406 カチュアの家へ ①
「おぉー・・・アイツ速ぇな!」
リカルドが眉の上に手をかざし、感心したように声を上げた。
「あぁ、エリザを背負っても体の軸が全くブレていない。それであの速さか、やはり相当な使い手だな。味方で良かったよ。敵としてはあたりたくないな」
エリザベートとリーザの姿が見えなくなると、それぞれが事務所へと戻って行った。
時刻は5時を少し過ぎたばかりで、店の開店にはまだ三時間以上ある。
「あー、ハラ減った!カチュア~、なんか作ってくれよぉー」
リカルドは事務所のイスに腰を下すなり背伸びをして空腹をアピールする。
カチュアはしかたないなと言うようにクスリと笑った。
「まったくリカルド君は・・・う~ん、ここじゃ作れないから、アラタ君の家に行ってなにか作って来てあげるよ。アラタくん、いいかな?」
「ん、あぁもちろんいいよ。俺も一緒に行くよ」
アラタとカチュアが外へ出ようとすると、シルヴィアとケイトが呼び止めた。
「二人とも待って、私も行くわ。せっかくだからみんなの分を作りましょう」
「アタシも行くよ。待ってても暇だし、みんなで作った方が早いでしょ」
カチュアが嬉しそうに、うん!と頷くと、シルヴィアとケイトと三人で、何作ろうかと和気あいあい話し出した。
「あぁ、ちょっと待ってくれ。全員いるうちに言っておく事があるんだ」
アラタ達が外へ出ようとすると、レイチェルが手を挙げて少し大きな声を出し注目を集めた。
全員の目が自分に向いた事を確認すると、レイチェルはアラタとカチュアに手を向ける。
「今日の勤務だけど、アラタとカチュアは休みにした。理由はカチュアの家に行って結婚の許可を貰ってくるためだ。今回の件で、この先いつ王妃様から連絡が入るか分からなくなったからな。行けるうちに行かせてやりたいんだ。急ですまないが了承してほしい」
レイチェルの言葉が終わると、アラタとカチュアも全員に向けて話し始めた。
「みんな、ごめん。こっちの都合で悪いんだけど、俺も行けるうちに行きたいんだ」
「急でごめんなさい。戻ってきたら、お仕事頑張るから」
アラタとカチュアが頭を下げると、ジャレットが座っていたイスから腰を上げた。
「おまえらなぁ、なに畏まってんだ?そんな大事な用事なら気にしねぇで行って来いよ。むしろよ、俺はいつ行くんだって思ってたくらいだぜ」
「ジャレットさん・・・ありがとうございます!」
アラタが笑ってお礼を口にすると、ジャレットも右手を前に出して親指を立て、やたら白い歯を見せて笑った。
「そうそう、アタシも同じ意見。まぁ、あんまり早過ぎてもおじいちゃん達も困るでしょ?朝食が終わってからでいいんじゃない?」
「そうね。誰もそんな事で怒らないわよ。うふふ、やっと一歩前進ね。結婚の話しが出てるのに、なかなか進まないからこっちが気にしてたくらいよ」
ケイトとシルヴィアも笑顔を見せると、カチュアも、ありがとう、と微笑んだ。
「シルヴィアさんはやっぱりパンなんですね」
アラタの家で女性三人が朝食作りをしている。
人数が多く、店の事務所で食べるので、手に取りやすい物を作っているのだ。
レタスとトマトと卵を手際良くパンに挟んでいく。
「ふふ、やっぱりって、アラタ君、私がパンしか作れないと思ってるの?」
シルヴィアがチラリとアラタに目を向けると、アラタは慌てた様子で顔の前で手を振った。
「や、やだなぁ、違いますよ!そういう意味じゃないです!」
「あはは、冗談よ冗談。私ね、パン以外も作れるのよ。パエリアだってドリアだって作れるし、パスタソースも自分で一から作れるわ。リカルドは、私がパンしか食べないと思ってるみたいだけど、家ではちゃんとバランスの良い食事をしてるのよ?」
「え?・・・じゃあ、なんでリカルドにパンばっかり渡すんですか?あいつ米が食べたいってシルヴィアさんに言ってるんですよね?」
「だって、美味しいパンを食べてほしいじゃない!」
少し丸みのある青い瞳を楽しそうに細め、満面の笑顔を見せるシルヴィア。
ウェーブがかった白に近い金色の髪が朝日を浴びて綺麗に輝く。
「・・・・・あ、はい・・・そうですよね」
何言ってんですか?と、口をついて出そうになった言葉を、アラタは身の危険を感じ飲み込んだ。
・・・すまんリカルド。
アラタは心の中でリカルドに謝った。
シルヴィアがサンドイッチを、カチュアとケイトがおにぎりとゆで卵を作り終えると、昨晩も使った大き目のバスケットに入れてアラタが両手で持ち運ぶ。
「アラタ君、荷物持ちさせてごめんね」
外に出ると朝日も昇りすっかり明るくなっていた。少し冷たい風が頬を撫で、秋から冬へと季節が移り始めている事を感じる。
「いや、このくらいなんでもないよ。俺カチュア達が作ってるの見てただけだし」
「アラタは優しいな。ま、ジーンも負けてないけどね」
ケイトが冗談めかしたように、アラタとカチュアをチラリと見やる。
ケイトはとにかくジーンが好きだ。自分の事よりジーンを優先して、ジーンに尽くすために生きているようなところがある。
「うふふ、ケイトは本当にジーンが大好きね」
シルヴィアがクスクスと笑うと、ケイトも当然と言うように笑い返す。
ケイトはいつも堂々としていて、ジーンへの好意を誰にでも素直に見せる。
カチュアもシルヴィアも、みんながケイトのそういうところに好感を持っていた。
「まぁね、アタシはジーンが一緒にいてくれればそれでいいからさ」
それはケイトにとっては他意の無い言葉だった。
ジーンを一番に考えているのは全員が理解している事だ。
日常的にジーンへの気持ちを口にしているケイトには、いつもの言葉である。
だが、ケイトと知り合って日の浅いアラタはともかく、カチュアとシルヴィアはケイトの言葉に少しだけ寂しさを感じていた。
ケイトが自分達の事も大切に想ってくれているのは分かる。
だが時折ジーン以外には、どこか一線を引いているように感じられる言葉が聞かれるのだ。
これはケイトが母親に連れられてロンズデールに行き、そこで過ごした二年間の孤独と、孤独の中で想い続けたジーンへの愛情が影響している事だが、ケイト自身は無自覚であり壁を作っているつもりは一切無い。
「・・・ジーンも早くプロポーズしてくれるといいね」
「あ、カチュア良い事言うね!ジーンにも言ってやってね?早くしろって」
特に女性達はみんな待っている。いつかケイトが見えない一線を外してくれ事を。
カチュアの肩に手を回し笑いかけるケイトに、カチュアも笑顔で返し、そう願った。
それから店で全員で朝食をとり、時計の針が午前8時を回った頃、アラタとカチュアは店を出てカチュアの家へと向かった。




