【349 気付け】
誤字を見つけたので訂正しました。内容に変更はありません。
「・・・チッ、おい、なんだ?もう死んだのか?」
つまらなそうに息を付き、顔をしかめる。
もっと痛ぶってから殺すつもりだったが、全く反応しなくなったエロールを見て、苛立ったように舌打ちをする。
肩の角に串刺しになったエロールを見上げる。
ぐったりと、と言うより全く力が無くなったように見える。四肢もだらり投げ出され、顔は見えないが、頭も無防備にぶら下がっている。
「・・・つまらん男だ」
ルシアンは吐き捨てるようにそう口にすると、体を振ってエロールを放り投げた。
肩の角から体が抜けると、エロールはそのまま地面に叩きつけられ、勢いのまま体が転がされていく。
やがて動きを止めたエロールを、ルシアンは用心深く観察した。
こいつ・・・本当に死んでいるのか?
ここまで見る限り、生きているようには見えない。
腹に穴を開けられて、微動だにせず死んだふりなど不可能だろう。
しかも放り投げられたのだ、気力で痛みに耐えても、血を吐き出したり、咳き込んだり、意思の力ではどうにもならない体の反応というものがある。
どう見ても死んでいる。
しかしルシアンはこの男、エロールに対して、この状態でも安心しきる事ができずにいた。
それはここまで戦って、エロールという男のしたたかさを、感じ取っていたからかもしれない。
実力差を埋めるために、ハッタリや挑発を当たり前のように使う。そしてそれは口先だけではなく、実力に裏打ちされた確かなもの。勝てる確率を少しでも上げるためのものだった。
こいつは切れ者だ。
俺には想像もつかない方法で、死んだふりをしているのかもしれない。
ルシアンは屈んで石を拾うと、おもむろにエロールに向かって投げつけた。
エロールの胸にぶつかり、骨を砕く鈍り音がかすかに聞こえる。
衝撃で体が少しだけ跳ねるが、それきり動く様子はない。
生死の検証としては十分だと思えるが、それでもルシアンは納得できないと言うように、
腕を組み少しだけ考える様子を見せる。
次にルシアンは指先をエロールに向けて突き出した。
深紅の鎧から発した炎を指先に集めると、エロールに向かって小さな火の玉を撃ちこんだ。
火の玉はエロールの胴体にあたる。そのままエロールの腹のあたりで火がくすぶるが、それでもエロールは全く反応せず、そのまま横たわっている。
「・・・ふむ、骨を砕き、体を焼いても微動だにしないか・・・どうやら本当に死んでいるようだな。だが、俺のこのうっぷんを晴らすには、やはり直接その顔を踏み潰さねばならんな」
ルシアンはゆっくりと歩を進める。
ダメージを受けた左足は引きずっているが、痛みは顔に出していない。
念入りに生死を確かめた事で警戒は解いていた。
そしてエロールの前に立つと、ルシアンは右足を上げる。その顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。
部下の前で恥をかかせた男の顔を踏み潰す。
相手の尊厳を踏みにじる事で自分のプライドを取り戻す。ルシアンにとって最高の瞬間だった。
「脳みそをぶちまけてカラスの餌にでもなるがいい!」
この時、直接止めをさそうとせず、石で頭を砕いていれば・・・
体が燃え尽きるまで火の玉を撃ち込んでいれば、ルシアンの勝利だった。
胴体を串刺しにされた時、エロールは反撃ではなく、生き残るために全魔力を使う事を選択した。
以前、ジャニスから聞いた事がある。
森で戦ったジャーゴル・ディーロという魔法使いの殺し屋から、数百発の爆裂弾を受け続けた時、ジャニスは自分自身にヒールをかけ続け、その猛攻を耐えきったという。
エロールは腹に開けられた穴にヒールをかけ続けた。
角で貫かれている事から、穴を塞ぐことはできない。そのため継続した痛みはあるが、痛みを和らげ出血を抑える事はできた。
しかし、長くはもたない。
穴を塞がない限り血は流れ続け、いずれは死に至る。
そしてエロールの選んだ答えは、死んだふりだった。
ルシアンに見えないようにできるだけ前のめりに体を折り、可能な限り力を抜く。
ヒールをかけ続けても激痛に体がこわばりそうになるが、唇を噛みしめできる限り脱力し死を演出する。
しかし、こみ上げてくるものはどうしようもなかった。
血を吐き散らす度に、ルシアンは苦しむエロールを見て恍惚とした表情を浮かべ、嬉々として痛ぶる事に力が入る。
やはり無理・・・か・・・
エロールの意識は徐々に薄れていった。
幸運だった事は、意識を失ってもエロールの頭の片隅で、絶対に生き抜いてい見せるという強い意思が残っていた事。
無意識化でエロールの生存本能がヒールをかけ続けた事。
仮死状態になったエロールを見て、ルシアンの疑心暗鬼を解けた事。
いくつもの幸運が重なった。
しかし、放り投げられても、仮死状態からすぐに目を覚ます事はできなかった。
ルシアンの勝利はこの時点でほぼ確定していた。
エロールの幸運は続く、それはルシアンがエロールに対して必要以上に警戒心を持った事だった。
先制攻撃を止められ反撃の一打を受け、ボルケーノまで止められた。
およそ白魔法使いにできる芸当ではなかった。その事がルシアンを用心深くさせていた。
最大の幸運は、ルシアンの投げた石だった。
胸に当たり肋骨を砕く程の痛みは、最高の気付けになった。
そして今
ルシアンがエロールの顔を踏みつぶそうと足を上げたその時
エロールの両目は開かれた
「なっ!?んだとぉぉぉぉーッツ!?」
エロールの顔を踏みつぶすはずだったその右足は、青く輝くマフラーによって止められていた。
信じられなかった。
間違いなく死んでいた。そう確信を持って近づいた。
だが、この男は倒れながらも、右手に握ったマフラーで結界を張り、自分の踏みつけを防いでいる。
それは眼前で起こっている疑いようもない事実だった。
予想だにできない展開。
そしてエロールの顔を踏みつぶすはずが、中途半端な位置で右足を止められた事、左足の負傷と相まって、ルシアンは体のバランスを崩し、ぐらりと後ろによろけてしまう。
体勢を崩したほんの一瞬だったがルシアンは確かに見た。
横たわったまま顔だけルシアンに向け、ニヤリと不敵に笑うエロールを。
ルシアンの足がマフラーから浮いて離れると、エロールはマフラーを破壊の魔力に変換し、そのまま右手を振り抜いた。
まさかここで反撃を受けるなど夢にも思わないルシアンの無防備な足に、エロールの渾身の一撃がぶつけられ、ルシアンの右足は膝から下が吹き飛ばされた。




