【376 ジャニスの涙】
ジョルジュとジャニスが首都バンテージに戻ったのは、ロペスが対策会議を開いた翌日の正午前だった。
エンスウィル城の城門から少し離れた場所に空から降り立ち、両腕に抱いたジャニスをゆっくりと地面に立たせる。
「ふぅ、いつもありがとうね。疲れたでしょ?」
休憩を挟みながらだが、ジャニスを両腕で抱きかかえたまま走り、飛んで来たジョルジュの顔を、ジャニスが覗き込む。
「いや、前にも言ったと思うが、ジャニス一人を抱いて走るくらい、疲労のうちに入らない。何も気にする事は無い」
「そう?まぁジョルジュ強いしね。重いって言われないのは素直に嬉しいかな」
「ジャニスは軽いものだぞ。やはり、抱いたまま城内に入るか?」
「やめてよ!それはさすがに無理!」
「冗談だ」
「あんた真顔で言うから分かんないのよ!」
軽口を叩いていると、城門前に立っていた兵士が二人に気が付き、声を上げ駆け寄って来た。
「あ!ジョルジュ様、ジャニス様!お待ちしておりました!大臣がお待ちです!」
通達を受けていた兵士は、急ぎ二人を城内へと招き入れた。
侍女の案内で二人が通された部屋は大臣ロペスの執務室。
清潔感のある白いシャツの襟を正し、白い毛が半分以上混じった頭髪を綺麗に後ろに撫でつける。
黒縁の眼鏡からのぞく鋭い眼光でジョルジュでジャニスの前に立つのは、大臣エマヌエル・ロペス。
「キミ達には、急な移動ばかりで大変な負担をかけてしまった。マカブ卿からはすぐに東に向かわせるように言われているが、まだ数日の猶予はある。せめて今日一日は体を休めてくれ」
「ロペスさん、私達は大丈夫ですよ。そんなにかしこまらないでください。トップが簡単に頭を下げちゃダメですよ」
この戦いに置いて、実質的に総大将と言えるのはロペスである。
東西南北全ての戦場を把握し、物資や資金面で貴族達との交渉、そして各方面との連携に、摩擦を残さないようにうまくバランスを取っている手腕は他の誰にもまねできない。
ロペスの代わりは誰にも務まらないと言えよう。
「フッ・・・ところで、南はどうだった?エロールがずいぶん活躍したそうだな?」
ジャニスの言葉に少しだけ笑顔を見せて、ロペスが話しを向ける。
「はい、砦の中に攻め込まれる前に勝利できましたので、被害は最小限ですね。ペトラとエリンが中心に指揮を執って今は体勢を整えてます。エロールは・・・もう、なんか無茶ばっかりです!あいつ最近死にかけてばかりですよ?でも、これからはフローラがしっかり支えると思うので、少しは落ち着くかもですね」
ジャニスが思わせぶりな言葉を口にすると、ロペスは一瞬眉を寄せたが、すぐに意味を理解して笑いをもらした。
「ふっ、はっはっは!そうかそうか、うん、言われてみればフローラはよくエロールを追いかけていたし、なにかと気にしていたな。いいじゃないか。今は重く暗い話しが多いが、そういうのを聞くと少し和むよ」
「そうですよね。だってあのエロールですから!実力はあるけど憎まれ口が多いから、けっこう女の子受けは悪かったみたいなんです。フローラが好意を持ってたのはみんな知ってたみたいですけど、でもエロールは難しいって思ってたから本当に驚きです!南のブローグ砦は今その話しで持ち切りですもん」
場の空気が緩む。
それから三人で少しだけ談笑して、穏やかな時間を過ごした。
「・・・じゃあ、私とジョルジュは明日にでも東に向かいますね」
「あぁ、疲れているところすまないが、今動ける中でセシリアに太刀打ちできるのは、お前達しかいない。頼んだぞ」
これまでの事や、今後の事も話し終えると、ジャニスとジョルジュが顔を見合わせ、ソファから腰を上げた。
二人が部屋を出ようとしたところで、ロペスが少し躊躇いがちに声をかけ引き留める。
「・・・待ってくれ」
「・・・はい、どう・・・しました?」
振り返ったジャニスの顔を見て、ロペスは胸に痛みを感じた。
やはり・・・そうだろう。
それが普通だ・・・・・自分の育ての親が生死不明と聞いて、そんなに急に受け入れられるわけがない。
まだ戦争は終わっていない。
今の話しの場では、状況を的確に理解し、明日に備えるために自分の気持ちを押し殺していただけだ。
強い女性だ・・・・・
「ジャニス・・・ブレンダン様の死体は発見されていないんだ。あの方は大陸一の青魔法使い。そう簡単に死ぬはずがない・・・私はきっと生きていると信じている。だから、希望を捨てないでくれ」
ロペスの言葉に、ジャニスの両の瞳から堪えていた涙が零れ落ちた。
唇をきゅっと噛み締め、深く頭を下げるとそのまま部屋を後にした。
「・・・ジョルジュ、すまない・・・ハッキリしないうちは、知らせない方がいいかもと悩んだんだが・・・・・私は話した方がいいと思ってな・・・」
ドアの前に残ったジョルジュに、ロペスは目を伏せて言葉を紡ぎ出す。
「あぁ、分かっている。ロペス、俺は必要な事だったと思うぞ。辛い役目だったな。あとは俺にまかせておけばいい」
それだけ言うと、ジョルジュはロペスに背を向け部屋を出た。
「・・・・・ジャニス、冷えるぞ」
エンスウィル城の中庭にある噴水の前で、ジャニスは一人ぼんやりと水の流れに目を送っていた。陽は高いが、11月下旬の風は肌に痛いように吹き付ける。
そっと肩に掛けられるマントに、ジョルジュの温もりが感じられる。
「・・・お父さんは行方不明だし、ロビンさんも戦死したって・・・・・ビボルさんは私が小さい頃だけど、よく魔法の練習でお世話になってたの。それにルチルさん・・・私が妊娠した時、赤ちゃん産まれたら抱っこ、させ・てって・・・・・う、うぅ・・・・ジョ、ジョルジュ・・・わたし、なんで、もっと・・・早く・・・会いに・・・・うぅ・・・あぁぁぁぁぁー!」
ジャニスはやりきれない感情をぶつけるように、ジョルジュの胸に顔を埋め泣き叫んだ。
これが戦争だという事は分かっていた。分かっていたつもりだった。
実際に戦場にも立った。
でも、ハッキリと自分の身近な人が亡くなったという知らせを聞いて、今まで感じた事のない胸の痛みにジャニスは溢れ出る涙も、込み上げる嗚咽も抑える事ができなかった。
「ジャニス、ブレンダンを信じろ。娘のお前が父親を信じないでどうする?ロペスも言っていただろ?希望を捨てるなと。俺は信じるぞ」
明るい栗色の髪を優しく撫でながら、ジョルジュはジャニスが泣き止むで抱きしめた。




