【352 エロールとフローラ③】
ルシアンのナパームインパクトで起こった大爆発は、数百メートル後方で待機していた、カエストゥス軍のエロール隊にまで、凄まじい衝撃を与えていた。
爆発には巻き込まれなかったが、その凄まじい揺れと爆風、そして体を焼きそうな熱波に、ほとんどの兵がまともに立っていられず、身をかがめ丸くなっているしかなかった。
ベテランの青魔法使い達が素早く天衣結界を展開し、なんとか衝撃を軽減させてやっと体制を立て直し始める。
この爆発は何だ!?
それぞれが真っ先に頭に浮かんだ事だった。
光源爆裂弾でも、並みのレベルではここまでの威力は出せない。
そして、エロール、ジョルジュ、ジャニスはどうなった?
彼らがいるであろう場所で起こった大爆発を見て、絶望が胸に押し寄せる。
これを受けてしまっては、生存はとても望めないだろう。
誰もが口を閉ざしてしまったその時、エロール隊を緑のにおいがする風が吹き抜けた。
「うわ!?な、なんだよこれ!?」
「火!?火か!?緑色の火!?」
「お、落ち着け!熱くはないぞ!」
「まて!これは6年前に闘技場で一度見た事があるぞ!ジョルジュ様の精霊だ!」
緑の炎で包まれたエロール隊、その一人一人の頭の中にジョルジュからの言葉が直接届けられる。
エロールは一命を取り留めた事、この爆発がルシアンの自爆によるもの、そして新たに敵の指揮官となった男を葬った事。
帝国軍は今浮足立っている。今が攻め入るべき時だと。
エロールは命を取り留めた。
そしてあの大爆発の中、ジョルジュ達は無事である。
そして敵の指揮官も討ち取った。
この事実に、エロール隊の士気は最高潮に達した。
そこから先は一方的な展開だった。
数の上では優位の帝国軍だったが、体力型を中心に編成していたため、千人以上の黒魔法使いをジョルジュに割いた事は陣形のバランスを著しく損なっており、エロール隊に魔法に対抗する手段を欠く事となった。
そしてエロール隊に合流した、ジャニスの回復魔法の貢献度が非常に高かった。
どんなに深手を負っても、短時間で見事に完全回復させるのである。
即死意外、倒しても倒しても戦列に復帰するカエストゥス軍の兵は、実際の人数以上の圧力を帝国軍に与えていた。
それでも、数の優位を生かしなんとか互角に持ち込んだ帝国軍だったが、黒魔法使いを一掃したジョルジュが戦線に加わると、あとはなすすべもなく打ち倒されていくだけだった。
そして夜が明け朝日が立ち昇る頃、カエストゥス軍はブローグ砦での戦いに勝利を治めた。
「・・・あのよ、そろそろなんか話せよ」
「・・・・・」
「なぁ、クセっ毛、お前いつまで黙ってんだよ?なんだよ?なんか怒ってんのか?」
「・・・・・」
ブローグ砦の一室、エロールの部屋では、ベッドに寝かせられたエロールが、隣でイスに座っているフローラに声をかけている。
だが、フローラは何も言わずに、ただ黙って俯いているだけだった。
あの時、ルシアンの最後のナパームインパクトが発動した瞬間、エロールは残り全ての魔力を使い、反作用の糸で結界を作った。
だが、とても防ぎきれない。それはやる前から分かっていた。
無駄なあがきになるかもしれない。だが、何もせずに死を受け入れるつもりもない。
エロールが声を上げ結界に全魔力を込めたその時、ジョルジュが入り風を起こした。
エロールの結界の上に何十もの風の障壁を作り、補強を重ねていく。
並みの魔法ならば十分過ぎる防御だった。
だが、火の精霊が加減無しに放ったナパームインパクトは、エロールの結界、ジョルジュの風でも防ぎきれるものではなかった。
一瞬で破られる事はなかったが、それでもナパームインパクトは確実に風と結界を押しており、二人の防御が破られる事は時間の問題だった。
そして、残り少ない魔力を振り絞ったエロールは、ジョルジュより先に力が尽きた。
意地だけではどうしようもない現実。
体を動かそうにも全く力が入らない。
膝から崩れ落ちそうになったエロールは、そこで最後の手段を取ろうとした。
それは命を燃やす事。
枯渇した魔力の代わりに生命力を使用する。
短い時間だが、そうすればまだ結界を維持する事はできる。
自分はそれで死ぬだろう。だが、ジョルジュとジャニスは助けられるかもしれない。
三人揃って死ぬよりは、二人生き残った方がいいに決まっている。
エロールらしい合理的な判断だった。
だが、エロールが覚悟を決めたその時、背中にそっと誰かの手が当てられ温もりが感じられた。
そして底をついた空の器に魔力が注ぎ込まれていき、体に力が戻って来る。
「エロール・・・それだけはやっちゃダメだよ」
ジャニスはエロールの背中に手を当て、自分の魔力をエロールに分け与えていた。
かつて自分が三種合成魔法を使用した際、沢山の魔法使い達から魔力を分けてもらった時と同じように。
「・・・ジャニス様・・・」
「エロール、自分の命も大事にしなきゃ駄目だよ。エロールを大切に想う人が悲しむから。魔力は私が送るから、全力で結界を張って」
「・・・はい!」
そしてジャニスの魔力で復活したエロールの結界は、これまで以上に強固なものとなりナパームインパクトを凌ぎきった。
だが、一度は仮死状態にまで陥り、魔力もジャニスからもらい回復させたとしても、一度は完全に底をつくほど使用した事で、エロールの身体は確実にダメージを負っていた。
ナパームインパクトを防いだ後、エロール隊が駆け付けてきた事を確認するなりエロールは気を失った。
次に意識を取り戻した時は、砦の自分の部屋のベットだった。
そして今、目を覚ましたエロールは困惑していた。
既視感のある光景だった。
最初に目に入った物は無機質な板張りの天井。
胸まで毛布が掛けられており、ベットに寝かされている事に気が付く。
戦いの後に目を覚まして、ベットで寝ていた事は二度目だった。
前回と違うのは、隣にはすでにフローラがいて、じっと自分の顔を見つめていた事だった。
しかし、エロールが何を話しかけても一言も口を利かず、ただ何かに耐えるように唇を噛みしめ、目に涙を浮かべ俯いてしまった。
「・・・クセッ毛、真面目な話だ。俺はよ、前にお前に言われた女心ってのはさっぱりわからねぇ。だってよ、女ってだけで全員の気持ちが同じわけがねぇ。けどよ、お前って人間とは向き合いたいと思ってる。だから何かあるなら言ってくれねぇか?言ってくれればちゃんと聞くからよ」
エロールは根気強くフローラに話しかけた。
なぜフローラがこんなに悲しそうに俯ているのかは分からない。
だが、さすがにこの状況では、自分が何かをしたのは間違いないという事は分かった。
ベットから上半身を起こし、真っすぐにフローラに顔を向けて、真剣な口調で言葉をかける。
エロールの声が届いたのか、やがてフローラは俯いたままだが小さく言葉を返した。
「・・・・・心配、したんですよ」
「・・・あぁ~、うん、悪かった」
「・・・・・先輩・・・これで、二回目です」
「・・・そうだったな。悪い」
「全然分かってないです!」
エロールが生返事を返すと、フローラは顔を上げて大声を上げた。
フローラがエロールを本気で怒るのは初めてだった。
目に溢れんばかりの涙を浮かべ、唇を震わせながらエロールに感情をぶつけるフローラに、エロールは何も言葉を返す事ができなかった。
「先輩!何も分かってないです!私本当に心配したんです!前の時だって、先輩にもしもの事があったらどうしようって・・・本当に本当に心配で・・・なんでいつも危ない事ばかりするんですか!
なんで一人で全部やろうとするんですか!全部聞いたんですよ!ジャニス様が白魔法使いじゃなかったら死んでたんですよ!本当に分かってるんですか!?」
「・・・今回は、あれが一番良い選択だった。ナパームインパクトを使われたら、隊に大きな犠牲がで・・・」
「みんなで考えればいいじゃないですか!かっこつけて一人で行かなくても、もっといい方法があったはずです!全部先輩が一人で考えて、それを報告してるだけじゃないですか!そんなの誰も信用してないのと変わりませんよ!」
「・・・あぁ!?なんだってこの・・・」
「私に話してくださいよ!もっと私を頼ってくださいよ!先輩にとって私ってなんなんですか!?」
大粒の涙をこぼしながら、エロールの目を見て真っすぐな気持ちをぶつけるフローラに、エロールは言葉を詰まらせた。
フローラの気持ちを受け止めきれず、目をそらしてしまう。
「・・・私は、先輩の事・・・・・」
それ以上何も言わずに、フローラは口をつぐんでしまったが、何を言いたいのかはエロールにも十分伝わっていた。
「・・・クセッ毛、俺は・・・」
エロールの言葉を遮るようにフローラは立ち上がると、そのまま何も言わずに部屋を飛び出して行った。
翌日、体調も回復したエロールは砦の広場で、一人ベンチに腰を下し空を見上げていた。
とても天気の良い日だった。澄み渡る青空、雲はゆっくりと時間を刻むように流れていく。
風は冷たいがこの時期にしては日差しが強く、寒さはあまり感じなかった。
ブローグ砦での戦場で勝利を治めた兵達は、ある者は喜びを口にし、ある者は仲間の死に涙している。
落ち着くにはまだまだ時間がかかるだろう。
行き交う人々の声は耳に入って来るが、何も関心が持てず全く頭に入ってこない。
頭の後ろで両手を組み、心ここにあらずというようにぼんやりとしていた。
「どうした?考え事か?」
「・・・あぁ、隊長・・・」
いつの間にか横に立っていたペトラが、微笑みながら声をかけてきた。
「・・・隣、いいか?」
エロールはどうでも良さそうに、ペトラに顔も向けず黙って頷いた。
ペトラはそんな態度にも気にする様子を見せず腰を下す。
「・・・体はもういいのか?」
「あぁ・・・はい」
「それは良かった。今回の戦いは、お前の活躍が大きかったからな。勝利の立役者だ」
「あぁ、そうなんスか・・・」
「意外にも、ドロストが私の命令に従ってくれたんだ。不服そうな顔をしていたが驚いたよ。お前に言われた事がきいていたんだろうな・・・」
「俺は言う事言っただけですから・・・」
「ふっ・・・お前が副官で本当に助けられている。ありがとう」
「あぁ・・・そうスか」
気のない返事を繰り返しているが、ペトラは全くきにする素振りを見せず会話を続けた。
「フローラとちゃんと話したのか?」
「・・・なんでアイツがでてくんスか?」
エロールはそこで初めてペトラに目を向けた。
「なに、お前の顔を見ていたら、フローラと何かあったとしか思えなくてな。余計なお世話は承知で言わせてもらうが、お前が担ぎ込まれた時のフローラは、それはひどい取り乱しようだったんだぞ。でもな、先輩が目を覚ますまで私が看病しますと言って、休まずずっとお前に付いていたんだ」
「・・・・・」
「お前が起きてから、フローラと何を話したのか分からんが、私はお前とフローラには仲良くしていて欲しいんだ。いつものようにな・・・」
それだけ言うとペトラは立ち上がり、じゃあな、と言ってその場を離れて行った。
ペトラがいなくなってからも、エロールはしばらくベンチに腰をかけたまま、ただ通り過ぎる人の流れだけを見ていた。
やがて日が傾いて、太陽がその日の勤めを終えようと空と大地の狭間を赤く染めた頃、エロールの視線の先に、見慣れたピンク色の髪の小柄な女の子が歩いているのが映った。
「クセッ毛!」
気が付いた時には走り出していた。
「せ、先輩!?え・・・と・・・」
突然手を掴まれて驚いたフローラだが、すぐに気まずそうに目を逸らす。
エロール自身、何を言っていいのか分からなかった。
色々話したい事はあった。
だけど言葉が出てこない。手を掴んだまま黙ってしまい、二人の間には沈黙だけが漂った。
「・・・離してください」
「・・・いや、離さねぇ」
「離してください!先輩、私の事なんかどうでもいいんでしょ!」
「・・・今日一日ずっと考えてたんだ。俺にとってお前がなんなのか」
「えっ・・・い、いいです!聞きたくないです!どうせ私の事なんて・・・ん!?」
身をよじって、掴まれた手を振りほどこうとするフローラを、エロールは抱きしめた。
「・・・心配かけて悪かった・・・これからはちゃんと話す。お前がいないと・・・なんか、つまんねぇんだよ。なにもやる気がおきねぇんだ・・・」
「えっと・・・先輩・・・それって・・・」
「・・・一緒にいてくれよ、フローラ」
「せ、先輩!名前・・・はい!もちろんです!一緒にいます!私はずっと一緒にいますよ!」
その様子を離れて見ていたペトラは、肩をすくめて微笑んだ。
ねぇ、先輩
ん、なんだよ?
私の事、好きと大好き、どっちなんですか?
・・・腹減ったな。今日は何食わせてくれるんだ?
先輩、ちゃんと答えてくれないとご飯無しです
・・・・・一回しか言わねぇぞ
・・・・・ ・・・・・
・・・えへへ、私も大好きです!




