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449 幻と実体

気付いたのはクアルトが俺の後ろに立った事だ。


この部屋は壁に一定の間隔で、外を見るための顔が入るくらいの穴が空いているが、当然天井には穴は無い。そのため陽があまり射さないから発光石を使っているのだろう。

室内は十分に明るい。


偶然ではあるが、音もなく後ろに立たれて声をかけられた事で、後ろに意識が集中して違和感に気付いた。


これだけ明るいのに影が見えない。


そこに気付けば後は簡単だ。これも幻覚なのだろう。

後ろに立ったのはクアルトの幻覚、本体は堂々と前に回り込んでいたわけだ。



「自分の幻を作る幻覚か、物より人の方が難しいと聞いた事はあるが、どうやら対象は一人だけのようだな?俺とケイト、二人組で来てなければ初手で死んでたよ」


仰向けに倒れているクアルトを見下ろす。

右腕を切断され、殴り飛ばされたクアルトは残った左腕を杖代わりにしてゆっくりと体を起こした。



「っ・・・痛っ・・・ちっ、あの状況で、よくそこまで気付いたな?」


殴りつけたクアルトの左頬の傷が急速に癒えていく。

ヒールをかけているようだ。まぁ白魔法使いだ。当然だろう。しかし、切断した右腕はどうする?



「・・・落とした右腕が気になるか?」


俺の顔色を読んだのか?しかし、体力の汗をかき、痛みに顔を引きつらせているが、右腕を切断されてもクアルトの顔には余裕がある。


「痛い・・・確かにものすごく痛い・・・本当に、よくもやってくれたね?・・・これ、なんだ?」



そう言ってかかげたクアルトの左手には、切断した右手が握られていた。







「・・・それは・・・」


切断したクアルトの右腕は、自分の真後ろに投げたはずだ。俺の背後に立ったクアルトは幻覚であり、本体は正面のこいつだ。したがって、こいつが持つ事はできないはずだ。


俺の表情から、俺の困惑を読み取ったクアルトが、口の端を歪めて笑う。


「それは・・・だって?僕の右腕に決まってるじゃないか?お前が斬り落とした腕だよ。忘れたのか?」


クアルトはそのまま右腕の切断面を合わせると、傷口に魔力を集めヒールを唱えた。


「切断された腕を繋げられるのか!?」


出血が止まり、傷口がみるみる合わさっていく。


切断された腕をたった1人で繋げるなんて、信じられない魔力だ。

不可能ではないが、通常は王宮仕えの魔法使いが数人がかりで行う治癒だ。


「しかも、これほどの速さで治癒するなんて・・・さすが、四勇士といったところか」


実際に治癒のレベルを目にして比べると、カチュアとユーリを軽く上回っている。




「・・・やあ、チャンスだったのに、治癒が終わるまで待っててくれたのかな?」


ものの数分で腕を繋ぎ終えると、すっかり余裕を取り戻したのか、クアルトは額の汗をぬぐい、俺の感じの良い笑いを見せる。


「あぁ、死んだばあちゃんの教えでな、人が準備をしている時は大人しく待ってなさいって言われて育ったんだ」


もちろん嘘だ。

俺のばあちゃんは死んでいるが、生前は短気で口やかましかった。

出かけている時に靴紐が解けると、舌打ちをされるくらいだった。


しかし、俺はクアルトに対して余裕をみせようと、適当に今思いついた嘘を口にした。

なぜそんな必要があったのか?


それはクアルトに攻撃ができなかったからだ。


腕にヒールをかけて治癒しているクアルトに、攻撃ができなかった。

それは、クアルトがあまりに無防備だったからだ。


まるで誘い込まれているかのように感じ、俺はただ黙ってクアルトの腕がつながるところを見ているしかできなかった。


だが、もししかけていたら、俺はやられていたかもしれない。


直感とは、自分を護る最後の砦だ。

この俺、ミゼル・アルバラードの自論だが、直感は馬鹿にできない。

生きるための体の感覚は決して無視してはならない。


そういう訳で攻撃はできなかったが、敵に弱みを見せる事もできない。

例え表面だけでも余裕を見せなければ、あっという間に攻め入られるからな。



「ほぅ・・・それは素敵なお婆さんだ。ぜひ、ご存命の時にお会いしたかったよ」


「あぁ、俺も合わせてやりたかったよ。ばあちゃんは聡明で心が広かったからな、てめぇみたいな捻くれたガキは更生してくれただろうな」


もちろん嘘だ。

ばあちゃんは短絡的で、心は瓶のキャップ程度の容量しかない。

ただ、更生に関しては本当だ。おそらくこいつなんかは、往復ビンタを顔が腫れあがる程くらわせてやっただろう。



「ふっふっふ・・・お前はなかなか愉快なヤツだな?国賊で無ければ、暇つぶしの相手くらいにはさせてやっても良かったんだが、あいにくそうもいかないのでね。そろそろ死んでもらおうか」


「やってみろ。俺にお前の幻覚は通用しないぜ」



「幻覚?・・・四勇士たる僕が、幻覚しか使えないと思っているのならおめでたいものだ。どうせ死にゆくのだから見せてやろう、これが僕の魔道具、分影ぶんえいの首飾りだ!」


クアルトはパーカーの腹ポケットから、赤い紐に赤い石が付いた首飾りを取り出すと、自分の首にかけて魔力を流し始めた。



「・・・な、んだと!?」



「ふっふっふ、最初に教えておこう。こいつらは全て実体だ。ただし痛みは感じない、だから行動不能になるまで標的、つまりお前を狙い続ける。魔法使いのお前に躱しきれるかな?」



目の前にはクアルトと全く同じ人間、つまりクアルトの分身が、ざっと見ただけでも十人以上は立ち並び、俺にナイフを向けていた。



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