35 夜空に消えて
店を出ると、敵意剥きだしの怒鳴り声が聞こえてきた。
声の方に目を向けると、木々に囲まれた店の敷地から、一般道に出るところで、
ジャレットさんが両手をポケットに突っ込み、少し前屈みで見下すような形になり、鼻の頭がくっつきそうなくらいの近さで、マルゴンを怒鳴りつけていた。
俺がフェンテスから時間をもらっている間に、マルゴンはすでに外に出て、馬の準備をしていたようだ。回りには、シルヴィアさん、ユーリ、リカルド、ジーンとミゼルさんもいて、ジャレットさんとマルゴンの様子を緊張した面持ちで伺っていた。
治安部隊の隊員達は、ジャレットさんをマルゴンから離そうとするが、マルゴンは手を軽く上げ隊員達を制した。表情に余裕がある。
「マルゴンさんよぉ、アラやんはなぁ、俺の大事な後輩なんだよ、言いがかりで連れてかれちゃあ困んだよ!わけわかんねぇ事言ってねぇで、とっとと帰れや!」
ジャレットさんの怒鳴り声にもマルゴンは眉一つ動かさず、冷静に反論を述べた。
「ジャレット・キャンベル、いいですか?サカキアラタは、ニカ月前突然この町に現れたようですね?そして時を同じくして、ディーロ兄弟からの襲撃があった。今回もサカキアラタが現場にいます。
それだけならば、まぁ偶然ですむでしょう。ですが、サカキアラタは記憶が無いとか?
素性の知れない者が現れた時期と、襲撃の時期が重なった。これは見過ごす訳にはいきませんね。
サカキアラタは連れて行きます。先ほど、了解も得られましたよ。ねぇ?サカキアラタ」
そう言ってマルゴンは振り返り、俺を真っすぐ見やった。
ジャレットさんや、皆も一斉にこちらに顔を向ける。
「おう、アラやん、お前は店に戻ってろ。俺がキッチリ話つけといてやるよ」
「ジャレットさん、ありがとうございます。でも、俺行ってきます。俺が行かないと、皆に迷惑がかかっちゃうので」
思いもよらない返事だったのだろう。ジャレットさんの眉間に大きくシワが寄り、俺に詰め寄ってきた。俺に対しても、額をくっつけ、物凄く近い距離で怒鳴りつけてくる。
「あぁ!?何言ってんだお前?いいか、先輩ってのは後輩の面倒見るもんなんだよ?だから、グダグダ言ってないで、黙って迷惑かけとけ!
お前がいなくなったら、カッちゃんが泣くんじゃねぇのか!?女泣かすんじゃねぇぞ!」
面倒みが良いとは思っていたが、これほど仲間思いの人だったのか。
俺のため、カチュアのため、仲間を思うジャレットさんの言葉に胸が熱くなる。
「カチュアとは、ちゃんと話しました。ジャレットさん、俺は絶対帰ってきます。俺の居場所はここですから。今はただ、皆を・・・この店を守りたいんです」
ジャレットさんの目をしっかりと見て返事をすると、ジャレットさんも俺の目を、無言で真っ直ぐに見る。
「ねぇ、ジャレット。アラタ君の気持ちを尊重しましょう」
様子を見ていたシルヴィアさんが、静かに声をかけてきた。
その瞳には、物悲しさが漂っているが、口調はハッキリとしており、状況を冷静に受け止めているようだ。
「シーちゃん、でもよ・・・」
ジャレットが反論しようとするが、シルヴィアは首を小さく振って、言葉の続きを止めた。
「・・・分かったよ、おいアラやん、お前帰ってきたら店の防具全部磨かせっからよ。バックレんなよ」
ジャレットさんは面白くなさそうに地面を蹴り上げると、後ろを向いてしまった。
「アラタ君・・・あなたが何を思って行くのか、分かるわ。忘れないでね?私達は、皆あなたの味方よ。あなたの帰りを待っているわ」
シルヴィアさんは、ゆっくり俺に近づいてくると、そっと俺の手になにかを握らせた。
「あっちで、お腹が空いたら食べてね」
手のひらサイズの小さな透明袋に、一口サイズのクッキーが5つ入っていた。
シルヴィアさんの顔を見ると、やはり悲しそうな目をしているが、口元には小さな微笑みを携えている。
「シルヴィアさん、ありがとう」
「・・・そのネックレス・・・あの子、そんなに・・・アラタ君、本当に帰って来てね」
お礼を言うと、シルヴィアさんは俺の胸元で光る、カチュアにかけてもらったネックレスに目を留めていた。真剣な眼差しを俺に向け、小さく声を出すと、そのまま店内に走って行ってしまった。
「アラタ」
シルヴィアさんを目で追っていると、ユーリが声をかけてきた。
向き直るとなぜかスネを蹴られて、困惑してしまう。
「帰ってきなさいよ」
そう言うと、ユーリは顔を背けてしまう。ユーリらしい。
ジーンは立っていたが、ミゼルさんはまだ体が厳しいらしく、木に背中を預けて座っていた。
「新人、いや・・・アラタ、俺の知る限り、マルゴンに連れて行かれて、帰ってきた人はいない。3年前、カリウスから隊長を交代すると、マルゴンは徹底的に犯罪者、疑わしき者を裁き始めた。文句を言おうものなら、それこそ厳しく罰せられてな。
結果、僅か1年でこの国の犯罪率は9割も下がった。それから2年、もう誰も騒がなくなった・・・慣れてしまったんだろうな。それがこの国の暗い部分だ・・・だが、忘れちゃ駄目だ。疑わしいってだけで投獄されて、帰って来れない人がいる事を。そこに待ってる家族がいる事を。アラタ、お前は絶対に帰ってこい」
以前、ミゼルさんはマルゴンを正義感の塊みたいなヤツ、と表現した事があった。その理由が分かった気がする。俺を連れて行く事も、マルゴンなりの正義感あっての事だ。
だが、こんな強引なやり方は間違っている。俺は絶対に屈しないと、拳を強く握り締めた。
「アラタ、ちょっと・・・」
ジーンは俺に近づいてくると、耳元で小さく話した。
「・・・分かった。ありがとう」
「気を付けて・・・」
ジーンの話してくれた事は、俺が帰るための方法として有効だと思った。おそらく身の潔白を訴えていても解放される事は無いだろう。
ならば、俺が信用されるか次第だが、この方法しかないのかもしれない。だが、俺一人で可能なのだろうか。
「サカキアラタ、もういいでしょう?行きますよ。フェンテス」
マルゴンが手を上げると、少し離れて様子を見ていたフェンテスが近づいてきた。
「両手を出せ」
言われるままに両手を出すと、フェンテスは30cm程度の短い縄を出し、俺の両手首に一周させた。
すると縄の切り口同士が同化し、一つの輪になり、そのまま急速に縮み俺の両手を締めつけた。
「痛てぇな、なんだコレ?」
「普通なら歩いてもらうが、今日はもう時間が無い。馬で協会まで連れて行く。先に乗れ、俺は後ろで手綱を引く」
俺の疑問には答えず、フェンテスは馬に乗るよう顎で促した。
馬なんて、小さいころ牧場で乗せてもらった事があるくらいで、乗り方なんて全く分からない。
しかも両手が満足に使えないので、とりあえず鐙あぶみに足をかけ、バランスを取るため、鞍を掴み、なんとか強引に背中にまたがった。
「お前は、馬の乗り方も知らないのか?」
俺が馬にまたがる間、馬を抑えていたフェンテスが抑揚の無い声で呟いた。
「小さい時に一回乗った事しかねぇんだよ。しかたないだろ」
フェンテスは俺の言葉を無視し、サッと後ろにまたがり手際よく手綱を握ると、
先頭のマルゴンの後方に着いた。その後ろに隊員達が列をなし、俺は挟まれる形になった。
いよいよか・・・
マルゴンが手を上げ、出発の合図を今まさに出そうとしたその時、
「兄ちゃん!」
リカルドが突然大きな声を出して、呼びかけてきた。
ずっと木によりかかって、なぜか俺と目を合わせようとしないでいたので、声をかけづらかったが、出発前に話ができそうで良かった。
マルゴンはなかなか出発できずに、少しむっとしているようだが、気にせず返事をした。
「なんだー?」
馬上から見下ろす形で、少し距離もあるので自然と声が大きく間延びしてしまう。
リカルドは俺を少し睨んでいるようにも見える。返事を返さず、口は真横に閉じ、不機嫌そうに親指をくいっと店の方に向けた。
つられて店の方に顔を向けると、
カチュアとレイチェル、シルヴィアさんが出入り口のところに立っていた。
カチュアはもう泣いてはいなかったが、両手を胸に当て、心配そうに俺を見ている。
その隣でシルヴィアさんが寄り添うようにカチュアの背に手を当て、なにか言葉をかけているように見える。
「兄ちゃん!しっかり見とけ!誰を待たせてんのか、絶対に忘れんなよ!」
リカルドが再び大声を出すと、
「いい加減、もう充分でしょう?行きますよ」
マルゴンが溜息交じりに手を振り、出発の合図を出した。馬が走り出す。
俺は最後に胸元のネックレスを手に取り、カチュアに向けた。
「カチュアー!」
両手が拘束されているので、掴みづらかったが、俺がネックレスを手にしている事にカチュアは気づいたようだ。名前を呼ぶと、カチュアは走り出し追いかけてきた。
「アラタ君!私、待ってるから!ずっと、ずっと待ってるから!」
遠ざかる姿を追い、声の限り叫んだ。
やがて、アラタの姿が見えなくなると、カチュアは立っていられず膝からくずれるように落ちた。
この二カ月、いつも彼を目で追っている自分がいた。
彼が初めて店に来た日、最初は異世界から来たという男の人に、異世界はどんなところか聞きたくて、お昼ご飯を一緒に食べに行っただけだった。
帰り道、危ないところを助けてくれた。無関係の人を助けるため、そして私のために怒ってくれた。彼はとても強くて頼もしかった。きっと、この時から惹かれていたんだと思う。
初めて夜ご飯を作りに行った時、彼との会話はとても楽しかった。あり合わせの物で作った料理だったけど、彼はとても美味しそうに食べてくれた。
いつの間にか休憩時間を一緒にとるようになった。
キッチンモロニーにも、二人で行く回数が増えると、ジャレットさんはランチデートと言って、よくいじってきた。そう言われると、恥ずかしい気持ち、嬉しい気持ちが心にあって、彼の顔をあまり見れなかった。
彼は料理ができないわけではないと言っていたから、私が行かなくても困らないと思うけど、作ってあげたいから、食べて欲しいから、仕事帰りに夜ご飯を作りに行く事も多くなった。
彼は真面目だから、暗くなって私が帰れなくなってお泊りした時も何もしてこなかった。
安心もしたけど、女として見られてないのかな?って複雑な気持ちにもなった。でも、やっぱりアラタ君らしいなと思った。自分が時間をちゃんと見てなかったからと、私に謝って・・・いつもより長く一緒に入れて私は嬉しかった。
みんなが私の気持ちに気づいているのは知っている。
私は隠してるつもりでも、分かりやすいみたいだから。
恥ずかしいけど、みんな良い人だから、誰もからかったりしなかった。
レイチェルも、ユーリも、シルヴィアさんも、ジーンも、ジャレットさんも、ミゼルさんも、リカルド君も、みんな、うまくいくといいねって、応援してるよって言ってくれる。
彼は鈍感みたいで、私の気持ちに全然気づかないみたい。
異世界から来た自分に親切で世話をやいている。そう思ってるみたいだった。
気づいて欲しいけど、気づいて欲しくない気持ちもあって、自分が面倒だなって思う。
彼は本当はとても弱かった。
私に、生まれた故郷の事、家族への思い、本当は不安でしかたなかった事、ボロボロ泣いて、押さえつけていた気持ちを吐き出す彼を見て、支えになりたいと思った。一人にしてはいけないと思った。
私はアラタ君が好きなんだ。
止めたかった。協会は怖いところだから。帰って来た人はいないのだから。協会へ行ったらアラタ君ともう・・・
カチュアは泣いた。声を押し殺そうとしても嗚咽が止まらず、悲痛な叫びは夜空に消えていく。涙はとめどなく溢れ止まらない。
シルヴィアとレイチェルがカチュアの背中をそっと撫でる。
心の痛みを少しでも癒せればと願いながら。
ユーリはカチュアを抱きしめた。
温もりが友達の、カチュアの辛い気持ちを少しでも和らげられればと願いながら。
ジャレットも、ミゼルも、ジーンも、リカルドも、やり場の無い気持ちを胸に立ち尽くしていた。
夜の帳が下りた。
だが、誰一人帰ろうとは言わなかった。




