし俺が負けたら・・・」
「おいおい、お前何言ってんだ?ここまで来て負けたら何てボケた事言ってんじゃねぇぞ?お前が自分の事だけ考えてて悪かったって思ってんなら結果で返せ。意地でもマルコス倒して俺を隊長にしろ。余計な事考えて弱気になんじゃねぇぞ?分かったか?」
「ヴァン・・・あぁ、すまない。確かにここまで来てバカな事を言った。明日は絶対に勝つよ」
「クックック・・・カリウスも結局は治安部隊を一番に考えている。だから、自分が雪辱を果たす事より、お前に託したんだ。その気持ちを汲んでやってくれ・・・あぁ、そうだ。お前に一つ聞いておきたい事があったんだ。いいか?」
「ん?なんだ?あらたまって」
「なんで俺は呼び捨てなのに、カリウスには敬語なんだ?」
「・・・え?」
明日の戦いの事や、自分が隊長になった後の治安部隊の事かと思い、姿勢まで正して聞いたのに、あまりに予想外の問いかけに驚き、すぐに言葉を返せなかった。
「だからよ、お前、俺の事は呼び捨てじゃん?タメ口で話すし。カリウスにはなんで敬語なんだよ?アイツは俺と年一緒だぞ?」
そんな事を気にしていたのか・・・
「あ~、最初は年知らないで話したじゃん?んで、ヴァンは話しやすかったから、そのまま敬語使わずにずっと話したじゃん?年聞いた後も、今更かしこまって話すのも変だと思ってさ、もうこのままで良くない?」
「いいんだけどよ。カリウスに敬語使った後、俺にタメ口で話されると、なんか違和感はあるわ。お前、カリウスにもタメ口で話せよ」
「いやぁ、ちょっと今からは無理だな」
「・・・しょうがねぇな、分かったよ。あ、そうだもう一つあった。お前、最悪の事態も想定しておけよ?」
「最悪の事態?」
ヴァンは何気ない口調で話しているが、最悪の事態という言葉に、聞き返す俺の口調は固くなる。
「そうだ。俺らの計画が予定通りに行かなくなる可能性もあるだろ?むしろそう考えた方がいい。だから最悪の事態を常に想定して行動すれば、いざそうなった時にも対処できるんだ」
「・・・なるほど。それで、今回はどうなんだ?」
「今回考えられる最悪の事態は、俺とカリウスが間に合わず、お前が行った先の部屋でフェンテスがいない事だな。お前一人の場合だ」
「・・・それは・・・いや、無いとは言えないな。可能性はある」
「そうだろ?頭に入れておけよ。そうなったら、お前一人でやるしかない。不安にさせようとして言ってるんじゃねぇぞ?覚悟決めておけって話しだ。そうなったらお前は手首の拘束を自分で外すしかない。今の内に外し方を教えておくぞ」
それから、ヴァンに手首を縛る縄の外し方を聞き、もし最悪の事態になった時の対処と、心構えも聞かされた。とにかく落ち着く事と、開き直る事が大事だという事だった。
そうなったらそれでやるしかない。だから、心を強く持って、それでやってやると開き直れと言われた。
「俺もカリウスも絶対に駆けつけるから信じて戦え。フェンテスもきっと来る」
ヴァンは話し終わると、一晩ゆっくり頭と気持ちを整理しとけ、と最後に言った。
ガサガサと藁の上に背を乗せる音が聞こえる。どうやら横になったようだ。ヴァンはそれきり話してくる事はなかった。
自分達の都合の良い状況に必ずしもなるわけではない。ヴァンの話の通り、ヴァン達が足止めを食らい、なんらかの理由でフェンテスがいない事だって十分ありえる。
俺は言われた通りその状況を頭に入れ、考えをまとめ気持ちの整理を始めた。
回復薬を口に含み、よく噛んでゆっくりと喉に流す。少し時間が立つと、体の痛みが少し引いたように感じる。おにぎりも食べ終わると、満腹というわけではないが、久しぶりに胃も空腹感から解放され落ち着いたようだ。
俺も藁を整え寝る準備を始める。この独房にも三週間。ここで過ごす最後の夜だ。藁の山に体を預け横になる。
色々あった。まさか自分が投獄されるとは夢にも思わなかった。
取り調べで殴られ、蹴られ、暴力を受けるなんて、刑事ドラマくらいかと思ったが、自分がそうなるなんてな。
隣がヴァンで本当に良かった。ヴァンでなければ、こうはならなかった。俺一人でカリウスさんと話しができた確率はかなり低かったろう。この世界に来てから、つくづく人との出会いには恵まれていると感じた。
フェンテスとも戦わずにすむどころか、味方として共に戦えるなんて思わなかった。アイツは意外に良いヤツだから、本当に良かった。
明日の戦い、ヴァン達が間に合わなければ、フェンテスと二人で戦わねばならない。いや、それどころか俺一人の可能性だってある。その時は一人でマルゴン、アンカハス、ヤファイを相手にしなければならない。
三週間前にマルゴンに掴まれた腕を見る。あの握力、尋常ではないパワーだった。マルゴンに掴まれれば外すことはできないと考えた方がいい。加えてフェンテスと同等、あるいはそれ以上のナイフ捌きがある。
勝てるだろうか・・・あのマルゴンに・・・いや、ヴァンに言われたじゃないか、何が何でも勝たねばならない。
天井に向け拳を上げる。俺の武器はこの拳だ。これで戦うしかないし、これしかない。
「カチュア・・・俺は絶対に勝って帰るからな」
首のネックレスを握り、小さく声に出した。目を閉じると久しぶりに空腹から解放されたからか、早くも眠気が襲ってきて意識が薄れていった。夜は静かに更けていった。
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